第11話 付き合って
「いいよ……姫路さん」
「こう……かな……?」
「うん……その調子で続けて……」
「う、うん……」
「そう、そこ……上手だね……」
「ホント……かな……? 少しくすぐったい……」
学校の屋上、そこには姫路さんと僕だけ。
誰も邪魔しない空間で、二人っきりの時間。
「うん、とってもいい……。姫路さんかわいいよ……」
「嬉しい、な……」
姫路さんの頬がふわっと赤く染まる、その姿はとっても可愛かった。
「いやぁ、ホント姫路さんって飲み込み早いね! ブラシでそこに優しくチークを乗せるのは難しいのに、できちゃうなんてすごいよ!」
「ありがとうございます……!」
僕は姫路さんにメイクのレッスンをしていた。
昨日、お昼にお話しをするという約束をした僕らは、屋上でお昼休憩を一緒に過ごしていた。
「教えたばっかりなのに器用だね!」
「それは……逆瀬川くんの教えが上手だからだよ」
「そんなことないと思うけどな……。でもそう言ってもらえると嬉しいよ……へへ」
「……ふふ」
穏やかな優しい時間が流れていた。
「それにしても姫路さんがメイクを覚えたいだなんてね。言ってくれればいつでも僕がしてあげるのに」
「自分で覚えないと……逆瀬川くんにずっと頼ることになっちゃうから、申し訳なくて……」
昨日の一件から姫路さんは、僕がメイクをすると普通に話せるようになるということがわかった。
けれど、もっと色んな人と話せるようになるため、自分で納得のいくメイクが出来るように上達したいということだった。
「申し訳ないなんて思わず、僕にずっと頼ってくれても全然いいのに!」
「え! ず、ずっと……?!」
(友達にずっと頼られたいと思うのは”普通”じゃないのかな?)
「はわわ、わわ……」
ポンという音が姫路さんからしたかと思うと、それっきり動かなくなった。
メイクをしたら喋れるみたいだと姫路さんは言ってたけど、会話をしていると時々、こうして動かなくなることがある。
(仕方ないよね、昨日の今日ですぐにペラペラ話せるようになることはないもんね)
お昼を食べながらお話しして、それが終わったらメイクのレッスンをする。
今後の僕らのルーティンになりそうだ。
「この前もらった化粧品のサンプルもいつまで持つかなぁ、新しいの買うにもお金が必要だし。それ以前に今後の生活だってある……。今から働いてもお給料がもらえるのは次の月になるもんね。ひとまず今月を乗り切るにはどこかで日雇いでもしないと……」
僕は僕でひとつの問題を抱えていた。
そう、お金だ。
ひと月目の寮の家賃は前の学校の理事長が肩代わりしてくれていた。
来月からは自分で支払わないといけない。
それに食費や交際費など、生きていくだけでお金が掛かる。
昨日や今日の食費などは、自分の財布に数千円入っていたからなんとかなっていた。
それももうじき底を尽くことは明らかだった。
「どうしたものかなぁ……」
僕は頭を悩ませながら、空を見上げた。
○ ●
放課後、下校するために姫路さんと一緒に歩いていると何やら生徒たちが騒がしかった。
「え、あれって
「あのアイドルの?」
「そうそう! うっわ、かっわい、顔ちっさ」
「やべー、芸能人って生で見るとやっぱ違うわ」
校門の前には人だかりが出来ていた。
「明日花ちゃん、サインください!」
「しゃ、写真撮ってください!」
人だかりの中心に居たのはアイドルグループ『アスタリスク』のセンターである
「ごめんなさい、そうゆうの事務所NGなんだ。良かったらライブやファンミーティングに来てちょうだい。みんな待ってるからね!」
パチリとウィンクを飛ばすと、みんなの目がハートになった。
(雰囲気を壊すことなく、綺麗に断るなんてさすがだ)
こういう所が完璧なアイドルと言われる由縁だろう。
それと同時に、少し近寄りがたい雰囲気もあるなんて言われている。
明日花さんはいつも優しく僕に話かけてくれるから、別にそんなことはないと思うんだけどな…。
それにしても明日花さんがなぜこの学校に?
誰かに用事でもあるのかな?
そう思いながら通り過ぎようとしたその時だった。
「あ、伍! やっと見つけたわよ!」
「え、僕!?」
(そんな大きな声で呼ばれるとみんなが見ちゃうよ……)
よく通る大きな声で呼び止められた。
明日花さんを取り囲んでいた生徒たちが一斉にこちらを向く。
「あれって確か……」
「昨日、転校してきたやつだよな」
「うん、氷の女王様と話した初めての人だよね?」
「てか氷の女王と一緒に帰ろうとしてね?」
「それなのに明日花ちゃんとも知り合いなの?」
「え、どういうこと?!」
案の定、僕のことについて周りの生徒たちが騒ぎ始めた。
(僕はいつも裏方をやっていたから、こんな風に注目されるのはあんまり得意じゃないんだけどな)
そう考えていると急に手を引かれた。
「伍、付き合って!」
「え! えぇ! 明日花さん?!」
(付き合ってってどういうこと!?!?!?!?)
驚いている僕をよそに、明日花さんはずんずんと僕を引っ張って歩いていく。
「いいから車乗って! みんなごめんね、通るよー!」
「ちょ、ちょっと、え……え!? ごめん、姫路さん。また明日!!」
僕は明日花さんに言われるがまま、手を引かれるがままに黒塗りの高級そうな車に乗せられる。
乗せられる寸前で僕は姫路さんにひとこと謝ったのだった。
車に乗る前、最後に見た姫路さんはぷくっと頬を膨らませていて、薄目でこちらを睨んでいるかのようだった。
○ ●
「出して、市川」
「かしこまりました」
明日花さんが運転手さんに一声掛けると、車は出発した。
「ちょっと、ちょっと。明日花さん! 付き合ってってどういうこと?!」
「これからPV撮影があるの、それに付き合いなさいよね。それに私のことは明日花で良いっていつも言ってるのに!」
(付き合ってってそうゆうことか……)
少し勘違いした自分が恥ずかしい……。
「えっと、どうして僕が? というか裏方の僕が呼び捨てなんて出来ないよ……」
「私は呼び捨てでも気にしないんだけどな……」
いや、僕が気にするんですって!
「まぁ、そのことは一旦置いておくわ。どうして伍を誘ったかよね? それは伍、あなたのためよ!」
「僕のため?」
「そう! あなたはこれから自分でお金を稼がないといけない、でしょ? なにかそのアテはあるの?」
「うぅ……それは、まだない……」
「昨日の今日でアテがないのは当然よね。だから私考えたの、現場に来て私のサポートをして欲しいの!」
(え、僕が明日花さんのサポート!?)
「僕がサポート!? 芸能界からは離れようと思ってたからいまさら……」
「それはもったいないわよ! 現場で何度か見てたけど伍って色々できるでしょ? そんな人材なかなかいないのよ?」
明日花さんは優しいな、こんな僕を見てくれて、おまけに褒めてくれるだなんて。
一番近くにいたはずの家族からは褒められたことがないのに。
「いや、僕みたいな人なんてゴロゴロいるよ」
「いいえ、そんなことはないわ! というか私からしたら裏方をしてるのがもったいないくらいなのに……」
「え、それってどういうこと?」
「な、なんでもないわ! とにかく一緒に行きましょう! そ・れ・に、お金なら即金で払うわよ?」
ぐっ……即金だと?
それは願ってもない条件だ。
「ねぇ伍、ダメかな……?」
(なに!? 上目づかいでおねだりだと!?)
ふぅ、ここまで言われたら仕方がない。
それに明日花さんの顔を潰すワケにもいかないもんね。
「僕でお役に立てるなら、喜んでお受けいたします!!」
こうして僕は明日花さんのサポートを引き受けたのだった。
決して、明日花さんのお願いが可愛くて引き受けたワケではない。
そう、決して。
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