かいぬしさまぁ

 いつもの酒場で陶杯を傾けていたら、リディアとトゥエリが揃ってやってきた。

 どうやら二人で神官の修行をしてきたらしい。

 最近はギルド内でも話している姿を見るし、周囲に認知されて来たように思う。一見すると歳の離れた(なんて言うと怒られるが)姉妹みたいに振舞っているが、どちらかと言うと世話を焼いているのはトゥエリの方だ。

 酒には弱いから最終的に俺達で面倒を見るが、どちらがしっかり者かなんてのはまあ、付き合ってれば分かるよなぁ。


「なるほど、そういう事情なのね」


 舐める程度に酒を飲みつつ、リディアが頷く。

 妙な遠慮をして今日も彼女の向こう側に座ったトゥエリが、食べていた野菜のマリネをやや慌てて呑み込んだ。口元に手を添えて、振舞いが前よりお上品になっている。


「あの……そのレネさんは放っておいて大丈夫なんですか? 伺っていると、その、かなり危なっかしいというか……」


「それなら問題無い。そこで寝てるからな」


 俺が後ろを指差すと、二人が揃って振り向いた。

 この店は結構狭いが、一応はカウンター以外に机の席もある。そっちの長椅子から崩れ落ちる形で、机の下へ半ば潜り込んでいるレネが酒瓶を抱いて静かに寝ていた。


「………………大丈夫なんですか」

「心配なら看てやるといい。そろそろ起きてくる時間だ」


 こっちの口ぶりに何か迷ったようだったが、トゥエリは口元を拭いてから寝ているレネの元へ向かった。

 レネさん、レネさん、と声を掛けるが反応はない。

 そして彼女はあることに気付いたらしい。

 あぁ、今日もレネは俺の服を着ている。元々着ていた服は匂いが中々取れず、洗濯屋に何度も洗い直して貰っている所だ。適当なのを数着買ってやろうと思うんだが、日中は溶ける生き物になっているし、アイツの世話で俺も満足に動けなかった。

 途端に無言となったトゥエリがじっとレネを見詰めているが、隣に残るリディアが話を振って来た。


「それで、どうするの?」

「あぁそれなんだが、お前の力を借りられないかと思ってな」


 ぞくり、と不穏な気配を感じてリディアと同時に振り向いた。

 そこでは変わらずレネを見詰めるトゥエリが居るだけで、何の変哲もなく、平和な光景が広がっている。

 危うさなどどこにもない。


「…………えっと、なにするんだっけ?」

「……あぁ。今のままじゃ妹のやらかしにレネまで巻き込まれかねないからな。まずはあの派手な商売を止めたいんだが」


 再度、二人で振り向く。

 トゥエリはそのままだ。


「……トゥエリ」

「はい」

「男物の服に興味があるのか」

「そうですね。男性の服は動きやすいそうですし、神官服の下へ着るちょうど良いものを探してみてもいいかもしれません。ですけど、いざ買ってみて合わないとなってもお金の無駄になってしまいますから、出来れば試着などしてみたいんですが、そんなことをさせてくれるお店なんてなくてちょっと困ってしまいますね」

「そうか。まあ頑張ってくれ」


 言うとあからさまにがっかりされた。

 いや、事情があって貸し出してるだけで、そういう着せて楽しむ趣味はない。


 まあ俺のパンツが妙にいやらしく見えた魔法について、ちょっと興味はあるのかもしれないが。

 今度こっそりリディアに頼んでみるというのも……いやいや、そういうのは流石にな。


 目が合ったリディアが『なぁに?』と首を傾げてくる。

 いや良いんだ。今はレネの話をしよう。


「ええと、妹に巻き込まれてレネが火あぶりなんて事態は避けたいから、出来るだけ穏当な形であの商売を辞めさせられる様、リディアの力を借りたい」

「うん。それは聞いたけど」

「店にあるのは粗製品ばっかりだ。それを買いに連日貴族のご令嬢共が態々通ってきてる。なら、そういうのは通用しないってことを店の二人に教えてやろうかと思ってな」


 シルバーの俺や、アイアンのトゥエリが言っても鼻で哂われるだけだろう。

 けどリディアなら、アダマンタイト級の冒険者がこれは使い物にならないと言ってくれれば、それを聞いた貴族令嬢も買い控えする。

 その上でレネと一緒に話をして、真面目な商売をしろと説得する。


 少々雑だが、切れる手札で筋書きを考えるなら、こういうのが手っ取り早い。

 手の込んだことをしていてあの馬鹿二人が竜の尾を踏んだら、それこそ意味がないからな。


「貴族が護符を欲しがるのは暗殺対策や暴漢から身を護る為と聞いてる。だから実用的で腕もあるって、聖都で認められたレネの作ったものを求めてる訳だろ? 例え高額でも娘の命には代えられないってな。それが偽物、別人の作ったものだって判明した時の影響はちょっと想像が付かん」


 最悪持ち主は死んでるだろう。

 誘拐され、傷物にされる可能性もある。

 他に身を護るものがあって、護符だけが原因じゃないとしても、責任の追及はより弱い所へ集中する。


「俺も少し甘く見てたが、考えてみると思った以上に影響力がデカくてヤバい商売なんだ。爺さんの時代は、あんな寂れた所にある店を選ぶ時点で買う側にも十分な目利きが居ただろう。けど今、あそこに通ってるのは武器を握ったこともないような小娘と、大金叩いてゴミを買うのを止めもしないような護衛くらい。出来るだけ早く止めたいんだ……お前には負担の大きいことだとは思うが」

「ううん。嬉しい。やるよ」


 かなり悩ませるつもりで言ったのに、リディアはあっさりと頷いた。


「でも、具体的にどうすればいいのかな? これは悪い物だから買っちゃいけませんって、並んでる子達に言えばいいの?」

「出来れば外から攻めるより、本丸を心底震え上がらせる方が効くと思う。こんなものを馬鹿みたいな値段で売りつけようとしやがってー、みたいなの……無理そう?」

「じ、自信ない……」


 だよな。

 気弱なリディアさんは健在だ。


 しかし半端なことをして余力を残させると、ああいう連中は大賭けに打って出てくる。

 なまじ今までは爺さんっていう金の源泉があっただけに、どこかで部分的に成功したこともあるだろう。


 それで手を出した先に大蛇が眠っていたってことは十分にある。


「ごめんね」

「いや、俺も無理を言った。だとすると、俺がリディアのランク章を借りてやってみるか……? でも一度顔見られてるんだよな。覚えてないと思うが、万一ってのもあるな」


 店の顧客は殆どが若い女だった。

 なら仮にうまく事が運んだとして、俺みたいなおっさんの言う事に客の女連中が耳を貸すかというと……。


 後はもう、忍び込んで店の権利書を奪うとか、誰か貴族に借りを作ってでも派手に立ち回って貰う、くらいしか思いつかん。


「レネさんは、すっかりやる気を無くしてしまってるのよね」

「あぁ。まあ、それはもう別口で解決していくしかない。職人心ってのは繊細で、複雑だからな」


 うぅん、とリディアが俯いた。そして後ろを見たかと思えば、落ちかけたため息を堪え、酒を煽って遠くを見る。


「確認なんだけど……レネさんはもう、お店がどうなっても構わないんだよね」

「そう言ってる。そもそも見てない内に建て替えまでされた時点で、あいつにとって愛着のあった爺さんとの空間は失われてるんだ」


 金持ち相手の細工師みたいな仕事を強要され、臍を曲げた。けどそれだけじゃないんだ。

 あれだけ儲けてるんだから、妹側だって頭を下げれば流石に面倒を見るくらいはしただろう、とは思う。姉妹だ。離れて暮らしてたって、敢えて死なせたい訳じゃない筈だ。


「使ってた思い出の道具類も一新されて、向こうはより高級品揃えたんだからって言い張ってたそうだが……」


 ため息が出た。

 聞けば聞くほどすれ違ってる。

 金儲けがしたい妹と、趣味が仕事になっている姉。

 道具類の件も、妹なりに良いものをって考えたと取れなくもない。


「えっと、ね? レネさんの事はもう私にはどうにも出来ないと思うんだけど、そういう、大暴れが得意な人になら覚えがあるというか、二人も知ってる奴というか、すごく頼りにしたくはないんだけど、多分ちょっと乗せれば大喜びで乗り込んでくれる奴が居るんだけど……………………どうする?」


 あぁ、そういえばそういう奴が一人居たな。


    ※   ※   ※


 レネが目を覚ました。

 結局右往左往していたトゥエリは色んな意味で意気消沈していたのだが、生来の生真面目さからしっかりと挨拶をし、あの軟体生物を机の下から引っ張り出した。


「という訳でだレネ」

「はぁーい。あむあむ」


 起きてすぐ飲み、食べる奴だ。

 胸焼けってもんをしないんだろうか。肉料理の皿に残ったソースと脂をたっぷりパンに付け、リディアとトゥエリが壮絶なものを見た顔をする横で幸せそうに齧りつく。

 指をしゃぶって酒を飲み、左右に揺れながら俺にぶつかってくる。


「ふわぁ……」

「起きろレネ」

「おはよう。おやすみなさ――――痛いっ!?」


 そんな痛くはしてないぞ。ちょっと頬を摘まんだだけだ。

 なのにレネは涙目で俺を睨んでくる。


「ロンド兄ちゃが暴力したーっ」

「あーもう、早く十九歳になれ。お前は成人だ。ほら起きろ大人のレネ」

「えへへ、そいつの命は預かったー。返してほしくばぎゅーってして頭撫でて」

「はいはい。分かったからしゃんとしろ」


 ぎゅーってして頭撫でてやると、本当に表情をキリっとさせたレネが出来上がってちょっと驚いた。


「ひっく」


 しゃっくりが始まったけど。


「ひっく。兄ちゃ、死にひっく、死にそう…………ひっく」


 ため息をつく俺の横で、リディアとトゥエリがまた壮絶そうな顔をしていたが、応えてやる余裕はない。が、しゃっくりが止まらず涙目になるのを流石に見兼ねたのか、トゥエリが立ち上がってマスターへ水を注文していた。


「大丈夫ですか? 水を一気飲みすると治るそうですよ」


 背中を擦るトゥエリを見て、レネの中の何かが反応した。

 ぼーっと視線を送り、それに気付かず若き神官は水を受け取って飲ませてやる。最初は手渡そうとしたのだが、両腕をだらりと下げたまま動かす気配が無かったので、直接口元まで持って行った。

 こぼれた水までちゃんと拭き取り、もう一度背中をさする。


「どうですか?」

「……なおった」

「よかった」


 言って、俺とでレネを挟む位置に座り直したトゥエリが手を取り、さっきしゃぶっていた指も拭き始めた。


「ちゃんと綺麗にしてないといけませんよ。レネさんは職人とお聞きしていますから、尚の事指先は大切にしないと」


 レネが俺を見た。


「トゥエリだ。俺が昔組んでた神官で、しっかり者だぞ」

「そ、そんな……しっかり者だなんて。私はすぐ視野が狭くなってしまうので、今もそうならないよう訓練中です」


 照れるトゥエリに、それをぼーっと見詰めるレネ。

 何の変化もないように見えるが、今のアイツにはもう察知出来ているだろう。真の怠け者には自然と備わっているという、寄生相手の選別眼ってものをな。


「トェエリ姉ちゃ」

「……………………えっと」

「わーい。結婚してー」

 レネが抱き付いた。

「きゃっ!? え!? け、けけ、結婚ですか!?」

「駄目ならペットになるー」

「あの!? ええと、ロンドさん!?」


 うむ、と俺も深く頷いた。


「トゥエリは将来良い嫁さんになる」

「あ、あぁ、あうあうあう……」

「だから今の内に子育ての大変さを知っておいてもいいのかもな」


「ハ、ハメましたねーっ!?」


 そんな訳でトゥエリ(十八歳)は、レネ(十九歳児)の世話という極めて重大で重要な、彼女だからこそ出来る仕事を引き受けてくれたのだった。


「おだてても駄目ですっ」

「うふふ、おこらないでートゥエリ姉ちゃー。結婚しよー」

「あー、だから私には心に決めた方居るんですー」


 その件については今日の所は持ち帰って慎重に検討を重ね、何らかの進展があった場合こちらから返答をさせて頂ければと思っております。





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