デートの練習開始
「夏休みは最高だなぁ……。なんにもしないでぐうたらしてられるから……」
夏休み三日目。俺は自分の部屋のベッドでごろごろしながらスマホで動画サイトを見ていた。
「あははっ。この人たちの企画、今回も面白いな」
——プルルルル
「ん?」
動画を見ながら笑っていると、いきなりスマホに電話がかかってきた。画面には「優李」という文字とうさぎのアイコンが表示されているので、無藤さんからの電話らしい。
「俺に電話なんて、どうしたんだろう?」
疑問に思いつつ応答ボタンを押すと、スマホから「もしもし、並木先輩?」という無藤さんの声が聞こえてくる。いつもより耳に近いところから話しかけられているみたいでちょっと新鮮だ。
「無藤さん、いきなりどうしたの?」
——並木先輩にお願いがあって電話しました。
「え? 俺にお願い?」
無藤さんの思わぬ発言に驚いてそう聞き返すと、彼女の「はい」という返事に続けて「スゥ……スゥ……」と息を整えるような音が聞こえてきた。無藤さん、どうしたんだ?
首を傾げていると、「……落ち着け、私。練習通りに」という無藤さんの小さな声が聞こえてきた。その数秒後、彼女の馬鹿でかい声が聞こえてくる。
——並木先輩! 今週の土曜日、私とお出かけしてください!
「うおっ!」
無藤さんの大声に耳がキーンとしてそんな叫び声が出た。しかし、お出かけの誘いは意外すぎて、叫び声に続けて、自然と「……お出かけ? 俺なんかとどこに?」という言葉が出てきた。
——ど、ドリームパークです!
「ドリームパーク? なんで? 無藤さん、好きな人を誘うって言ってたじゃん」
——そ、それは……。
無藤さんはいきなり声の調子を落とした。そんな声を聞いて彼女が好きな人に誘いを断られたのかもしれないと思えてきた。
「もしかして好きな人に断られちゃった?」
——い、いえ、返事を聞いていないというか、今聞いているところというか……。
「あっ、返事待ってるとこなのか。……あれ? でも、返事待ちならなんで俺を誘うの?」
——えと、その……。
無藤さんは一瞬口籠った後、何かを閃いたような「あっ!」という声を出した。
——並木先輩には好きな人と行く前に、デートの練習台になってもらいたいんです!
「あー、そういうこと。……でも俺、人混みが嫌なんだよなぁ……」
——並木先輩、一生のお願いです。一緒に行きましょう!
「こんなんで一生のお願い使っちゃっていいの? ……まあ、いいや。どうせ暇だし、行くよ」
誘いを受けることにしたのを伝えると、無藤さんの「本当ですかっ!」という明るい声が聞こえてくる。
無藤さん、すごく嬉しそう。そんなにデートの練習をしたかったのか。俺はそう思いつつ「うん」という返事をする。
——ありがとうございます。詳細はまたメッセージします。
「わかった」
——じゃあ、並木先輩、切りますね。……さようなら。
「うん、またね」
無藤さんに挨拶を返すと、「ピロンッ」という音が鳴って電話が切れた。さっきまで聞こえていた無藤さんの声が聞こえなくなったことになんとなく寂しくなって天井を見ていると、突如、さっきは気にならなかったことが気になってくる。
「そういや、デートの練習って何やるんだ?」
そんな独り言がこぼれるが、よくわからないことを考えるのは面倒くさく、「まあ、いいや」と思って、見ている途中だった動画を見始めた。
◇
無藤さんとのデート練習当日。
ドリームパークの最寄駅で降りた俺は、待ち合わせ場所の入場ゲートに向かっていた。
俺の周りには小さな子どもを連れた夫婦、友人と笑い合う人たち、カップルなど、たくさんの人たちがいる。そして、誰もが俺と同じように入場ゲートの方に向かって歩いていた。こんなに人が多いと、ちょっと眩暈がしてくるな……。
軽く額を押さえていると、不意に手を繋いでいるカップルの姿が目に入った。……そういや、デートの練習って手を繋いだりとかそういうのはしないよな……?
そう思った後、五分ほど歩いていると、入場ゲートが見えてきた。その直後、無藤さんの「並木先輩!」という大きな声が聞こえてきた。声がした方に目をやると、私服姿の無藤さんの姿があった。
無藤さんは長い黒髪をハーフアップにしていて、肩まで出た白のノースリーブブラウスを着ていた。そして、やや丈の短い薄ピンクのスカートを履き、ショルダーバッグを斜め掛けにしていた。
そんな無藤さんの姿はいつもの凛とした姿とは違って可愛さが溢れていた。それに加え、肌の露出がいつもより多めなので、色っぽさもある。今日の無藤さんは魅力がすごいな……。
「あの、並木先輩?」
いつもより魅力的な無藤さんの姿に見惚れていると、彼女のそんな呼びかけが聞こえてきた。
「あっ、こんにちは、無藤さん」
「こんにちは、並木先輩。どうかしたんですか?」
無藤さんは訝しむような表情で俺の目をじっと見つめてくる。
「いや、なんでもない……」
「本当ですか?」
「う、うん。と、ところでデートの練習って何やるの?」
気まずくなってそんな質問で誤魔化すと、無藤さんは顎に手を当てて思案するような表情をする。
「そうですね……。好きな人とのデートを想定して色々なアプローチを試してみるので、その都度良し悪しを教えてください」
アプローチ……? 何されるんだろう……? なんとなく不安になりながらも「わ、わかった」と返事をすると、無藤さんはどこか嬉しそうな表情で頷く。
「じゃあ、早速始めますね」
無藤さんはそう言った後、「コホンッ」と咳払いを入れ、頬を赤くしながらそっと話し始める。
「……し、信慈くん。……わ、私の私服はどうですか……?」
無藤さんはそう言って可愛らしくこてんと首を傾げてくる。その瞬間、一気に鼓動が速くなった。保育園以来の名前呼び、可愛らしい質問、そして可愛らしい仕草のコンビネーションに胸がときめいてしまったみたいだ。
「……えっと……すごい……か、可愛い……です」
俺がそう伝えると、無藤さんは顔を真っ赤にし、上目遣いでそっと話し始める。
「……あ、ありがとうございます。……し、信慈くんの私服も……か、カッコいいです」
無藤さんは恥ずかしそうにしながらも俺の私服を褒めてくれた。そんな無藤さんはあまりにも可愛いかった。
「い、今みたいなアプローチはどうですか?」
「い、いいと思います」
「そ、そうですか。じゃ、じゃあ、ゲートに並びましょう」
「そ、そうですね」
俺と無藤さんはそんなぎこちなさすぎる会話をすると、入場ゲートに並び始めた。
◇
「す、すごい!」
ドリームパークの入場ゲートを潜ると、中世ヨーロッパを思わせる見事に作り上げられた景色が目に入り、思わずそんな言葉が口に出た。
「本当に綺麗な景色ですね」
無藤さんは目を見開きながらそんな言葉を漏らす。彼女も俺と同じようにドリームパークの景色に感動しているみたいだ。
少しして無藤さんは俺にクールな微笑みを向け、「じゃあ、行きましょうか」と俺の手をぎゅっと握ってくる。
「え? ちょっ!」
手を握られたのにびっくりして無藤さんの手を払いのけると、彼女が少し悲しそうな表情をするのが見えた。
「……いきなり手を繋ぐっていうアプローチはダメ……でしたか?」
「あっ、そ、そういうことか……。だ、大丈夫。好きな人にアピールするには良い作戦だと思うよ」
無藤さんは「そうですよね!」と明るく言い放つと、再び俺の手をぎゅっと握ってくる。
「え? 『いきなり手を繋ぐ』っていうアプローチは試したんだし、もう手は繋がなくてもいいんじゃない?」
「いえ、慣れておきたいので」
「あ、そ、そう?」
手を繋いでるの、無藤さんは恥ずかしくないのかな……? そう思ってなんとなく首を傾げていると、無藤さんが楽しそうな表情で俺の顔を覗いてくる。
「じゃあ、最初はどこに行きますか?」
「どうしようかな……」
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