ぞんびー
店で少々陶杯を傾けていたら、髪を解きながらリディアが入って来た。
最近はもう店内なら普段通りだ。いや、普段してない化粧があったり、服装がちょっとだけ色気のあるものになっているから、魅力的ではあるんだけどな。
「…………どうしたの?」
彼女の問い掛けに、奥で俯いていたトゥエリが立ち上がってリディアへ泣き付いた。
「騙されましたぁっ」
「お、おぉ……よしよし」
人聞きの悪い事を言うな。
俺は騙してないし、勘違いの余地がないようはっきりと言ったんだ。
ここへ来る前、トゥエリのパーティメンバー達が変な気を効かせて二人きりにしてきたんだが、
『そうか。なら行こうか』
『っ…………、はい』
『いつもの酒場で飲んでれば、その内リディアも来るだろう』
という流れでここまで来た。
誤解を与えないよう、はっきりと言った。
騙した要素がどこかにあっただろうか。
この場合、俺というよりたった一言でその気になったトゥエリに原因があると主張したい。いや言わないけどさ。
去っていった連中の所へ戻るかと聞いてみても、俺の服の裾を掴んだままふくれっ面で首を振るし、結局ここまで来て静かに飲んでいた。
もしトゥエリが割り切って関係を持とうとしてくるのなら俺だってこんな器量良しを拒絶したりはしない。けど経緯が経緯だけに、半端なことをしてぶり返したらもっとキツくなる。
……罪悪感に負けて甘い判断をしている俺も悪いんだが、ケジメを付けたならちゃんとしないとだな。
一応は今のパーティ内で問題無くやれているそうだから、もうしばらくはこのまま様子見だ。
※ ※ ※
酒が進むと話題が転がり、例の宝石店、いや今や宝飾店となったあの店の話になった。
「え? その店、私も昔は使ってたよ」
「そうなのか?」
「自作するようになってからは、あまり行かなくなってたんだけど……あのお爺さん、亡くなっちゃったんだね」
老衰ばっかりは神官でもどうにもならない。
流れを整えたりで幾らか回復する面もあるだろうが、不老不死は未だ詩の中だけの存在だ。
リディアは少しだけ遠い目をしてから先を促してきた。
「店内に置いてあった品は酷い出来だった。それを当然の顔して並べて、値札すら取り除いてるんなら、相手の懐具合で幾らでも跳ね上がるんだろうさ」
「若い技師だとムラっ気があったりもするけど、賞を取る様な人がそういう生半可な実力だとは思えないよね」
「そこだな。少なくともあの子は年の頃が片手で足りる頃から店に入り浸って、爺さんから技術と知識を受け継いでた。普通の技師が弟子入りする頃にはもう熟練者だ。まあ爺さんに言わせればまだまだって話だったけどよ」
俺が作ったの見せてくれって言っても嫌がって隠すんだよな。
面白がって強引に見ようとしたら泣かれたこともあるし。いやあの頃はまだ若かったから俺。
「結局顔も見れなかったし、聞いた時の反応も妙だった」
「……監禁、してるとか?」
ありうる、か?
いや親族監禁してどうする。
品は見せてくれないが、無我夢中で作業してるのは何度も見たぞ。
「もっと平和的に、店の経営を任せた妹がヘマやってて、当人は何も知らず好き放題やれてるって話なら、まあそれでもいいんだがな」
客としては残念だが、店側の決めた事にぼやいても仕方ない。
「私も一度覗いてみようかな」
「『スカー』のリディアさんが来た店です、なんて宣伝されないように気を付けるんだな」
「うっ……それは行きたくないな……」
お前が一人で行って、強引に頼み込まれたら、なし崩し的に利用される危険もある。
流石にその程度のことでギルドは動かないが、冒険者リディアの名前は穢される。
気分の良い話じゃないよな。
「なんにせよ勝手な想像だ。久しぶりに行った店が代替わりで駄目になっていた、なんて話は最近よく聞くしな」
初期からあった建物が取り壊されて、新しくなっていく街並みを見た。
そいつはいいが、当時にはあった必死さや熱意が薄れて、先代先々代から受け継がれた名声に胡坐を掻いて商売を続けるようなのはちょっとな。
勿論、受け継いだ技術を更に発展させて、より腕を磨いてる有望な奴だって大勢居る。
けどどうしたって、駄目な方が目立つからな。
「まあそういう昔話だ。トゥエリも付き合わせて悪かったな」
「いえ……あれ、どこかへ行くんですか?」
マスターが出してくれた、ちょいと良い酒に金を置いて席を立つ。
湿気た話をしたのは俺だから、二人の分も出させて貰った。この後のことまでは知らないが。
「あそこの両親、爺さんの息子が死んだ時にも墓を見舞った。多分、同じ所に埋められてるだろ、顔を見に行ってくるよ」
それじゃあな、と言って店を出た。
夜風が程好く火照った身体を冷ましてくれる。
あのまま飲んで忘れるってのも座りが悪かったしな。
もう少し、この件には探りを入れてみようと思う。
※ ※ ※
陽の暮れた墓場を参るのは止めろと墓守に叱られつつ、川べりにある小さな敷地へ入っていく。
ここはクルアンの町が興った頃の墓場だ。
納骨堂ではなく、墓石が立ち並ぶ古い形式の埋葬法。
何度も移設の話は出たが、まだ市壁も、魔境からの流入を抑える砦も無かった時代にこの地へ入植した者達の系譜となれば、支持する層も結構いる。結局そのまま、町の中心付近で今も俺達を見守ってくれている訳だ。
あの宝石店を切り盛りしていたフォルムスの家の連中は、皆ここの墓へ埋められている。
敬意と礼を以って石畳を歩いて行って……ふと、女のすすり泣く声を聞いた。
流石に頬が引き攣る。
聞こえる。
確かに。
咄嗟に雪山で遭遇したアラーニェの事を思い出した。
一応頬を叩いてみるが、幻覚ではないらしい。
ということは、本物……?
やめろ俺は怪談話とか信じないぞ。クルアンの町に危機が訪れた時は助けてくれるって約束だったじゃないか。いやしてないが、そういう格好良い感じの幽霊なら分かるんだよ。けど怖い系の話はアレだ、昔お袋が面白がって色々なものを聞かせてきたから、弟と一緒に震えあがっていたんだよ。
異大陸出身のお袋の話す怪談は特に女の話が多い。
だからこの声は、あのな……。
くそう、墓守はとっとと入り口に戻ったか。
格好付けて灯かり無しで来るんじゃなかった。
今や途中の屋台で買ってきた、爺さんの好物だった串焼きの温かさが唯一の助けだ。
ちょっと旧知の相手と一杯やるだけの話がどうしてこうなった。
音の出所を探っていたら、奥の方で黒い塊が立ち上がった。
少なくとも、そう見える動きをした。
そして一目散にこちらへ駆けてくる。
「お、おおおお!? や、やるかあ!?」
装備も無いからステゴロで応じようとした所で、黒い塊が被っていたソレをばさりと脱ぎ捨てた。
ぼろぼろになった女の顔が、見えた。
「お肉の、匂いだあああああああああああああああ……っ」
「ッアーー!?」
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