お金、しゅき、しゅきなの……
薄暗闇に店からの灯かりが差し込む夜道、雰囲気だけは一丁前に清純そうなフィリアが俺に金をせびって来た。
「ええと、聞き間違いか?」
「いいえ。お金、貸して? いっぱい貸して欲しいんです」
「お前山ほど持ってる筈だろ。俺にたかるな」
フィリアはリディアも所属する、冒険者ギルド『スカー』でも最上位のパーティで財務を任されている。
その詳細は知り様も無いが、相当に旨味のある役職なのは俺でも分かる。
先だっての迷宮攻略準備でもかなり稼いだようなことをリディアは言っていたし、俺達との迷宮低層で希少種狩りをした金だってアイツは結構な比率で持っていった。
いや、同行したエレーナの保護というか、補助の為に大金を消費した件は確かに聞いたが。
「実は………………無いの」
「…………はぁ」
「あーんっ、無言で去っていかないでーっ! 説明するからっ、ちゃんと話しますからーっ!」
「そういうのはパーティメンバーに頼め。万年シルバーにオリハルコンが金を借りようとするな」
第一無いってなんだ。
山ほどあったんだろうが。
どこに消えた。着服か、横領か。それとも窃盗でもされたか。アダマンタイトからミスリルまでひしめき合ってるお前らの拠点へ突撃する馬鹿が居るとも思えんぞ。
「パーティメンバーからの借金は私っ、禁止されちゃってるのよーっ」
つまり禁止されるようなことが過去にあったってことか。
余計に駄目だ。絶対に返ってくる気がしない。
「第一俺が出せる金額なんてお前らから見たらはした金だぞ」
「あらぁ、前回のお金、結構ある筈でしょう?」
「あれは色々事情があって吹き飛んだ。今は無い」
レネとフィオ、二人の姉妹が仲直り出来たと思えば惜しくない使い方だったが、現実的に俺の貯金は無くなり、最近は採取クエストから倉庫番まで大忙しだ。
対してリディアなんかは何故か暇そうにしているから、ようやく出来た余裕に一発しけ込むつもりでいたんだが。
「もぅ……意外と金使いが荒いんですのね。でも大丈夫」
何が大丈夫なんだか。
万年シルバーなんぞ振ってみても小銭しか出てこないぞ。
「私、貴方の事はずっと前から見ていたんですよ?」
「……ほう?」
そういえばザルカの休日や雪山の時点で、もう認識されていたみたいなことは前にも聞いたな。
フィリアは俺をじっと見て、夢見る少女みたいな顔をして言った。
「貴方は才能があります」
「なんのだ」
「借金をする才能、ですわ」
最悪だった。
「帰る」
「あーんっ、待って下さい! まだ話の導入すらしてませんーっ」
「大体なんだ借金をする才能って」
なんか一気に疲れてきた。
けど逃げようとしてもひたすらしがみ付いてくるし、諦めさせるしか方法はないか。
「そういった無自覚さが強みなんでしょうね。でも一度目覚めてしまえば、もう金貨の山を右から左へ転がす様に量産できるのです。素晴らしい才能ですわ」
「知らん話だな」
「ふふ……だって、貴方が一声掛ければ、貴方の助けになるのならって身も心も捧げてまで金を絞り出し、貸してくれる人は大勢いるでしょう?」
最悪の下があるとは思わなかった。
なんだそれは。
「そんな奴は居ない」
「例えば、時折話していらっしゃるお若い神官。彼女なら、貴方が本気で求めていると分かれば身を売ってでもお金を用意するでしょうね」
「嫌な想像をさせるな」
トゥエリは大事な仲間だ。
そんなことをさせるくらいなら奴隷にでもなった方がマシだな。
「他にはあの竜殺しはどうでしょうか。随分と貴方を信頼なさっているご様子でしたし、きっと物凄い額を平気で差し出してくるに違いありませんわ」
「はぁ…………」
この話まだ続くのか。
「いつも入り口で息巻いている彼とか、他にも受付嬢のあの方とか、大勢貴方の為ならばってお金を差し出してくれるでしょうね。なんて羨ましい才能でしょう……それに引き換え私は、パーティメンバーからの借金すら禁じられて、およよ」
「自業自得だろ。今の発言内容だけで十分過ぎるくらいにその決まりが正しいって理解出来たぞ」
ここまでゼルディスのやったことに納得出来たのは他に無いくらいだ。
「でもこのままじゃパーティが崩壊してしまうんですーっ」
うんざりして背を向けたらまたしがみ付かれた。
パーティ崩壊? ゼルディスのか?
「どういうことだ」
「聞いて下さいます……?」
「その上目遣いを止めればな」
「はい」
ため息が出た。
なんだこう、なんで疲れるんだろうな、コイツと話してると。
しかしパーティ崩壊とまで言われたらリディアだって無関係じゃない。エレーナの事もあるし、放置は出来ん。
なんて思っていたら、にやけ顔のフィリアが満足げに言った。
「やっぱりロンド様は頼ればちょろくて――――あいたっ!?」
ちょっと強めの手刀をかまし、仕方なしに俺は話を聞くことにした。
※ ※ ※
あまり人の多い所で聞くのもどうかと思い、市壁の近くまでやってきた。
ここいらは日中こそ賑やかだが、深夜は門が閉じられ、人の出入りが無くなると極端に静かになる。まあひっそり話し込むにはちょうどいい場所だ。
多分、あれから姿を見ていないが、リディアもすぐ近くに居る。
本当に申し訳ないというか、むしろお前のパーティの事情に巻き込まれてる状態だから、怒るのは勘弁して欲しい。まあ何もせず黙っているから分かってくれてるんだろうけどさ。
「ロンド様は、ゼルディスが使っているあの虹剣がどれほど金食い虫かご存じですか?」
話題はそんな所から始まった。
全く知らん話だ。
あのキラキラ剣、そんなに金が掛かるのか。
「俺も最近は魔法武器を使ってるが、修理や整備に特殊な素材が必要ってだけで、護符ほどには高くないが」
「それがアレ、使ってるのはミスリルにオリハルコン、更にはそれらを含めた特殊な合金と深層の魔物からのみ採取出来る素材まで必要になってくるのよねぇ」
「……まじか」
俺が前に分け前として貰った小石一つ分のオリハルコン、あれだけでちょっとした豪邸が一つ建つって話を思い出した。アレは特に破魔の力が強くて価値が向上しているって話だったが、そこを差し引いても十分高価な品だ。
質入れしただけでミスリル二人の無期限雇用の前金は余裕で賄えたし、残った分だけで闇ギルドとの交渉に使える程度の額ではあった訳だしな。
それを当たり前に消費するとなると、一度の戦闘でどれだけの金が溶けるか分かったもんじゃない……。流石にちょっと使っただけで必要になるってんじゃないだろうが、魔法武器は使用時に掛かる負荷も結構あるしな。
「深層へ潜るのは、なにもクエストの為だけじゃないんです。整備や修理の度に購入なんてしていればすぐにパーティの資金が枯渇しますから、自前で用意する必要がある。精製する職人も、勿論自前で育てて確保していないと依頼料だけでとんでもない額になる。彼はそう……そういった消費については全く考慮してくれないので、毎回凄まじい苦労を背負って整備させているんですのよ」
語る内にフィリアは常の余裕そうな笑みをすっかり失い、暗闇に溶け込みそうなくらい虚ろな表情になっていった。
「ゼルディス一人とってもそうなのに、戦うしか興味を持とうとしないお馬鹿さん達の面倒まで私持ち。分かって下さいます……? それがどれほど凄まじい消費になるのか。毎度どんなに頭を悩ませてクエスト報酬とそこに付帯する収入などで利益を弾き出してきたか。分かって下さいます?」
「お、おう……俺も、毎度そういった装備品の手入れには頭を悩ませているからな」
「そうでしょう? えぇ、ご理解いただけて何よりです」
全く嬉しそうじゃなさそうに流されて、言うんじゃなかったと後悔した。
「はぁ……」
ため息が重い。
とても重い。
なんだろう、魔法武器ってのには多少憧れがあったんだがな。
男なら思うだろう。
詩に出てくる竜殺しの魔剣とか、闇を払う聖剣とか、そういうのを持ってみたいって一度は憧れたことがある筈だ。
だがその使用に当たって金が掛かる事を考慮した事はなかった。
「今まではどうしてたんだ? 上手く回せてはいたんだろう……?」
「そうですね。やはりゼルディスは利回りが良いので、確かに私も懐へ納める程度の余裕が持てていたんですが……ザルカの休日でゼルディスが防具をぶっ壊してくれたことが一番の痛手でしょうか」
あぁ、そういえば将軍級に斬り付けられて吹っ飛んでたよな。
「彼はあの……空を飛ぶのが
例の飛ぶ魔術だかは、あの時ぶっ壊れた防具の力だったのか。
雪山の時には修復されていたし、間の期間を考えると相当に無理を言って修理させたのは分かる。
「だが迷宮云々の時に儲けは出したんじゃないのか……? あの頃はまだ余裕がありそうだったじゃないか」
「そこなんです!!」
がしり、としがみ付かれて驚く。
お、おう?
「今しかない。今やらなきゃずるずると落ちていくだけっ。そう思ってどうにか別口で稼ぎを得ようと色々と頑張ったんですけどっ!」
「……どうなった?」
「起こした事業が始まる前にお金が尽きちゃったんです。てへ☆」
デカいため息が出た。
同情の余地は確かにあったが、なんだろうな、この妙な軽さは。素直に同情したくないというか、真面目に話を聞いたら負けみたいな気になってくるのは。
「そ、それだけじゃないんですのよっ。実は…………パーティで使ってるお屋敷なんかをこっそり質入れした資金も入ってるので、回収できないと路頭に迷ってしまうんですっ。えへへ」
「よし。今からその拠点に行って仲間に頭を下げて来い。そして一緒に悩んで、一緒に解決してこい。それで全て収まる」
「そんな訳ないでしょう!? 私がどれだけパーティからお金のことで警戒されてると思ってるの!? あのバルディですら私の持ち込んだ儲け話は聞く耳を持ってくれないんですからっ! バレたら絶対酷い目に合わされますっ、どうにか隠し通して上手くやりたいから相談してたのにいっ!」
自業自得だろ。
あの時はとりあえず許したが、俺も毎度何が仕掛けられてるか分からん女の誘いなんざ乗りたくないぞ。
「あーんっ、見捨てないで下さいましーっ。こ、こうなったら色仕掛け☆ さっき大きくしてらしたでしょう? 私なら夢の様な時間を提供して差し上げられますわ……てなんで今日一番のしらけ顔!?」
基本的に俺は、お前を信用してないからな。
身体を許すつもりは全く無いし、さっきは本当にリディアへの期待で身体が敏感になっていたからだ。
悔しそうに涙目を見せているが、駄目なものは駄目です。
困っているのは事実だからどうにか出来るのなら力を貸してやってもいいが、根本的に金の問題は俺に出来る事の範疇を越えている。
勿論、俺が誰かに頼んで回るのは論外だ。
「このままじゃあ娼館に売り飛ばされてしまいますっ」
「天職じゃないか。お前なら家一つ分の借金くらいあっという間に稼げるだろ」
「エロければ誰でも相手にするだなんて思わないで下さいましっ」
「じゃあ前に組んだ連中の内、何人と寝た?」
「だ・か・ら! お誘いを掛けているのは貴方だけですっ! エレーナの件があるから差し控えているだけですが、魅力的だと思っているのは本当ですのにぃっ」
ほう、今のはちょっとぐっと来たな。
なんて思ったら虚空から耳を摘ままれた。
はいはい、分かっております。なんて考えていたら、後ろから風が吹き抜けていった。なんだと思ったらリディアだ。姿を晒し、そのまま拗ねるフィリアの肩に手をやる。
「フィリアさん」
「ひぃっ!? ……え? ど、どうしてここに!?」
リディアは平時の凍り付いたみたいな無表情で彼女を見降ろし、言葉を続けた。
「先ほどのお話、少し遠巻きながら聞こえてしまったんですが、拠点を担保に借金を為さったとか」
「っ、ど、どど、どうしてそれをっ!?」
いやだから聞いたって言ってるだろ。
相当に混乱しているな。
「おおおおお待ちになって下さいっ、きっとリディアさんは誤解しています、そんなっ、私が皆の大切な拠点を質草に入れてお金を借りただなんてっ、あまつさえどうせバレないだろうからって幾つかの備品を失敬しているだなんてっ、きっと誤解ですのよお!?」
語るに落ちたか、フィリア=ノートレス。
だんだんとお前の事、面白い奴みたいにしか思えなくなってきたぞ。
「絶対に上手くいく商売なんです! あと少しのお金があれば動き始められるんですっ、そうだリディアさん! 貴女なら無駄遣いもしていない様子ですし、相当な額を貯め込んでいらっしゃるんじゃありませんか? ここで一口乗っておくと、後で二倍三倍……じゅ、十倍以上になって戻ってくるかもしれません! いかがですか!?」
既にごり押しみたいな話になってきたが、あまりにも必死なフィリアに流石のリディアも困惑を見せた。
それを敏感に感じ取った金の亡者がこれは行けると踏み込み、手を握る。
「さあ今からギルドへ行きましょうっ! お金を下ろし、その資金を元に私と共同で一大事業を立ち上げるんです! 絶対に! ちゃんと始める事さえ出来れば絶対に上手くいく商売なんです!!」
そういえばその商売の内容を聞いていなかったな。
興味も無かったが、ここまで言われると聞くくらいはいいかと思えてくる。
どこぞの狂信者みたいに目をギラギラさせたフィリアがリディアへ詰め寄り、また俺をも取り込もうと視線を向けてきた。
「私の計画している事業は、ラガービールの生産なのです……!」
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