Largo(8)
ちなみに粟崎さんのLINEはスペインからだ。夏休みを利用して短期留学をしているらしい。
『オケの夏合宿は行けへんから、ファースト代吹き頼んだで』という一文に、マジかよと文字を打つよりも早く声が出た。三楽章のクラリネットのソロ、あれが吹けるなんてこの上ない贅沢なことで、たとえ代吹きであろうとも興奮で胸が高まりだす。
『了解しました』と速攻で返事をし、『セカンドの代吹きはどうしますか』と質問する。
『みんなで話し合って決めといて。それから鏡さんのパートはサブのセカンドな。メインには来年乗ってもらうし』
粟崎さんと団長の許可を得て、先日、夏紀さんは正式に入団が決まったのだ。
『分かりました』
『じゃあ、夏合宿頑張ってきて』という文字とともに、百人一首の札を手に持った目つきの悪い熊の漫画スタンプがポンと押された。
夏合宿は来月末、六甲山のペンションで二泊三日の集中練習をする。間山もミファもタダさんも、そして夏紀さんも参加する。扇田情報によると、夏紀さんは城西大の指揮者と最近別れたらしくて、その原因が女性関係のもつれ――美華にあったらしいとか。
「美華ちゃんはなあ、勝気な性格なもんやから、男女関係にトラブルを起こすことが何かと多くてな」
今まで遠慮して言えんかったんやけどな、と前置きしながらも、扇田は遠慮どころかいらぬものまで洗いざらい白状してくれた。高校のときに美華が僕に告白してくれたのは、自分を振った男への見せしめのようなものだったらしい。男への腹いせとプライドと見栄のためには新しい男がどうしても必要で、転校してきたばかりで色恋事情に疎く、見るからに「真面目そう」な僕が、見事そのターゲットにされてしまったということだ。道理で僕たちの恋愛の真剣みがペラペラに薄かったはずで、その事実に納得もしたが悲しくもなった。
となると、夏紀さんは果たしてどうなのだろう。外大オケへ入団希望したのは、もしかすると演奏会ではなくタダさん目的でないだろうか。それじゃあミファの立場は……いや、余計なことは考えないでおこう。三角関係の揉め事なんて僕には無縁のことだから。あれやらこれやらの、とっ散らかった面倒事には決して関わるまいと、目を背けるようにスマホの画面を消しておいた。
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