幕引きは荒っぽく
ソイツが店の前へ現れた時、並んでいた貴族娘達が一斉に黄色い歓声をあげた。
奴の名はゼルディス。
最古参の冒険者ギルド『スカー』の誇るアダマンタイト級冒険者である。
数多くの浮名を流し、今も世間へ勇名を知らしめる生きた伝説。迷宮攻略は今や目前であり、それが終われば真なる竜殺しとして完成するべく魔竜討伐の旅に出ると噂されている男だ。
「ほう、ここがリディアの言っていた店か…………見るからに庶民の考える派手さを貼り付けた様な門構えだが、まあそこには目を瞑ろう」
因みに奴は今、かのリディア=クレイスティアを同伴させている。
同じくアダマンタイト級冒険者であり、神官としては比類なき天才とも謳われる実力者。
凍り付いたような表情はある種神聖さを帯びており、聞いた話だと彼女に憧れを抱くのは冒険者のみならず、王侯貴族にまで及んでいるなんて噂もある。
威風堂々、誰憚る事無い最強の二人。
それを見る者は自然と敬意を覚え、道を譲る。
なんてな。
まあリディアはゼルディスがやりすぎないようにっていう保険だ。流石に妹さんを始末してきましたなんてレネには言えない。
俺も下男の恰好をして一団に加わっているんだが、アイツ本当に俺の顔覚えてないのな。まあいいが。
野郎はリディアを同伴させて絶好調、黄色い歓声をさらりと前髪と共に払い除け、列を無視してそのまま店の中へと入っていく。
どうやら、奴に並んで待つという概念はないらしい。
「何をしている。店の中はそれなりに広そうだ。お前達も入って一緒に見るといい」
並んでいた貴族相手にこの言動。
普段からそうなんだろうな。
だが連中も特に怒った様子はなく、嬉しそうに後へ続こうとする。
「お、お待ちくださいっ!? 店へ入るのは一組ずつ、その、防犯の意味もありますので」
男が慌てて止めるが、そんなものを聞くゼルディスではない。
「この僕が居る前で窃盗などやれるものか。見付けたらその場で叩き切ってやるから安心しろ店の者。折角の買い物だ、賑やかな方が楽しめる」
因みに。
今日のゼルディス御一行にエレーナは居ない。
というか、あの迷宮での一件以来、距離を置いているらしい。パーティには在籍し続けているものの、賑やかしからは卒業し、日々腕を磨いている。
俺もたまに稽古相手になってやっているし、フィリアがこっそり作った外パーティでクエストもこなしているという話だ。
その後釜らしい女が三人、冒険者ではないからパーティには入っていないが、最近は拠点に入り浸っていて煩いらしい。
様々な問題を抱えた最上位パーティ様。
まあ今日はリーダーにもしっかり働いて貰うということで、いっちょ頼むよ旦那。
※ ※ ※
「いらっしゃいませーっ。ようこそフォルムス宝飾店へ!」
妹さんが出迎える。
こうして見ると、化粧でやや大人っぽく見せているが、確かに十七そこらの年齢だ。
表で一悶着あったことは察しているらしく、男と同じ文句は付けてこない。
「本日はどのような宝飾品をお買い求めでしょうか?」
「ふん」
ゼルディスは軽く視線を巡らせた後、店内の中心まで歩いて行った。
疑問そうにする店員二人へややも呆れた声を発する。
「椅子」
「っ、はい! ただいま!」
そうして出てきた椅子を見てまた眉を潜めたが、リディアが文句も言わずに座ったことで彼も応じた。
因みに、リディアは置かれた椅子の向きを調整するふりをしてしっかり距離を開けた。おかげで野郎の手は届かず、その周りには喧しい三人の女が寄っていく。
「この店の一番の品を持って来い」
「かしこまりました」
自然と一緒に入った貴族娘や付き人らも奴の後ろへ回り、見世物でも待っている様な状態となる。
というか、貴族を立たせたままお前らだけ座ってていいんだろうか。
リディアも平然としているし、案外普段からこうなのかもしれない。
まあアダマンタイト級冒険者だしな。
例外無く伝説を作り、吟遊詩人が詩にすると言われる存在だ。
そりゃあ貴族も思わず席を譲るか。
「こちらをどうぞご拝見下さいませ」
恭しく差し出す妹さんの持つ箱に、さてどうだろうかと俺は疑問する。
レネが作ったものを幾らか残しているのなら、実はこの作戦は上手くいかない可能性がある。
店に出しているものが粗製品だからといって、奥に本命を隠していないとは限らないが。
「ほう…………」
無駄に豪華な箱を開けて見せた途端、ゼルディスが感嘆の息を漏らした。
「ふっ、ははははははははは!!」
からの哄笑。
なんだなんだと周囲は目を丸くしているが、俺はリディアの表情を見てちょっとゾクリとした。
滅茶苦茶怒ってる。
表面的には分からないだろうが、あれはもう俺がちょっと調子に乗り過ぎて恥ずかしがらせ過ぎた時と同じ表情だ。あの時はしばらく許して貰えず、ひたすら甘い言葉と甘い行為を繰り返し、延々と奉仕したことでようやく水に流して貰えたが、果たして。
「店主っ、褒めてやろう! これを作った奴は天才だ!」
ゼルディスの堂々たる宣言に皆が前のめりになる。
俺も興味あるんだが、ちょっと立ち位置的に見えていない。
なにがあるんだ? レネの作った護符なのか?
「お褒め下さり、光栄です」
「もっと近くで見たいものだ。こちらへ来い」
「……はい」
そうして妹さんは箱を掲げてゼルディスのすぐ前までやってきたが。
「見ろリディア、やっぱりだ! この護符の素材には、俺達が深層から持ち帰ったベヘモスの魔核が使われているぞ! あぁ、あれは激戦だった! 命懸けで戦い、持ち帰ることさえ苦労させられたものだなぁ。それを――――」
打ち払う。
加工され、煌びやかに飾り付けられたベヘモスの魔核なんていう一級品の素材を用いた護符が、床を転がっていく。
「何を為さるんですか!?」
「これを作ったのは誰だ!!」
「ひっ!?」
激昂して見せるゼルディスに妹さんが顔を真っ青にして腰を抜かした。
少し離れて見ていた男も同様だ。
「売り払った以上、その後の使い道について文句を言うつもりは無かったがな。ここまで侮辱的なゴミにされては黙っているのも馬鹿馬鹿しい」
品は、レネが作ったものではなかった。
おそらくは金に任せて搔き集めた高級素材を用い、それを謳い文句に何十倍何百倍の値段で売りつけるつもりだっただろう、誰ぞの作った護符だ。
「今日はリディアが聖都での賞を受けた職人の品が見たいと言うから足を運んだが、これは一体どういう冗談だ? 僕に恥を掻かせるつもりか!?」
「ひぃぃぃぃぃっ!! レネ=フォルムスです! レネという職人が作ったものです!! 私達は品を店に並べているだけで詳しい事は何も!!」
男が即座にレネを売った。
なるほど、そういうつもりか。
妹さんはどうだ。
青ざめたまま涙を流して固まっている。
「レネ=フォルムス。なるほど、ならばそいつを呼べ」
「そ、それがっ……っ!?」
「男。言葉を間違えるなよ? 今の僕は気が立っている。虚偽やごまかしの言葉に対して、普段ほど寛容では居られない。正直に、ありのままを話すんだ」
男が何かを言おうとして、けれど首を絞められているみたいに息を詰め、泡を吹いて倒れた。
俺の知覚する範囲でゼルディスは何もやっていない。
ただ勝手に怖がっているだけだ。奴の威圧感、と言えれば良かったんだが、主に隣のリディアがな……。
けれどアイツも気付いたらしく、ふっと気を緩めた。
ただ、いつもは凍り付いている表情が悲し気に沈んでいる。
「貴女、名前は」
「っ、ぁ……ぁ」
「どうした。リディアが問い掛けている。早く答えろ」
「フィ、フィオ=フォルムス、ですっ、っ!!」
フィオ。
レネの妹。
彼女は意識こそ保っていたが、今にも倒れてしまいそうなほど身体を震わせ、顔は青を通り越して土気色にまで変わっていた。もう動いていなければ死体と言われても納得出来そうなほどだ。
それを前に、リディアが悲し気に言葉を紡ぐ。
「ゼルディスの言った通り、売り払った以上はどう使われても私達に文句を言う権利はありません。けど、ベヘモス討伐の際、仲間が一人死んでいるの」
あぁ、これは。
巡り合わせが悪かった。
俺ももっと確認しておくべきだったか、なんて考えて、それこそ侮辱かと思い直す。
別にリディアの進む先の小石まで払い除けようってんじゃないんだ。
こいつはこいつなりに、ちゃんと立って歩んでる。
「勝手な想いかもしれない。だけど、この素材だけじゃなく、貴方が日々口にしている食材一つ取っても、それを育てて届けてくれた人が居る。そこに貴賤なんてない。ありがたがれなんて言うつもりもない。でもせめて、届けた人と精一杯向き合って欲しいの。力足らずならそれでもいい。ただ安易な道には逃げないで。その素材には、私達の仲間の命が宿ってるの」
精一杯絞り出した言葉はどこかチグハグで、本人だってうまく纏め切れていないだろう。だがリディアの本心からの言葉を受けて、妹さんは涙を流して頷いた。
※ ※ ※
この噂話は瞬く間に広がった。
尾ひれに背びれに、余計な憶測までくっ付いて、面白おかしく世間を騒がせた後には、ゼルディスが悪徳商人を懲らしめた、とだけ残ったが。
フォルムス宝石店は顧客を失い、職人が離れていったことで今度こそ、その歴史に幕を下ろした。
そうして、レネは――――
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