はなしてはいけないよ

うめもも さくら

話してはいけないよ

――***様のことを話してはいけないよ。


――***様に呼びかけに応えてはいけないよ。


――***様の問いかけに答えてはいけないよ。


――***様に連れて行かれてしまうからね。


 そんな子供だって知っている当たり前の常識。


 ここは、海や山のある実り豊かな町。

 自然に溢れ、辺鄙へんぴ田舎いなかと言ってしまえば聞こえは悪いけれど、この町の住むみんな、この町での暮らしに不自由もなければ不満もない。

 ここは実りあり、穏やかで長閑のどかな田舎町。

 娯楽ごらくというのは、そんなに種類が多いわけじゃないけれど。

 子供は山に虫取り、川で川遊び、海では海水浴。

 山には季節の花が咲き誇り、川には季節の魚たちがヒレを揺らしながら泳ぎ、海は時間によって色を変える。

 大人は作物や動物たちの世話の合間に、たわいない話に花を咲かせ、将棋や囲碁などをさしては相手や自身の思考を揺さぶり、酒をあおっては顔の色を変える。

 時に、作物が実る手助けをしてくれる虫たちや、互いに共存し合う動物たち、山の幸、海の幸など実りを与えてくれる神様に感謝しながら、暮らしている町。

 ここは神様に守られた穏やかで長閑な田舎町いなかまち


 この町に一つ、誰もが知っている決まりがある。

 それは


――***様に関わってはいけない


 ということ。

 その***様のことは誰も知らない。

 名前もふせられた存在。

 その存在が、悪なのか正義なのか。

 神なのか鬼なのか。

 人の形をしているのか、この世の動物なのかすら、何一つ知られていない。

 けれど、みんな***様の話をしない。

 ***様に呼びかけられても応えてはいけない。

 ***様に問いかけられても答えてはいけない。

 この町に暮らしている人間はみんな、知っていることだった。


 あれは、私がこの町に暮らしはじめて、初めての夏の出来事だった。


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