俺は持てて二体までなんだとタンクは言うが。
肉が旨い。
酒もいい具合に喉を通る。
俺が冒険者としてやっていく中で身に付けた技術の中でも、状況に左右されず寝食を取れるってのは結構役立つもんだと思ってる。
例え合戦の只中であろうと、例え仲間の死の直後であろうと、必要とあればしっかりと寝て、食って、体調を整えられる。
実にいいことだな。
「そうなんですか。ロンドさんの昔のお相手だったんですね、ご苦労様です」
「あれー? トゥエリさん、実は結構尖っちゃってる方? 分かるわぁ、特に神官は心労が溜まりやすいのに、普段は敬虔な神のしもべって皮を被ってるから、裏表が激しいのよね」
「受付の方々が普段奥へ引き籠った時にどんな話をしているか、ウチのパーティリーダーも仰っていました。冒険者の懐具合を伺う能力に関しては吟遊詩人よりあくどくて優れていらっしゃるとか」
「うふふ。神様にお仕えしていると、現実が見えなくなることもあるのよね。お金は大事よ。それに……ふふっ、新しいパーティリーダーともうそこまで打ち解けたのね、良かったわ。前のパーティが解散した時はどうなるかって、受付嬢の皆で心配していたんだから」
「っ、っっ…………」
どうやら戦況はトゥエリが不利であるらしい。
そりゃあお前、ギルド間の交渉や厄介な依頼主との調整までやってる受付嬢のアリエル相手じゃ分が悪いだろ。コレの口と性格の悪さはアダマンタイト級だぞ。
「………………」
そしてリディアはただ黙して豚を解体していく。
刃物に慣れていない神官だからか、切断していく際の力の掛け具合が過剰で、なんだか見ているだけで痛めつけられているような気がした。
特に、関節部分を切り離す時な。
後、目が怖い。
死んだ豚を見詰める様な目だ。
間違っちゃいないんだがな、うん。
「……私はまだまだロンドさんを満足させてあげられます」
そしてトゥエリさん、君は何を言い出してるんですか。
「あらあら、未熟さをウリに出来るのは最初だけよ。慣れてきた頃になっていつまでも初心な反応ばかりだと飽きるじゃない。腰振って出させるだけなら豚にだって出来るわよ、そうでしょう?」
そしてアリエル、お前も何を言い出してるんだ。
飲み過ぎだ二人共、さっきから酒を飲む手が止まってないぞ。
というか誰だ樽ごと寄越したのは。受付嬢の職権乱用し過ぎだろう。
新たなエールを注ぎながら、アリエルは豊かな胸を殊更見せ付ける様に身を乗り出し、トゥエリに戦力差を知らしめる。
うぐっ、とまたやり込められた若き神官はけれど、顔を赤くしながら俺の服を掴んで来た。
「わ、私は十年後だって貴女より若いままですっ。アリエルさんはその頃もう四十越えてるじゃないですかっ!!」
ガックン!! と、席に付いていた二人が大きく怯む。
致命傷か、事実だけにこの傷は癒せない。
「っ、あっ、り、リディアさんは違いますっ。素敵ですっ。お肌だってとても綺麗でっ、とても三十を超えているようには見え、あっ!?」
トゥエリ(十八歳)の容赦の無い追撃にリディアは無表情を越えて虚無へ至った。最早気配無く豚を解体していく。その動きたるや以前見た暗殺者なんて比べ物にならないくらいのものだ。
「た、たた、大切なのは今よ……そそそそ、そうに違いないわっ。でしょう!?」
アリエルお前、面倒な事態を引き起こしておいて不利になったらこっちに逃げてくるのか。
自分のやらかしたことには自分で責任を取るんだ。
それが例え、崖へ身を投げるようなものであってもな。
「というか何でアンタは無関係装って黙々と食って飲んでるのよっ!」
いや、さっきからリディアが次々解体した肉をくれるし、酒も適宜補充してくれるからな。野菜類もちゃんと食べろと訴えてくるのは、やっぱり神官だからか。
「…………これが選ばれてる人の実力」
トゥエリもトゥエリで何か違う部分で謎の感心をしているし。第一俺にどうしろっていうんだよ。三人纏めて相手にすればいいのか? かなり気が進まない。
世の連中はハーレムってのを妙に持ち上げるが、若かりし頃に調子乗った俺が娼館で五人買った時はただただキツかった記憶しか残ってないぞ。気に入った相手が居てもその子だけ見て他を放置って訳にもいかないし、全員満足させなきゃって楽しむってよりも途中から義務みたいな感じになっていったからな。人間関係と同じで、広く浅くより、狭く深くだ。一対一でとことんまで味わい尽くし、互いに楽しむのが一番良い。そういうことだな。
「はぁ……大体さぁ、なんで今になって群がってくるわけ? コレ、ただのグランドシルバーよ。冒険者としてもう詰んでるっていうか、上限一杯でしょ」
おい、その呼び名は前から気になってたんだが、広めたのお前じゃないよな。
「あら、お金にばかり気を取られて、ロンドさんの凄さが分かっていないんですね」
トゥエリには俺の何が見えてるっていうんだ。
当人でさえさっぱりだぞその話題。
「べっ、別に分かってない訳じゃないわよっ。ちゃんと知ってます。ただ貴女がそれを分かってるのか確かめようと思っただけよ。勘違いしないでくれる!?」
はぁ、酒が美味い。
あぁそこの所、お前も食っとけ、いい所だからな。
貰った肉をリディアの皿へ返すと、コクリと頷いて口にした。
対角から伸びてきた足先が、さっきからずっと俺の足首を撫でている。
※ ※ ※
酒が入り、周囲が騒がしくなれば会話の声も大きくなる。
声を張れば人は興奮し、熱が入り易くなるのは分かるけど、冷めにくいというのが難点だ。
「大体さあっ、コイツは女の心が弱ってるのを的確に見抜いてっ、それを全身全霊で支えようとしてくるのっ! 身も心も全て寄り掛かっていいんだぞみたいな雰囲気出してくるのよっ!」
「わかります!」
「なのにいざこっちが本気になって寄り掛かったらさあ! ポイよポイ!! お前は自分でちゃんと立てるんだからって顔してなんか諭してくるわけ! そんなのいいから甘えさせてよって思うでしょう!?」
「わかります……!!」
「最後に捨てるんだったら優しくしないでっ、傷を癒すってことは甘えていいんだって思わせちゃうってことを理解してよっ、どれだけ気丈に振舞ってても女は甘えたいのっ! 理解って欲しいの!! 自立できるかどうかなんて関係無いわっ、一度甘さを知ったらその分心が傾くのっ、傾いたまま簡単には戻らないのっ、それで支えを失った私はどうすればいいの!? ねえっ!?」
「どうなんですかロンドさん!?」
肉は尽きた。
後は静かにエールを飲むだけだ。
宴会はすっかり落ち着いていて、殆どの連中は巻き込まれないよう帰っていった。興奮した女に囲まれるのは、竜の巣へ入るくらい恐ろしいって昔から言うからな。
竜は酒で寝るが、女は興奮して食い付いてくる。その辺り、女の方が怖いのかも知れん。
「帰ったぞ!!」
そんな時、全く空気を読まない男がギルドへ現れた。
空飛ぶ馬鹿ことゼルディスが、適当に視線を巡らせて、またいつもの様に叫ぶ。
「どうしたっ、僕が帰って来たんだぞ! おい!!」
奴にゴブリン程度の察しの良さがあれば良かったんだろうが、普段好き放題しているせいか、平然と歩を進めて竜の尾を踏んだ。
「酒くらい持って来いと言ってるんだッ、この僕に――――」
「「今大事な話してるんで黙ってて貰えますか!?」」
「え……………………はい」
憐れゼルディスは竜の咆哮を前に縮み上がり、すごすごと帰っていった。
そういえばアイツ、アダマンタイト級なのは確かだけど、竜殺しの経験は無かったよな。本当にどうでもいい話だが。
「ったく、お前ら揃って飲み過ぎだ。少しは頭を冷やせ」
いい具合に矛先が逸れたので、ようやくといった感じで言葉を返す。
「今日は竜殺しを讃える祝いの席だろう。主賓を放置して別の話で騒ぐのはだな」
「いいえ。俺としてもロンドさんの女性遍歴には興味がありますね」
寄ってくるんじゃありません。
お前はあれだ、小遣いやるからあっちで盛り上がってなさい。
「テメエら…………」
なんてやっていたらまた新たな声が上がった。今度は誰だ。
「黙って聞いてたら兄貴に対して好き勝手ほざきやがって……」
入口の方からふらりと立ち上がったソイツは、手にしていた陶杯の中身を豪快に飲み干し、叩き割る。
「兄貴ほどのお人が一人の女に縛られる道理なんざ無いんだよ!! むしろっ、一時でも兄貴の寵愛を受けられたことに感謝するべきだ!! 俺なんて頭ポンポンしかして貰った事ないんだぞおお!?」
いやお前何言い出してるの!?
ええと……入り口の奴!! そういえば名前知らないわ!
「兄貴ィ!! そんなにその女共が良かったんですかァ!? 俺じゃ駄目なんですかァ!? 俺ァいつでもイケるぜ……!」
ああもうどうなってるんだこのギルドは。
助けてくれ。
俺は持てて二体までだ。
「まあそっちの趣味は置いておくとしてだ、兄貴」
「その話、俺達もちょっとは興味あるんだがな、兄貴」
バルディとグロースまで寄って来た。
というかその呼び名を広めるんじゃありません。
なんでだよ、もっと年嵩の冒険者だって居るだろうが。
俺の肩に腕を回したバルディが酒臭い息で言う。
「俺としちゃあ、まあな、大切にして欲しいっていうか、あんまりふらふらされると後ろから刺したくなるってもんだろう、兄貴?」
反対側からグロースが同じように腕を回してきた。
「なあ兄貴。すぐに身を固めろとは言わん。だが、結婚はいいものだぞ。無論、重婚などは認めない。いいな?」
「お前らが何に対して、何を求めているのか、俺にはさっぱり分からないねぇ」
「「ははは、またまた」」
ミスリル二人に囲まれてがっちり動きを固められる。
ヤバい、普通に痛いです、分かったからっ、分からないけど分かったからそれ以上は止めろ助けてリディアお前の所のパーティメンバーが、
「あれ?」
思って対角の席を確認すると、いつの間にかリディアが居なくなっていた。
立てかけていた杖もない。
「ふむ……姉さんはお堅いからな、ちょいと調子に乗り過ぎたか」
「まあ今日は祝いの席、叱られることはないだろうが」
ぐっ、と両側から力を籠められて俺は立ち上がる。
二人を弾くみたいに腕を広げて、この混沌とした席から逃げ出した。
「飲み直してくる。お前らも、悪い酒は程々にしておけよ」
適当に酒瓶を掴んで会館を出る。
外はすっかり夜だ。さて、と思った所で目元を掠める光があった。蛍みたいに飛ぶそれを追い掛けて、俺はクルアンの町を歩いて行った。
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