部で唯一の後輩はクールでど真面目だけど、たまに見せるギャップが可愛い女子でした

時慶

プロローグ/無藤さん

 俺、並木信慈しんじはボランティア部に所属する高校二年生だ。


 ボランティア部に入っているといっても、社会貢献をしたいだとか、人に感謝されたいだとかそんな気持ちは一切ない。


 そもそもの話、「生徒は原則部活動に所属すること」という時代遅れな校則があるなか、特技も趣味もない俺は活動日の少なさを理由に入部しているからだ。


 でも、実際には手間のかかる作業も多いし、俺の苦手な「人との交流」の機会も多いので、入部したことは後悔している。


 だから、部活に行くのは面倒くさくて、活動日が近づいてくるといつも憂鬱な気持ちになっていた————のだが、最近はそんな気持ちが少しだけ薄れてきている。


 その理由ははっきりとはわからない。でも、最近のボランティア部の変化といえば、約一ヶ月前に無藤むとう優李ゆうりという女子が入部してきたことぐらいなので、彼女の影響なのかもしれない。


——クールでど真面目だけど、たまに見せるギャップが可愛い、そんな彼女の。


 ◇


「部活、面倒だなぁ……」


 水曜日の放課後、俺はボランティア部の部室に向かっていた。


 面倒なら行かなきゃいいだけなんだけど、サボるっていうのもなんか気が引けるんだよなぁ……。


 そんなことを思いながらのろのろ歩いていると、正面から無藤さんが颯爽と歩いてくるのが見えた。


 彼女は艶のある長い黒髪を靡かせながら、すらりと伸びた脚をテンポよく前に進めていく。やや目尻の上がった大きな目は真正面を見ていて、背筋はまっすぐ伸びている。


 無藤さんは今日もクールビューティーって感じだな……。そう思いながら何気なく無藤さんの周りに目をやると、廊下の生徒たちがみんな彼女のこと見ているのがわかる。


「あの子たまに見るけど、ほんと綺麗!」


「あのクールな目で見つめられたい……」


「まるでランウェイを歩くモデルみたい!」


 無藤さんを見つめる生徒たちはうっとりとした表情をしながらその場に立ち尽くしていた。


 大げさな反応にも見えるけど、無藤さんは容姿が整っているうえに、所作も綺麗なので、ある意味当然の反応だと思う。俺も無藤さんと初めて会った時には思わず見惚れちゃったし。


 無藤さんに目線を戻すと、彼女が周りを気にすることなく、まっすぐ俺の方に歩いてくるのがわかる。


 無藤さんは俺の目の前で立ち止まると、丁寧に頭を下げてくる。


「こんにちは、並木先輩」


「こんにちは、無藤さん。相変わらずすごいね」


「……何がですか?」


「いや、みんなの目を釘付けにしてるから」


「ああ、それですか。いつものことなので、別にすごいとは思いませんが」


 無藤さんは淡々としている。彼女にとっては視線を向けられるのは当たり前のことで、わざわざ取りたてるほどのことではないみたいだ。常に視線に晒されてるなんて俺だったら発狂ものなんだけどなぁ。


 そのまま無藤さんと一緒に部室まで行くと、俺はすぐに中の椅子に腰掛けた。その直後、無藤さんが隣の椅子に座ってきて俺の顔を覗いてくる。


「そういえば、並木先輩。今日の活動は何かちゃんとわかってますか?」


「えっと……なんだっけ?」


 まったく見当もつかなくてそう尋ねると、無藤さんは少し顔を顰め、俺にぐいっと顔を近づけてくる。彼女の顰めっ面は、クールな顔立ちと相まって少し怖い。


「並木先輩、なんでわからないんですか? 今日は校門の掃除ですよ。先週、部長が言ってましたよね?」


「あー、そういえばそうだったかも……」


 無藤さんの迫力にたじろいでしまって、俺は思わず苦笑いを浮かべながらそう言った。


 無藤さんはど真面目なので、俺が部活のことをきちんと把握しているのかを確認するため、よく質問をぶつけてくる。その時、俺が質問に答えられなかったり、間違えたりすると、いつもこんな感じで叱りつけてくるのだ。


 でも、無藤さんは叱りながらもいつも正しい答えを教えてくれる。彼女はど真面目で厳しいけど、根はとても優しいのだ。


 無藤さんは俺に近づけていた顔を元の位置に戻すと、「はぁ」とため息をつく。


「まったく……。しっかりしてください。副部長ですよね」


「……そう言われても、ちゃんと来てる部員が少なすぎるせいで副部長になっただけだからなぁ……」


 うちの部には十名の部員がいるが、俺と無藤さんと部長以外は幽霊部員なのだ。


 こんなに美人な無藤さんがいるなら部活に来る部員が増えてくれてもいいはずなのにと思ってしまう。そうしたら、俺の仕事が減るから。


「……並木先輩、そのやる気のない顔やめてください。一応でも副部長ならもっとしっかりするべきですよ」


「うーん……。いつも無藤さんが部活のこと教えてくれるし、俺はちゃんとしなくてもいいんじゃない?」


 ついそんな本音をこぼすと、無藤さんが少しむっとした表情で俺を睨みつけてくる。


「並木先輩がダメダメすぎるので、サポートしてるだけです。あんまり私をあてにするようでしたらもう手助けしませんからね」


「え、嘘っ!? それは困る! これからもずっと俺のこと支えてほしいんだけど!」


 そんな言葉で無藤さんにサポートの継続を懇願すると、彼女はなぜか体をビクッとさせる。


「え!? そ、それ、どういう意味ですか!」


 無藤さんは頬を赤くしながらうわずった声を出した。先ほどまでの冷静な様子からは一変して、慌てているようだ。


「え……? これからもあてにさせてってことなんだけど……」


 無藤さんの慌てように困惑しつつそう答えると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。そんな彼女の姿はいつもの凛とした姿とは違い、弱々しく見えてなんとなく可愛らしい。


「あ、そ、そういう意味でしたか……」


「え? 他にどんな意味が?」


「……い、いえ、別に!」


 無藤さんは胸の前で勢いよく両手を振ると、俺からばっと顔を背けた。無藤さん、何を誤魔化してるんだろう……?


「…………もう、心臓に悪いよ……」


 無藤さんの怪しい言動に首を傾げていると、彼女のそんなかすかな呟きが聞こえてきた。


「え? 心臓に悪い?」


「な、なんでもないです!」


 無藤さんは素早く俺の方を見てそう言い放つと、すぐに俺から顔を背けた。一瞬だけ見えた彼女の頬はほんのりと赤くなっていた。


 ……無藤さん、さっきからクールさのかけらもないな。まあでも、無藤さんがたまに見せるこういう姿、俺、結構好きなんだよなぁ。


 無藤さんはさっきみたいに急に赤面してあたふたすることがある。そんな彼女の姿は普段のクールな姿とはギャップがあって、俺にはとても可愛いらしく思えるのだ。

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