第12話 英会話教室

 事務室には、イギリス人講師のジャスパーと、インド人講師のダーシャがいた。二人はちょうどコーヒーブレイク中だった。


「お帰りハンナ。久しぶりの外食は堪能できたかい?」

「友人がやってるカフェ、でしたっけ。たしか駅ビルの中の……」

「オリーブって喫茶店だよ。君たちも今度行ってみるといい」


 バッグを自分の席に置いて、ノートパソコンを起動する。

 午後は二コマ対面授業が入っていた。余裕があればオンライン授業ももう一コマしておきたい。


「実は僕、もうそこに行ったことあるんだよね。テイクアウトばかりだけど。あそこのブレッドはどれも美味しいから朝食にぴったりだよ」

「わたしは仕事が終わったらいつもすぐ家に帰らなきゃいけないから、駅ビルの二階まで立ち寄ったことはないんですよね。でも今度子供たちに買っていってあげようかな」

「うん、ぜひそうするといいよ」


 ジャスパーは独身だったけれど、ダーシャは三人の子を持つお母さんだった。旦那さんはカレー屋を営んでいるが、その稼ぎだけでは生活が厳しいらしく、ここで働いている。


「ん? ちょっと待ってくださいジャスパー、いま朝食にって言いました?」

「ああ、そう言ったよ」

「買うのは仕事終わりに、ですよね? わたしは自転車で帰りますが、あなたはたしか電車通勤。よくテイクアウトできますね」

「Why? 普通に持って帰れるだろ?」

「「Are you serious?(本気?)」」


 私とダーシャの声が見事にハモってしまった。


「おいおい、ジャスパー。そんなことしたら電車の中が美味しい匂いでいっぱいになっちゃうだろ」

「そうですよ。混雑する時間ですし、他の乗客に迷惑です」

「どうして? 美味しい匂いはいい匂いだろ? みんなもHappyになる」


 私は眉間を押さえた。ダーシャは天井を見上げている。


「ハンナ、ダーシャ、僕の国では食べ歩くのはわりと普通なんだよ。電車の中で食べてる人もいる。食べない分だけ、僕はまだマナーがいい方だよ」

「そうだね。食べてないだけマシ、だ」

「そうですね。周りを汚さないだけマシ、です」


 ジャスパーは非難されたのが不服の様子だった。まあ、国が違えば文化も違う。そういうことは様々な外国人と働いていると常に感じることだったけれど、本人たちが実感するにはこの国で長く暮らしていかないとだめだろう。


「せめて匂いがそんなに出ないものならいいんだけどね。生鮮食品とか……パッケージに入った加工食品とか。あと、弁当はテーブル付きの座席がある田舎の電車や新幹線でなら堂々と食べられるかなあ」

「Oh……そんなローカルルールがあったとはね。まあ夜に買うときは焼きたてじゃない方が多いし、そこまで匂いは出てないと思うよ」

「そうですか? なら大丈夫ですかね」


 ダーシャはそこまで聞くとようやく納得し、席に戻っていった。

 残ったジャスパーは肩をすくめてみせる。


「やれやれ。とにかくあの店のブレッドは最高だよ。朝食のとき焼き直すととても美味しいんだ。だから、焼きたてがタイミングよく食べられるなら、ぜひハンナも試してみてほしい」

「OK、機会があったら買ってみるよ。もっとも私はドーナツの方が好きなんだけどね。ジャスパーもたまにはドーナツを買ってみたら?」

「うーん、僕は甘いものがあんまり好きじゃないんだよね……。とにかく、いいランチタイムを過ごせたみたいでよかったよ」


 そう言って、ジャスパーも自分の席に戻っていった。

 いいランチタイム?

 とは、言い切れなかったけれど。あの女性……もし私が蛍に贈ったペンダントと同じものを身に着けていたのだとしたら、いったいどのように入手したのかが気になる。

 あのペリドットのペンダントは、私が蛍のためにオーダーメイドで作ったものだった。そして、蛍が死ぬ直前になくなってしまったものだ。

 一体、どこに行ったのだろうとずっと思っていたのだけど。


 誰かが盗んだ?

 そしてそれを売った?

 彼女は誰かからもらったのか、それとも買ったのか。


 まったく同じものであるという確証はまだない。

 しかし、もし同じものだとしたら、私は「彼女」にいろいろと経緯を聞かなければならないだろう。


 彼女と彼女のペリドットについて。

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