風が吹くのさ私の行く先に

 ギルド間の交渉は成立した。

 俺がクソ野郎を始末した件も、あくまで仕事がかち合っただけとして両者報復などは行わない事で同意している。

 正直そこは本気で有り難かった。

 暗殺なんぞ請け負ってる闇ギルドから延々と狙われたら、俺程度の冒険者は遠からず川に浮かぶ。


 連中が別件で始末した同じ年頃の娘をローラと偽装し、依頼元からはしれっと成功報酬を得るらしい。


 例の国が偽装に気付いた場合はお互い面倒なことになるが、そこは各自の判断で。


 とにかく、これでローラが狙われることは無くなった。

 当面の間はな。


    ※   ※   ※


 改めて皆へ礼を言い、俺の部屋で派手に宴会をやった翌朝。

 眠る皆を置いて部屋を出る。


「うわ……」

「送ろう」


 しれっと居なくなろうとしていたメイリーの背中を叩いて先を行く。

 遅れて追ってきた、リュート一つ背負っただけの馬鹿が叩き返してきて、二人で並ぶ。


「……そういうの、しれっと言っちゃうのがコツなのかなぁ」

「何の話だ」

「女を次々とたらし込む業についてね」

「はっ、言ってろ」


 まだまだ陽が昇り始めたばかりだからか、街中は静まり返っている。

 こんなに音が無くて、朝靄の漂う景色を歩いていると、ふっと今の姿を忘れそうになる。


「ねえ、一緒に来る?」


 いつかの様に、今思いついたみたいな声で彼女は問うてきた。

 前は、どう答えたんだったか。


 少なくともメイリーは去って、俺は残った。


「…………荷物を置いてきた。手ぶらじゃな」

「ははっ」


 笑う彼女の声が耳を擽る。

 心地良い、ずっと聞いていたくなる声だ。

 ずっと昔、それを一人で占有していた頃は、別れる時が来るなんて考えもしなかった。


 気付けば彼女は三代目ローラとなり、俺は万年シルバー。


 随分と差が付いちまったもんだ。

 いや、最初からか。

 ローラに見初められていた時点で、メイリーには才能ってもんがあったんだ。


 才能、か。


 そいつを信じて励んでいた時代が、今じゃ遠く感じてしまう。

 けどそうじゃいけねえって、ようやく思え始めた。


「前も、同じこと言って断った」

「そうだったか?」

「うん。じゃあしょうがないかって別れたんだよ。門のずっと手前でさ」


 少し足を速めたメイリーに、大きくなった俺の脚は軽々と追いついていける。だけど、隣り合っているだけだ。


「まあ、今回は表くらいまでは送ってやるよ。で、どっちに行くんだ?」

「南かなぁ。北は駄目だし、西も北の影響力が強いからさ。温かい所なら適当に寝てても生きていける」

「ははっ、まさにその日暮らしか。実に吟遊詩人らしい」


 彼女なら道中すれ違った人から金や食料を得る事も出来るだろうし、旅団なんかを捕まえて、しれっと同道するくらいはやるだろう。

 だからリュート一つあればいい。


 そんな生活が出来ることに憧れはあるが、きっと、そこで俺が果たせる役割は殆ど無い。


「色々あったけど、なんかちょっと、ワクワクしてる」

「お気楽な奴だ。もうローラの名声は使えないぞ」

「おや。私の演奏をたっぷりと聞いておいて、そんなことが言えるのかい?」


 確かにな。

 ただ、悪目立ちして北の奴らに目を付けられなきゃいいが。


 知り合いの衛兵に声を掛け、門を出た。

 景色が一気に広がる。

 南へ抜けるなら、この先にある渓谷を行くのが一番だろう。


 まだ誰の姿も見えない、朝焼けの草原。

 そこへちょこちょこと駆けていったメイリーがこちらを振り返る。


「今回はありがとね。本当に。まさか生き残れるなんて思わなくてさあ」


 そんな風には見えなかったが、重たく暗い顔をしているのは吟遊詩人じゃないからな。

 あれだけ慕っていた先代が亡くなったことは、見えている以上に辛いだろう。


「ねえ」


 風の中、彼女は言った。


「私と行こうよ」


 まるで詩に聞く一節のような景色だった。

 古い友人、かつての想い人と再会して、その命を救った。別れの間際、私の手を取ってと求められ――――けれど俺は首を振る。


「大切なものを部屋に置いてきた。このままじゃ行けない」


「そっか」


 メイリーの反応はあっさりとしていた。

 いつかと変わらない表情で俺を見て、かと思えば、何も言わず走り出す。別れの言葉は無かった。草原を駆ける小さな背中を追い掛けて、強い強い風が吹く。

 その先で唐突に振り返って、未だ眠るクルアンの町を叩き起こすような大声で叫んだ。


「いっくじぃなしぃぃぃいいいいっ! ばぁーーーーーーーっか!!」


 そうして、風を纏った吟遊詩人は去っていった。




















ローラ編、完。

次は、スカー編。引き続き短めです。

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