第13話 達成感




 「「「「「「「 お疲れ様でした!!!」」」」」」」




 たった今、PV撮影の全行程が終了した。




 ふぅ、ひと仕事終えたぞ。

 僕はひとりで達成感に包まれていた。




 撮り終えたメンバーたちはスタジオで軽く談笑していた。




 「今日めっちゃはよ終わったんやない?」


 「珍しいわよね。いつもなら明日花が納得しなくて撮り直しなのに、完璧主義者にはホント困ったものだわ」


 「ほんとよね、でも今回はほとんどが一発OKだったのですから驚きですわ」


 「メイクぱーぺきだし、自分じゃないみたいだったよーん」


 「これはもう、伍さんのおかげっすね!」




 急に梢枝さんに話を振られる。


 


 「い、いやぁ。そんなことないよ」




 僕は少し戸惑いながら否定した。





 「そんなことはないわ。伍のおかげで今日はここまでスムーズに進行したのよ」





 そ、そうなのかな?

 でも、明日花さんにそう言って貰えると素直に嬉しい。



 「早く帰れてらっきー、ぴすぴす」




 紫野しのさんは無表情でダブルピースをしていた。

 これは本当に喜んでいるんだろうか?




 「ぐぬぬぬぬ、私は認めんぞ! 逆瀬川伍!」




 久遠くおんさんが僕を睨みつけながら悔しそうに言う。

 なぜか久遠くおんさんには嫌われてるんだよなぁ。





 困った僕は苦笑いをするしかなかった。

 すると肩をポンと叩かれた。




 「おい、坊主。今日はお前のおかげで良いものが撮れたぜ。ありがとな」



 「あ、監督! お疲れ様です!」



 振り向くとそこには今回の撮影の監督がいた。






 「最初に挨拶に来たときに根掘り葉掘り聞かれてよぉ、メイクがどうしてこんなに聞いてくるんだ? って面食らったけど今ならそれも納得だ」


 「あ、監督も聞かれたんですか? 俺もカメラについてめちゃくちゃ詳しく聞かれましたよ」


 「僕もです。照明の色や強さとかどう当てるとか大変でしたよ」


 「私もですよ。振り付けについてのポイントとか聞かれて、答える意味あるのかなって思ってたんだけど振りもすぐに覚えるし」




 気づけば現場のスタッフさんたちに囲まれていた。




 「皆さんその節はありがとうございました!! おかげでばっちりメイクできました」 





 話をきかせてもらったスタッフさんたちにお礼を言う。





 「どうりで明日花が来るの遅いと思ったら。アンタ、ウチらに会う前にそんなことしとったんかいな」



 

 「うん。PVのコンセプトやカメラワーク、振り付け、衣装を理解した上でメイクしないと良いものが出来ないからさ」




 

 出来上がりをイメージし、映像でどう写るかを考えた上でメイクをする必要があるから、事前に情報を掴むことは必要だ。





 「というか、あんた途中から撮影班に参加してなかった?」




 黒海くろみさんが僕に質問する。





 「他にも、振り付けさんと一緒に私たちのダンスのチェックもしていらっしゃったわよね」




 美鳥みどりさんも撮影のことを思い出しながら口にする。





 「あはは……良いものにしたいと思ったら身体が動いちゃって…ごめん」





 (色々とでしゃばっちゃってたかな)





 僕は少し反省した。






「謝らなくていいのよ。それは私が伍のしたいようにしてってお願いしたんだもの、現場のみんなにもそれは了承して頂いていたのだから大丈夫。それに、プリズムプリズンでは色々と担当していたんでしょ?」




「ありがとう明日花さん。まぁ、そうだね。メイクはもちろん絵コンテから撮影、編集。振り付けも考えていたこともあったかな」





 六槻むつきに無理難題を吹っかけられていくうちに色々とできるようになったんだっけな。

 いつもボロクソに言われてたけど。




 「あの、最近きてるアイドルグループに選ばれたプリプリか……あのグループが伸びてる理由がわかったわ。というか、アンタ、こんな完璧なメイクできてメイク専門ちゃうん?」




 「メイクは専門じゃないよ、僕はただのマネージャー」




 「ただのマネージャー!?」



 錫火さんが目を見開いて驚く。





 「え、僕、何か変なこと言ったかな? マネージャーとしてサポートするならこれくらい普通だよね」




 「普通とちゃうわ! そんなん誰もできひんて! ほんますごすぎやろ!!! あかん、ウチこんがらがってきた」




 錫火すずかさんは頭を抱えてしまった。




 それを聞いたメンバーや監督、周りのスタッフさんも唖然としている。

 昔からこうやってきたからそういうもんだと思っていたけど違ったみたいだ。




 「全てをひとりでするなんてそんなの俺でも聞いたことねぇぞ、坊主。スゲェが、にしてもそれは働きすぎだ。身体がいくつあっても足りやしねぇ」



 「確かに伍くんは良い仕事するから全部任せたくなる気持ちは分からなくもないけどよぉ。普通ありえないよな、どんな働き方させてんだ!」



 「ほんとだよね、そんなことってある?」



 「いや、絶対に事務所がおかしいって」





 僕の話を聞いたみんながかなり怒っている。

 僕みたいな素人が全部やってたなんて聞いたら、プロの仕事を馬鹿にしてるんじゃないかと思ったけど、なんだか思っていた反応とは違って安心した。





 「え、そもそもプリプリのマネージャーさんがこんなとこに居ていいんすか?」




 梢枝こずえさんがもっともな疑問を口にする。




 「梢枝こずえさん、それは大丈夫だよ。最近やめさせられたからさ」





 「え!!!! どうしてっすか!!?!? 伍さんをやめさせるなんてもったいないっすよ!!!」





 「どうして、か……。僕くらいの仕事なんて誰だってできるからやめさせられたんじゃないのかな、はは……」





 そう、誰だってできる仕事だとずっと言われてきたから僕がやめたところで何も問題ないだろう。

 今だって僕の代わりの人が僕よりも上手くやっているはずだ。




 「だったら坊主! うちのとこ来いよ! 弟子として俺の下につけ」



 「あ、監督ずるいって。伍くんうちのカメラ班に入ってよ」



 「いやいや、照明チームでしょ」



 「いいえ、私たちのダンス事務所で色んなアイドルの振り付け師をやってもらうわ」




 ぐいぐいと、周りのスタッフさんが僕を勧誘してくる。





 (めちゃくちゃ嬉しいけど、どうして僕なんかが?)





 「なんですこの騒ぎは」





 突如、鋭く冷たい声がした。

 さっきまでの喧騒が静まり返る。





 

 「しゃ、社長! お疲れ様です!」





 皆、会話をとめて口々に挨拶をした。




 アイドルグループ『アスタリスク』が所属する事務所、スターライナーの女社長、星影ほしかげ 御影みかげさん、どうしてここに!?!?!?!





 

 「星影ほしかげ社長、いらしてたんですね」




 久遠さんが駆けより、声をかける。




 「えぇ、今回の新曲『君の瞳の1inch』はグループとして一段飛躍するために重要な曲だと私は捉えています。事務所としてもこれに懸けています。PVの出来はこの曲の今後の明暗を左右するので私自ら見に来たという訳です。それよりももう撮影は終わったんですか?」




 「はい、ここにいる伍のおかげでこれまでにないほどに順調に終わりました」




 胸を張って明日花さんがそう答える。




 「初めまして、逆瀬川伍です。よ、よろしくお願いします!」




 「ほぅ、この子が明日花の言っていた男の子ですか」




 星影社長は目を細めて僕の方をじっと見る。

 なんだか心臓が固まりそうな緊張感があった。




 (というか、明日花さんは社長に何を言ってたんだろう?)





 

 「そうです。伍は私と同じ目を持っています、物事を俯瞰し状況を把握し次の最善の一手を打つ目を。今日それが間違っていなかったことを証明しました」




 「あなたにそこまで言わせますか。では、確認いたしましょう。撮れた映像を私に見せてくれますか?」




 「は、はい。ただいま!」




 スタッフさんがモニターを用意し、星影社長が映像を確認する様子をみんなで固唾を飲んで見守った。




○ ●




 「素晴らしい……これをほぼNGなしの1テイクで撮り進めたなんて信じられません」




 「そうですよね! 伍はすごいんです」



 「えぇ、ここの明日花の表情なんて初めて見ます。PVを上げるのはまだ先ですがこのシーンだけ早急に編集して今日中にティザー映像としてアップしましょう」



 「そこは坊主の演出のおかげだな。坊主はすごかったぜ。明日花の嬢ちゃんが思い描く絵、俺が思い描く絵を理解し、それに合わせて照明やカメラの画角、メンバーたちへの振り付けや表情を的確に指示しやがる。何も言わなくても動いてくれるのは助かったぜ」



 明日花さんが満足そうで、監督がベタ褒めしてくれている。

 なんだか照れるな。



 「それに誰かさんがいたからこんなにかわいい表情が撮れたんじゃねぇかって俺は思ってるけどな」



 「もう、監督!!」




 監督がへらへらと笑い、明日花さんが鋭く突っ込んでいた。




 (ん? 誰かさんって、誰だ?)





 こほん、と星影社長が咳払いをする。

 みんな星影社長に注目した。




 「逆瀬川くん。あなた、この事務所で働くつもりはない? アスタリスクのサポートとして」




 「しゃ、社長!?」




 明日花さん以外のメンバー全員が驚く。




 「私は伍がいてくれたらアスタリスクはもっと上に行けると思うの、どうかな?」




 なるほど、そういうことか。



 明日花さんが事前に社長に話を通してくれていたんだろう。

 家族に追い出された僕を拾ってくれようとしたんだと思う、そう考えるととても嬉しい。




 でも、僕は……。




 「明日花さん、星影社長。ありがたいのですがそのお話、お断りさせてください」




 「あ、伍!? どうして!?」




 「今は芸能界から少し離れて普通の生活をしてみたいんです。それに僕じゃ実力不足ですよ」




 素直に思ったことを口にする。



 

 「あら、明日花。振られましたね」




 「うぅ、まだ伍の思い込みは解けなかったか……」




 (僕の思い込み? どういうことだろう?)




 「たまになら参加することも出来ると思うので、またこうして誘って貰えれば嬉しいです。その時はよろしくお願いします」





 「これ以上はまだ何を言っても変わらなさそうですね。時間も遅いですし、この辺りで解散いたしましょう」



 

 ぱんぱんと、星影社長は手を打った。

 



 「あ、伍……私は諦めないわよ!」


 「お、あの明日花が珍しくムキになっとる」


 「黒海的にもアリだったんだけどなぁ」


 「次はもっと体を見てもらう仕事にき・て・ね」


 「キミがいたら早く帰れるのに……ざーんねん」


 「伍さん、またっすね!」


 「逆瀬川伍! 私は初めからお前のサポートなど要らぬ!」






 「坊主、またどっかで仕事しような」


 「カメラ使いたかったら貸してやるよ」


 「あ、照明も貸してあげるよ!」


 「私のスタジオに踊りにきてもいいわよ?」




 色んな人に囲まれて、こんなふうに声をかけられて仕事が終わるなんて初めてだ……。

 いつもなら仕事が終わったら即、別の現場で休まることがなかったから。




 

 「今日は、皆さんありがとうございました!」




 大きな声で僕はみんなに感謝を伝えた。

 こうして今日の仕事は、終わりを告げた。




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