レネ編
華やかな店
久しぶりに足を向けた店が随分と様変わりしていた。
クルアンの町でも特に古い区画で、かつては多くの商店が立ち並んでいた場所だ。町の規模が大きくなるにつれて道幅が必要になり、作られた大通りへと殆どの店が移っていくか、店を畳んだ後の古ぼけた住宅街。
そこにぽつんと取り残されていた小さな宝石店が、いつの間にやら隣の家屋まで呑み込んで、規模を拡大し、壁は派手な赤色に染め上げられていた。
前は苔むした木の壁で、家より大きな木が屋根の上を覆っていて、錬金術の薬の匂いが漂ってくるいかにもな店構えだったんだが。
しかも、いつ行っても客の居なかった店の前には、何故か大勢の女達。
付き人とか護衛らしいのが居るのは、ありゃ貴族の娘か?
連中が店に足を運ぶのは珍しい。
大抵は呼びつけて持ってこさせるもんだ。
しかしなんとも入り難い雰囲気。
こうも女ばかり並んでると、俺みたいなのが混じると浮き過ぎる。
爺さんと孫が二人で細々と、けれどいい仕事をしてくれていた普通の店だった筈なんだが。
「ロンドさん?」
涼やかな声に誘われて目を向ける。
トゥエリだ。
神官の服ではなく、少し落ち着いた、町娘のような恰好をした彼女がこちらへ駆け寄ってきていた。
「おう。珍しい所で会うな」
休暇中だからか、普段は下ろしている髪を結っている。軽く施された化粧と仄かな石鹸の香り。本当にただの町娘に見えるな。
トゥエリは器量良しだから、少しのお洒落で随分と可愛らしくなる。
後ろに居る数名はパーティメンバーだろう。
最近は外パーティに編成されて、時折本隊に合流しつつクエストをこなしていっていると聞いた。
なんと、パーティリーダーを任されているそうだ。
かつての仲間が成長している様に満足感を覚えつつ、疑問そうな彼女の顔を見る。
「そう、ですね。ロンドさんも噂話を聞いて来たんですか?」
「うん?」
なんだそれ、と思っていたら店の中で誰かが声を荒げているのが聞こえた。
二人で伺っていると、冒険者風の男女が店内から追い出されて来た。そいつらも長居をするつもりはないらしく、さっさと背を向けて去っていく。
「…………噂ってのは? 俺は元々、ここの店はたまに使ってたんだが」
憤った表情の連中を見送り、まあトゥエリも一緒だしなと列に並ぶ。
一組ごとに店内へ入れて、商売をしているらしい。宝石店は扱う物が高価なだけに、そういう措置は理解出来る。
「昔からあった所なんですか? しばらく前に西の、聖都の方で凄く高名な賞を得たって話題になっていたんですが」
「ほう……」
宝石店、というのは一般的に
着飾る為のものなら宝飾店、となる。まあ原石やら磨いた物やらは普通にどっちも置いてたりするから、明確な区分けは無いに等しいな。貴族向けに暗殺対策の付与された護符だってあるくらいだ。
ただ、装飾性を重視しているという点で、宝飾店は俺なんかの冒険者が来る所じゃない。
「なるほど。戦力増強の為に、噂の店を調査しに来たのか」
「はい……それもありますが、やっぱり少し、気になったというのもあります」
俺をちらりと見て、少し逸らす。
ほんのり頬が染まっているのを見て首の後ろが痒くなった。
後ろ、トゥエリのパーティメンバーがにやにやしてこっちを見てるからな。
「はは。そこはまあ、トゥエリも普通に女の子だからな」
女が流行りものに興味を持つのは当然のことだ。
まして最近は周囲に同年齢の女が増えた。交流してれば普通に気になってくるさ。
「しかし、こういうのも時代なのかねぇ……昔はボロい魔女の館みたいになってたんだが」
クルアンの町は最近建て替えが増えてきた。
町の興りから何十年も経過しているし、初期の区画なんかは特にそれが多い。
俺の知ってる街並みが、ふとした瞬間に変わっていたのに気付いた感覚はなんとも落ち着かないもんだ。
華やかで派手なのも悪いとは思わないんだが、馴れ親しんだ落ち付き処が欲しくもなる。
とはいえこの町を担っていくのは若い連中なんだし、なるほど頑固爺が孫の趣味に負けて建て替えたか、なんて思っていた所で順番が来た。
「いらっしゃいませっ。フォルムス宝飾店へようこそっ」
入って真っ先に、香が漂っていることに気付いた。
ついで小綺麗な格好をした若い女が先頭の俺を見てやや眉を潜める。が、トゥエリ達を連れていた為か、すぐに視線がそちらへ向いた。
知らん顔だ。
俺は女から香水の匂いがしていることを感じつつ、派手に塗られた棚の上、箱まで豪華に飾り付けられた護符を見て回る。
今、宝飾店って言ってたよな。
ここはフォルムス宝石店だった筈だ。
ついでにこれらは値札が付いていない。
仲間達と興味深そうに棚を見て回るトゥエリを置いて、俺は奥のカウンターから中を覗き込んだ。
「あの……お客様、なにか?」
寄ってきた若い男も知らん顔だ。
こいつからも同じ香水の匂いと、薄っすらと葉巻の匂いがする。
「いや。いつもそこに座って宝石磨いてた爺さんはどこ行ったのかと思ってな。後、孫が居た筈だろ」
「私の事ですか?」
さっきの女だ。
目敏く寄ってきて、改めて俺の身に付けているものを確認してくる。
「いや、お前じゃない。お前も孫か?」
「そうですよ。ふふっ、もしかしてお爺様の知り合いかしら? 残念だけど祖父は一年前に老衰で亡くなったわ。それで私が店を引き継いだの」
なるほど。
そりゃ残念だが、どうして当時から顔も出していなかった方が店を継いだ?
姉妹で表と裏を分け合っているとかか?
それにしても様変わりし過ぎだ。
「もう一人の孫はどうした。裏で作業でもしてるのか」
「姉さんは、いえ、そんなことよりほら、見て下さいよ。素晴らしい出来でしょう?」
差し出された護符を見る。
見栄えはいいが、論外だ。まず無駄な装飾ばかりで携帯性が低い。本命の宝石は磨きが甘く、これじゃあ効果を発揮させる時に込めた魔力の大半を無駄にする。精々が一年目、下手な二年目の職人がやった捨て売りの品。
明らかに爺さんの仕事じゃないし、あの孫娘がやったとも思えない。
「幾らだ」
値段を聞いて呆れた。
どう考えても見合っていない。
「こんなの幾つ売ってるんだ」
「これしかないわ」
これしか?
「それじゃあ護符としての意味がないだろ」
安定的な効果を発揮できるからタリスマンは冒険者にも重宝される。トゥエリが不安定な時、ディトレインに渡していたのも昔ここで購入したものだった。
神官の加護同様、ブレがあると最悪自分で自分を破壊する。
命を預ける以上、単純な出力の高い低いよりも使い慣れた一定の効果を出して貰えないと困る。
低価格のお守り、護符なんかは使い捨てになることが大半だから、同じ効果のものを複数揃えるのが基本だ。
「一点物だから価値があるのよ。贈り物だって、他の人が同じものを付けていたら嫌でしょう?」
「なるほどな」
本当にここは宝飾店らしい。
ならもう一つ、まだ答えて貰っていない所で気になっていることがある。
「お前じゃなくて、お前の姉に用事がある。呼んでくれ」
言うと、若い男共々困惑した顔を浮かべた。
「どうした。ここの品を作ってるのは彼女だろう? 直接頼みたいこともあるんだ。爺さんの技を受け継いだ、アイツにな」
「申し訳ありませんが、彼女は誰とも会わないと言っております。そういったご用件でしたら、どうぞお引き取りを」
「そうか」
俺はあっさり切り上げて背を向けた。
それで、まだ棚を覗いて回っているトゥエリ達にも声を掛けて一緒に出る。それなりに並んで入った上で、十分な時間も与えらえていなかったから不満の声も出たが。
「……どうかしたんですか?」
「さあな、俺も分からん。けど少なくとも、あそこで連中が示した通りの値段で買ってやる必要はどこにもない。例えどこぞの偉いさんが決めた賞とやらで認められたからといって、銅貨を金貨で買ってやる必要は無いんだ」
入れ替わりで店へ入っていく、貴族らしき女を横目に。
まあ、買いたいってんなら止めるのも野暮だがな。
「少なくとも店の持ち主らしいあの二人は宝石技師じゃないし、錬金術師でもない。宝石加工の知識も怪しい」
「そんなこと分かるんですか?」
「身体から一切薬の匂いがしなかったし、指先は綺麗なもんだった。しかも男の方は、葉巻の匂いを誤魔化すのに香水まで付けてやがったからな」
死んだ爺さんに言わせりゃ落第だろう。
錬金術には様々な要素が絡んでくる。調合中の薬品の、微妙な嗅ぎ分けは必須技術の一つだ。葉巻なんぞやってる奴にそれが出来るとは思わない。
店内から、女の楽し気な歓声が聞こえる。
あのゴテゴテと無駄な装飾を貼り付けたものが、都で大きく評価された?
そんな筈はない。
本当だったら都の連中がただの間抜け。
そうでないなら……。
「っ……分かってるからぁ…………」
ちょっと考えに耽っていたら、トゥエリが仲間から背を押されて何かを吹き込まれていた。
「あ、あのっ! ロンドさん、この後お暇でしたら、っ、一緒に装備なんかを見て回って貰えませんかっ!」
にやにやしてこちらを見てくる仲間連中に苦笑する。
まあ、アテが外れたのもあるが、元々ここだけじゃなく幾つかの店を回るつもりだったんだ、トゥエリの誘いを断る理由もない。
「分かった。俺も行きたい場所があるから、そこも一緒でいいならな」
「はいっ! …………ふふ、やったぁ」
そのまま夜まで、他の連中と一緒に歩き回ることになった。
そうして――――愉しげに後は二人でなんてお節介を焼いてくる連中と別れ、俺達はいつもの店へ向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
今回の話よりタリスマンを
お守り⇒護符 へと表記を変更しています。
おじさんのノリと気分次第で多少変動しますがベースは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます