第6話 メイクアップ
「最初はね、聞いたことある声だなって思ったんだ」
放課後、僕と姫路さんは通学路を歩いていた。
「出会った日に姫路さんの声を聞いたとき、なんだか懐かしいような気持ちになったんだ。それで名前を聞いたときに、姫路月夜さんと星月かぐやちゃんって関連性あるんじゃないかなって思ってさ。ほら、姫路とかぐや姫、月夜の星月夜で星月、でしょ? 好きなものが苺っていうところが同じだなとか繋がりを意識しちゃって……」
姫路さんは僕の目を見ながらじっと話を聞いてくれている。
「でね、決定的だったのがそれだよ」
僕はカバンに付いているキーホルダーを指さす。
「こ、これ……ですか?」
「そう、それ! それって僕が昔に星月かぐやちゃんのために描いた”ちちゃきゃわ”だよね? かわいいものが好きなかぐやちゃんのために描いたオリジナルキャラだから他の人は知らないはずなんだ。当時、気に入ってくれて自作でキーホルダーを作ったって配信で言ってくれたこともあるよね」
「は、はい……」
「というかホントにキーホルダーにしてくれたんだ!」
「だ、だいすきなので……!」
姫路さんはキーホルダーをぎゅっと握って大切そう見つめていた。
我ながらかわいいマスコットキャラが描けたと思ったから、気に入ってくれて嬉しい。
目の前にいる姫路さんはほんとにかぐやちゃんなんだなと実感する。
「で、ここからが本題なんだけど。姫路さんはVで配信してる時は普通に話せるのに、どうしてリアルでは上手く話せないんだろうね」
「そ、それが……。わ、私……背も高くて、目つきも鋭くて……。こんなんじゃなくて、小さくて、可愛くなりたかったの……だから、Vtuberを始めたの……。V体だったら、私じゃ、ないから……話せるの……かな?」
「姫路さんはスタイルが良くて、目元はクールで綺麗だと思うんだけどな……」
「ふぇ……?」
「うーん、だったら可愛くなりに行こう!!」
「……え?! どういう、……こと!?」
僕は姫路さんの手を引き、目的地へと向かった。
◯ ●
私は一介の美容部員、元々はメイクアップアーティストのアシスタントとして働いていたけど結婚を機に地元に帰り、今では駅前のショッピングモールの小さなコスメショップでパートをしている。
メイクは好きだけどあの頃の情熱はとうの昔に無くなってしまい、今日も惰性で働いていた。
そんなところに一組の男女が来店した。
それは小柄な男の子と、スラっと高身長の超絶美人な女の子だった。
あんな美人ちゃんは私がアシスタント時代に見た芸能人でもなかなかお目にかかれないレベルじゃないからしら。
制服姿だし高校生だろうなぁと、微笑ましく眺めていた。
「あったあった!」
「ここって……」
「そう、コスメショップだよ」
「私……あまり、きたことなくて……。それに、その、得意じゃなくて……」
「あー、店員さんがぐいぐい来て苦手って人もいるよね……でも大丈夫! 今回は僕に全部任せてよ! ここではサンプルなどを使ってセルフでメイク出来るみたいだしちょうどいいね」
えー! あの男の子があの美人ちゃんにメイクをするの!?
ほぼ何もしなくてもあの子には完成された美しさがあるというのに!
このままじゃ台無しになっちゃうんじゃないのかしら……。
「姫路さん今でもめちゃくちゃ美人で完成されてるって僕は思うけど、可愛くなりたいんだよね? だったらメイクで理想の自分になっちゃおう! なにも完成系はひとつだけじゃなくて良いからね」
男の子の言葉を聞いてハッとした、望む姿に変えることができることがメイクだ。
完成されているからと、私は他の可能性を捨てていたのかも知れない。
一方で、女の子は自分が美人と言われてあたふたしていた。
女の私から見ても可愛すぎるわ!
「じゃあ、いくよ。目を閉じてて……」
「……は、はい!」
女の子は目を閉じて、少し頬を赤らめて全てを受け入れるように心を決めたようだ。
えっと……、これからするのってメイクよね?
「一旦、メイクをオフしてっと。姫路さんはほぼスッピンだからここは軽くで……」
男の子はそう言ってコットンにクレンジングウォーターを染み込ませて優しく拭き取る。
あの手つき、かなり手慣れているわ!
普通の男の子じゃないようね……。
「まずは下地、パープル系で肌の色味をコントロールしていくよ。目元にくすみがある人はコンシーラーをする必要があるんだけど姫路さんはくすみもない綺麗な肌をしてるから下地からで大丈夫そう!」
「き、きれい……?」
「うん! とっても綺麗だよ。それにブルーベースで肌にとっても透明感があるから、僕のしようと思ってるメイクがバッチリはまりそうだ!」
「………うぅ」
「下地をブラシで乗せてから指で薄く伸ばしてっと。続いてはファンデーション、今回はマットすぎずオイリーすぎないのが良いんだ。それを下地と同じようにして輝きを出していくね」
あの男の子、美人ちゃんの肌の色味を理解してそれにあった下地やファンデーションを数ある中から一瞬で選んでいる。
手際が早いのにタッチがとても繊細だ。す、すごい……。
「お次はこの発色が良いピンクのチークを使うよ。これをそのままつけるのは抵抗あるかと思うから、さっき使った下地を混ぜることで……色味の強さを抑えながら肌に馴染むピンクになるんだ! これだけで、ほら、少女感やあどけなさが出て、すんごいキュートな感じになった!」
「きゅきゅきゅ、きゅーと……!」
「このままだとメイク感が強いから、パウダーで閉じ込めてっと……これでツヤっぽいのに柔らかい自然な輝きになるんだ。これで肌は完成!」
色んなテクニックを知ってるのね、この子。いったい何者なの……。
それにしてもかなりナチュラルに女の子を褒めるわね!
女の子が照れてるからやめてあげて!
と言いたいけれど、照れてる姿が可愛いからもっと言ってあげて!
「ここからかなり重要なポイント、アイメイクをしていくね。ピンクのシャドーをグラデーションして立体感のある目元を作る、次にラメを黒目の上下につけて可愛さを出して、ビューラーでまつ毛を立ち上げてっと……ここは黒で引き締めていくんだ。まつ毛の根本に隙間ができるから、ここも黒のアイライナーで埋めていくね。姫路さんって付けまつ毛してるみたいにまつ毛が長くてすごい綺麗だね!」
「しょ、しょうでしゅか……」
「普通の人だったら付けまつ毛しないとこんなにボリュームは出ないよ!」
「ふ……ふへ……ぷしゅー」
あらあら、女の子は褒められ過ぎてオーバーヒートしちゃったみたいだわ……。
「そしてアイブロウ。濃いめにするけどのっぺりにならないように一本一本丁寧に描いていくよ。そしたらさっきのラメを下まぶたにも付けて、涙袋を強調して可愛さが際立たせる。次に眉毛とまつ毛の先端にもラメを仕込む、こうすることで瞬きするたびにキラキラと輝く目元になるんだ!」
にしても男の子がするメイクから目が離れない、説明ひとつひとつが勉強になる。
私は仕事も忘れて見入ってしまっていた。
「最後にリップだね。ジュワッと内側から染まったようにしたいから、まずは唇の中央からオーバーリップをして、そこから色を重ねてレイヤードをしていく。ツヤ感が欲しいからリップクリームを塗ってその上にラメを置くと、うるうるなのに上品な唇が出来上がり!」
え、唇ひとつだけにこんなにも技術が詰まってるだなんてすごすぎる!
「そして、仕上げにハイライトをして、最後にちょちょいと全体を馴染ませて……完成だ! 姫路さん、目を開けて?」
ハッと息を飲む。
そこには可愛らしさの中に大人っぽさがあり、それでいて上品さもある洗練された女性が居た。
メイクって……ここまで出来たんだ……。
こんな気持ちになったのは昔にメイクの巨匠と呼ばれるオダジョー先生のメイクを講演会で見た以来だわ。
私は失っていたメイクの情熱が再び燃えて行くのを感じた。
○ ●
「す、すごい……これが私!? かわいいー!」
「そうだよ、すっごいかわいいよね! これはね純欲メイクといって今バズっているメイクなんだけど、姫路さんは大人っぽさや妖艶な感じ、ミステリアスさはあるから、そこを活かしつつ可愛さを足したんだよ」
「すごい、すごいよ逆瀬川くん! こんなの私じゃないみたいだよ!」
「僕は全然すごくないよ、先生と比べるとまだまだだし……。僕はただ姫路さんの持ってるすごいポテンシャルを違う方向に持っていっただけだよ」
「ううん! 絶対にそんなことない! すごいよ! 自分でメイクしてもこんなことならないし、美容部員さんにしてもらったことがあるけど……それよりもすごい!」
「はは、大袈裟だなぁ」
「うぅ……ホントのことなのに……」
姫路さんがとても喜んでくれたみたいで、僕も嬉しい。
僕はサポートとして姉妹のメイクも担当したからある程度出来るんだ。
(まぁ、僕くらいのメイクなんて誰でも出来るんだろうけどね……。)
「というか姫路さん、普通に話せてない?」
「あ、ホントだぁ! もしからしたらメイクで自分じゃない姿になったからかも? なんだか自分じゃなくてV体で話してるみたいな感覚があるの」
「やっぱり! そうなれば良いなって思ってたんだ」
「こんなの初めてだよ。生まれ変わった気分! ありがとうね逆瀬川くん」
「っ……! そ、そんなことないよ……」
これまで見せたことないとびきりの笑顔に僕は面を食らった。
超のつく美人が可愛さまで手にしたら、それは反則だろ!
「いえ、お客様のメイクは人の人生を変える力があると思います」
「えっと……」
「ずっと拝見させて頂いていました。ぜひ、私を弟子にしてください!」
「えええ! いや、僕ごときがそんな弟子をとるなんて……」
突然、店員さんに話しかけられた。
(ど、どうしたら良いんだろう)
「ごめんなさい、私たち今からデートなんです!」
「ひ、姫路さん!?」
「そうでしたか……無粋な邪魔をいたしました」
「逆瀬川くん、行こっ!」
僕は姫路さんに手を引かれ店を後にした。
(うぅ、顔が熱い)
それから僕は、姫路さんの発言に触れることなく街を回った。
たぶん、あの状況から助けてくれるための方便だったのだろう。
姫路さんと遊ぶのはとっても楽しかった。
服屋さんに行って今の姫路さんに合う服をたくさん試着したり、ゲーセンに行ってプリクラを撮ったり、クレープを買ってを食べ歩きをした。
(これが”普通”の学生か、友達と遊ぶって最高だな! ひとりでスマホやパソコンに向かってずっと作業してるのとは大違いだ!!)
これまでの生活と比較しながら感動していたときだった。
「あれぇー? 逆瀬川くんじゃねぇの?」
後ろから名前を呼ばれた僕は、その場で振り返った。
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