第29話 途絶えた連絡

 K駅に着いた。

 西口からエスカレーターで上る。改札前の通路には多くの人が行き交っていた。その間を縫うように、わたしと葉子さんは喫茶「オリーブ」へと向かう。


「あの店を利用したことはあるけど、萌枝ちゃんと一緒にそこで食べるのは――初めてだねえ」

「そうですね。そういう機会はありそうなものでしたけどね」

「まあね。あんたと夏との思い出に水を差したくなかったからね」

「えっ」

「さあ、着いたよ」


 今、なんて?

 葉子さんは、もしかして――すごく気を遣ってくれていたのだろうか。わたしをひとりで、行かせてくれていたんだ。オリーブに。


「いらっしゃいませ~」


 店員さんに案内されて、いつもの窓際の席へ行く。

 わたしは一番左端に。その右隣の、「夏先輩の席」には葉子さんが。


「さて。何を頼もうかねえ」


 メニューを開いてそれぞれ食べたいものを選んでいると、後ろで誰かの叫ぶ声が聞こえた。振り返ってみると、店の入り口に見慣れない外国人が立っている。


「あ、あの、店長さんいらっしゃいますか?」


 白人の男性だった。でもとても流ちょうな日本語を話している。ウエイトレスの女性が、奥から店長とおぼしき男性を連れてきた。


「俺が店長ですが。どうされました」

「ああ、どうも。ここの店長さんとハンナは友人だと聞きました。ハンナと連絡がとれません。なにか理由をご存じですか」

「失礼ですがあなたは?」

「僕はハンナの職場の同僚で、ジャスパーと言います。今日、急に休むって連絡があって、それ以降折り返してもつながらないんです」

「はあ、俺もさっきから電話してるんですけどつながらないんですよね。……」


 そのとき、店長と思しき男性がこちらを振り返った。

 そしてわたしを見ると、つかつかと足早に近づいてくる。


「えっ、えっ?」

「話、聞いてましたよね? あなたもハンナのこと、何か知ってませんか」


 真剣な表情。

 でもわたしは何と言っていいかわからなかった。まず、ハンナが今日職場を休んでいることも知らなかったし、この店の店長さんと友人だってことも知らなかった。あと、連絡がとれなくなっているってことも。


「ちょっと待ちな。なんなんだい、あんたたち。客に向かっていきなり……」

「葉子さん、いいんです。アプリから電話かけてみます」


 ものものしい雰囲気を察して、葉子さんがわたしを守ろうとしてくれた。でも、わたしはそれを制してスマホを取り出す。

 文面でやりとりをしたことはあるけれど、電話をかけるのは初めてだった。通話ボタンを震える指で押す。コール音の後すぐ「おかけになった電話番号は……」のアナウンスが流れた。


「だめです。わたしの方もつながりません」

「そうですか……」

「何があったんです?」


 わたしがそう尋ねると、そばにいたジャスパーという外国人男性が話してくれた。

 いわく、朝職場に「今日はお休みします」とだけ連絡があったそうだ。理由は不明。その後、引き継ぎのことなどで連絡しようとしてもつながらなくなってしまった、と。

 店長さんは言った。


「俺とあいつは、高校時代からのダチ……友人なんです。あなたがうちの店であいつと出会っていたのも、把握してました。というか――あなたのことを教えたのは、俺たちなんです」

「え?」


 店長さんは、レジのところにいるウエイトレスの女性を見やった。


「あのスタッフは恥ずかしながら、俺の恋人で、ハンナともよく会わせてました。それで、ハンナが過去にいろいろあったことも知っていたんです。あるとき、あなたが、ペリドットのような宝石のペンダントをしているのを見ましてね。それをついポロッとハンナに教えたら、五年前に亡くなった恋人の形見のペンダントと同じかもしれない、その女性と会いたい、って言い出しまして」

「まさか……」

「はい。ハンナをあなたに引き合わせたのは俺たちなんです。すいません」

「なんてことだい」


 絶句するわたしの代わりに、葉子さんが呆れた声を出す。

 店長さんは深く頭を下げていたが、やがてふたたびわたしに訊いてきた。


「ハンナからは、どこまで聞いていますか。何を知らされましたか」

「……」

「全部、だよ。本当かどうかは知らないけどね。あたしもついさっき、この子からいろいろ聞いたんだ」


 そこまで言って、初めて店長さんは葉子さんの方を見た。


「失礼ですが、あなた様はどういう――」

「同じく五年前に夏という孫娘を亡くしていてね。夏と、この萌枝ちゃんは親友だったんだよ。今は、うちの百葉書店って店で働いてもらってる。それでそのペリドットのペンダントだけど……それはあの子が亡くなる前に遺品として萌枝ちゃんに贈ったものだったんだ」

「そのペンダントは……」


 結局、同じものだったのか? 

 そう目で訴えてくる店長さんに、わたしは言った。


「五年前に無くなったペンダントと、わたしがもらったペンダント。同じかどうかを調べてもらう前に……また、無くなってしまいました。今は手元にありません」

「どうして」

「実は昨日、ハンナさんと会ってたんです。でも、家に帰ってきたら無くなっていて……」

「まさか、あいつ!」

「わかりません。どこかで落としたのかもしれないですし」

「いや、でも! 現にこうして連絡がつかなくなってるわけで。警察に……」


 わたしは首を振った。


「店長さん。ハンナさんから直接話を聞くまでは、このままでいようと思ってます。それにもともとは夏先輩が……ハンナさんの恋人だった、蛍さんから盗んでいたのかもしれないんで。考えたくないですし、いまだに信じてはいないですけど」

「そう、ですか」

「注文、よろしいですか」

「え?」

「萌枝ちゃん?」


 こんなことがあっても、ここで食べるのかい?

 とでも言いたげな様子の葉子さんに、わたしは微笑んだ。


「こういうときほど、美味しい料理を食べて元気を出さないと、ですよ」

「ふふ、豪胆だねえ。その意気や良し」


 ということで、わたしはカルボナーラ、葉子さんはたらこスパを頼むことになった。ジャスパーさんもついでに食べていく、ということになり、わたしたちは同じ窓際の席で、ハンナさんの話をしながら食事をした。


 帰りがけ、店長さんが「友人が迷惑をかけてしまったお詫び」として三人とも会計を無料にしてくれた。わたしは断ろうとしたのだけど、葉子さんはここは後々あとくされのないように厚意を受け取っておいた方がいいと言って、その通りにしてもらった。


 ハンナは、いまどこにいるのだろう。

 ペンダントのことよりも、ただ会いたいな、とお店に戻る道すがらそう思った。

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