第19話 幕間 アルバイト ①
「本日はよろしくお願いします」
僕は今、喫茶店にバイトの面接に来ていた。
継続的なお金を稼ぐために、バイトをしようと思い姫路さんに相談したらここを提案されたのだ。
『私、好きな喫茶店があって、マスターが寡黙で良い雰囲気なの! だから私でも通いやすくて……。最近、アルバイト募集の張り紙してるのを見たからそこはどうかな?』
調べてみると家からも近いし、条件も悪くなかった。
なにより喫茶店でバイトなんてとても普通の学生らしくて良い感じだ。
(う、面接って初めてだから緊張するな……)
「では履歴書を拝見します」
目の前にいるのは僕と同い年くらいの女の子だった。
夕日のように優しく暖かいオレンジ色の髪をしたショートカットに、整ったアーモンドアイが印象的でとても可愛かった。
それに喫茶店の制服であろうシャツがぴったりとしていて体のラインが強調されて、大きな胸が強調されウエストはキュッとしてメリハリがあって目のやり場に困る。
姫路さんからは寡黙なマスターがいるって聞いていたけど、違ったのかな。
僕の履歴書を見てた女の子が目を見張って固まった。
「逆瀬川伍!? あなた本当に逆瀬川伍っていうの!?」
「は、はい……そうですけど。あなたとどこかでお会いしたことありましたか?」
こんな女の子とどこかで会ったことあったっけ?
かなり可愛いから芸能界で見たことでもあるのかな?
「あたしだよ、あたし。
「西宮、茜さん……?」
名前を言われてもピンとこない、少なくとも芸能界で見知ったわけではなさそうだ。
「あっくん、あたしのことほんとに忘れちゃった……?」
うるっとした瞳でそう呟く女の子。
(あっくん?)
僕のことをそう呼んでいたのはあの子ひとりだけだった。
「もしかして、……あっちゃん?」
「そう! あっちゃんだよ!」
(ええええ、この子があっちゃん!?!?)
あっちゃんは昔に少しだけ住んでた地域で良く遊んでいた女の子だ。
当時は喧嘩っぱやくてスポーツ万能で日焼けをしていて男勝りなイメージだったんだけど……。
僕の方がなよっとしてて女の子みたいだったから周りからは僕があっちゃんで、この子のことをあっくんと呼んだりしてからかわれていたこともあるくらいだ。
(それがこんなに可愛くなっていたなんて!)
「あ、その顔は思い出した顔だ。ひどーい、あっくんってばすぐに忘れるんだから。昔も公園で遊ぶ約束すっぽかしたことあったよね」
「それはあっちゃんの方だろ! 僕はあの日ずっとあっちゃんのこと待ってたんだから!」
「あれ、そうだっけ?」
あっちゃんは昔からどこか抜けているところがあった、今もあまり変わらないらしい。
この感じは紛れもなく僕の知っているあっちゃんだった。
「そうだよ! ……というか、面接続けない?」
「ん? 採用でいいよ」
「え、そんな簡単に……」
「あっくんだから即採用!」
「えええ!!! あ、ありがとうございます?」
そんなことあっちゃんが勝手に決めて良いのか?
まぁ、採用してくれるのはありがたいけど……。
面接のために意気込んでたのにあっけなく決まってしまった。
「ところでこの喫茶店には寡黙なマスターが居るって聞いてたんだけど、どうしてあっちゃんが?」
疑問を口にする。
「ここの店のマスターはうちのおじいちゃん。そんでおじいちゃん最近ちょっと腰やっちゃって……長時間働くのが難しくてね。腰が良くなるまではお昼の時間帯だけ働いて、あたしは平日の夕方の時間帯とか、土日を任せて貰ってるってわけ。でもあたし一人じゃおじいちゃんみたいにいかなくてバイトを雇うことにしたのよ」
「なるほど、そういうことだったんだね」
自分と一緒に働く相手だったら、それをあっちゃんが面接するのは当然か。
「良い人こないかなー、って思ってたらそこにあっくんが来たってわけ。だったらそんなの即採用でしょ!」
「ありがとう。僕としても初めてのバイト先に知り合いがいて助かったよ」
「む、知り合いじゃないでしょ」
「あ、友達だったね」
あっちゃんの顔はむっとしたままだった。
僕が友達というとみんなちょっと嫌な顔をするんだけどなんで?
「鈍感なところ変わってないなぁ……」
「え?」
「もう! う、うるさい! あたしの下で働くからには中途半端は許さないからね、ビシバシしごいていくんだから!!」
そう言って肩をバシバシと叩かれる。
「イタタ。お、お手柔らかによろしくお願いします」
見た目は変わったけど、こういうところ変わってないな。
ビシバシしごくって、まさか叩いたり殴ったりしないよね?
不安だなぁ……。
◯ ●
「あっくん、9番テーブルにこちらのコーヒーお出しして」
「はい、かしこまりました」
後日、お客さんがいないときに接客やメニューの作り方について一通り教えられた。
僕の予想に反してあっちゃんの指導は丁寧なものだった。
そして僕はいま、実践の場に投入されている。
「お待たせしました、こちらブレンドコーヒーのホットです」
「ありがとうねぇ。おや、新入りさんかい?」
「はい、今日から働き始めました。伍といいます、よろしくお願いします」
おばあちゃんに話しかけられたのでそこから軽く雑談をする。
喫茶店では落ち着いた時間を提供するものサービスのひとつだと言っていた。
そして、常連さんとのこうした会話も大切なのだとか。
「よろしくねぇ、これから頑張るんだよ」
「はい、精一杯頑張ります!」
「元気でかわいい男の子だねぇ、やっと茜ちゃんにも春が来たのかねぇ」
「は、春ですか?」
もう5月も中頃でそろそろ梅雨じゃないかな?
どういうこと。
「ちょっと、小田さん聞こえてるよー。新人をからかわないであげて。あっくんも戻ってきて次のものお出しして」
「おぉ、こわいこわい。じゃあね伍くん」
「はい! ごゆっくりお過ごしください」
そんな感じで僕は、メニューを提供したり、常連さんへの顔合わせやお会計だったりと、喫茶店の仕事をこなしていた。
忙しさも落ち着いた頃、あっちゃんに話しかけられた。
「あっくん物覚えいいね、かなり詰め込んだはずなのに教えたことすぐに吸収してくれてほんと助かる」
「そんなことないよ、あっちゃんの教えが上手いんだよ」
「いやいや、あたしの力じゃないよ。声色とか所作とか教えてないのに完璧だもん、バイト未経験とは思えない!」
「そうかな? でも、そう言ってくれると嬉しいよ」
声色や所作が褒められるなんて、業界の関係者への挨拶とかで目上の人との対応に慣れているおかげかな?
「接客は大丈夫そうだから、次にお客さんがきたらコーヒー淹れるのやってみよっか」
「うん! 頑張ってみるよ」
コーヒー淹れるのは結構得意だから楽しみだな。
そんなことを考えていると、じーっとあっちゃんがこちらを見ていた。
「ん、あっちゃんどうしたの?」
「やっぱりあっくんは目を出してる方が良いよ」
「え、恥ずかしいからあんまり見ないで……」
僕は普段は目にかかっている前髪を片方は耳にかけ、もう片方は根本を少し立ち上げて顔の横に垂らすようセットしていた。
接客業だから顔が見えた方が印象が良いとあっちゃんに言われたので仕方なくだけど。
しかし、我ながらこの喫茶店の制服に似合うような爽やかなヘアスタイリングだと思う。
「綺麗な目をしてるから出さないともったいないよ、昔は隠してなかったでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
幼少期まで普通の髪型だったんだけど中学生になった頃、六槻から目が女の子みたいで気持ち悪いと言われるようになった。
それ以来、僕は目を隠して生活するようになったんだ。
だから人に目を見られるのが、実は少し苦手だ。
カランコロンカラン。
扉が開いて鈴の音が鳴る。
「あ、お客さんが来たみたいだ。僕行ってくるね」
「あ、逃げた」
あまり良くない話の流れになってたから、僕は話を切り上げてお客さんを迎えた。
「いらっしゃいま、せ?」
いらっしゃいませが疑問系になってしまったのには理由がある。
なぜなら、姫路さんと明日花さんの2人が一緒にドアをくぐってきたからだ。
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