掃除開始
——ガラガラッ
無藤さんを可愛らしく思っていると、突然、部室の扉が開いた。
「みっきー、むとーちゃん、一週間ぶり!」
扉の方を見ると、満面の笑みを浮かべたボランティア部部長、板橋
彼女はカールしたミディアムヘアを金色に染め、制服を着崩している。いわゆる陽キャギャルで、俺の苦手な属性の人だけど、誰にでも優しい彼女には苦手意識はない。
ただ、目のやり場に困る服装をしているところだけはいただけない。男子高校生には刺激的すぎる。
「こんにちは、部長」
無藤さんは椅子から勢いよく立ち上がり、六十度のお辞儀をした。そんな深いお辞儀と「部長」という呼び名が相まって二人は上司と部下みたいだ。
「ふふっ。むとーちゃん、相変わらず真面目だね!」
「え? 挨拶をするのは普通のことだと思うんですが」
「そうだけど、お辞儀深すぎない? ま、礼儀正しいのはむとーちゃんのいいところだけど!」
「あ、ありがとうございます」
部長は優しく微笑みながら「えらいえらい」と言わんばかりに無藤さんの頭を撫でる。無藤さんは少しだけ嬉しそうな表情をしていて可愛いらしい。さっきは上司と部下に見えたけど、今度は仲良し姉妹みたいだ。
二人の仲睦まじげな様子に心が和み、思わず笑みを浮かべていると、不意に部長が声をかけてくる。
「みっきーは今日も元気そうだね!」
「え? 今日も?」
「うん! むとーちゃんが来てからのみっきー、なんか表情が明るいんだよ!」
「え、そうですか……? 自分ではわからないですけど」
「でもほんとだよ! よく笑うようになったし! 一年の頃とは明らかに違うよ!」
「へぇ、そうなんですね……」
無藤さんが来てからよく笑うようになった、か……。
最近、部活への忌避感が減ったような気がするのはやっぱり無藤さんのおかげなのかもな。でも、もしそうなら、無藤さんの何が忌避感を減らしてくれたんだろう?
そんなことを考えていると、部長がいきなり両手を「パンッ」と叩き、場の空気を引き締めた。
「じゃ、そろそろ今日の部活始めよっか!」
「はい!」
「はーい……」
無藤さんは部長に大きな声で返事をするが、俺はそれとは対照的にやる気のない声で返事をする。
部活への忌避感が減ったのは確かだけど、別に部活を好きになったわけではないので、やる気満々とはいかないのだ。
——バシッ
「いったっ!」
部長に返事をしたすぐ後、無藤さんが勢いよく背中を叩いてきた。痛みに驚き、ばっと無藤さんの方を見ると、彼女が俺を冷たく睨みつけてきているのがわかった。
「並木先輩、ちゃんと返事してください」
「は、はい!」
俺は無藤さんの迫力に体が勝手に動き、勢いよく立ち上がって大きな返事をしてしまった。
「ふふっ。むとーちゃん、ほんと真面目だね!」
部長は俺と無藤さんの様子を見ながら優しく微笑んでいる。
……部長、確かに無藤さんは真面目ですが、暴力はダメじゃないですか?
そんなツッコミを入れたくなるが、無藤さんが怖いので、やめておくことにした。
◇
「並木先輩、箒どうぞ」
しばらくして無藤さんが部室のロッカーから箒を持ってきて、俺に差し出してきた。取りに行くのは面倒くさかったので、ありがたい。
「うん、ありが——」
「ひゃっ!」
俺が箒を受け取った瞬間、無藤さんはなぜか大きな悲鳴を上げ、少し飛び退いた。
「え? どうしたの?」
「……な、なんでもないです」
無藤さんは平静を装おうとしているみたいなのだが、箒を持っていた方の手を見つめながらほんのりと頬を赤くしていた。
そんな無藤さんの様子を見て、箒を受け取る時に手と手が一瞬だけ触れてしまっていたのを思い出した。
「無藤さん、ごめん。俺の手が当たっちゃったんだよね?」
「……た、確かに手は当たりましたが、私は何も気にしてませんよ!」
無藤さんは不自然に大きな声を出すと、俺の体をぐいっと扉の方に向け、両手で背中を押してくる。
「さ、さあ、早く行ってください! 部長はもう移動してますので!」
「う、うん」
無藤さんの強引さに困惑しつつ、とりあえずそう返事をして部室の外へ出た。
無藤さん、手が当たったくらいで大げさじゃない……? まあ、可愛いからいいんだけど。
◇
箒を持って校門に移動すると、付近に植えられた数本の八重桜が目に入った。
遅咲きの桜なのだが、もう五月初旬なので、かなり散ってしまっている。
そのせいで、辺りには大量の花と花びらが落ちていた。また、それらは今朝の雨のせいで濡れていた。
うわぁ……。濡れた花が大量に落ちてるなんて、掃除するの大変だぞ……。心の中でそんな文句を言っていると、無藤さんがすたすたと歩いてくるのが見えた。
「遅れてしまってごめんなさい」
「だいじょぶだよ!」
無藤さんが頭を下げると、俺の近くに立っている部長は明るい笑みを浮かべながらそう言った。そして、俺と無藤さんを見て大きく頷くと、右の拳を突き上げた。
「じゃ、お掃除スタート!」
「はい!」
「はい」
俺は無藤さんに怒られないよう、さっきより大きな声で返事をすると、箒でのろのろと地面を掃き始めるのだった。
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