タバコ

白夏緑自

第1話

 二十四になってもうだつの上がらない物書きをやっていると、いかんせん周囲と感覚がズレてきていることに気づかされる。

 学生時代同じゼミだったやつと久しぶりに飲みに行ったときの話だ。

 昔はよくアニメや漫画、その他くだらない趣味でよく盛り上がっていた連中だ。その日も何となく、そんな話題が中心になってくるのだろうと思っていたのだが、実際はそんなこともなく。

 社会人を二年経験してきた友人たちの口から出てくるのは仕事、上司、部下、今年の新人。あとは付き合っている女性について。どいつもこいつも学生時代に付き合っていた女性と違う相手なのがまた酒が進む。

 話題が変わったところで、気が合うことに変わりは無い。一緒に飯食って酒飲めれば楽しい。それはいい。

 俺が一番周囲との壁を感じたのは煙草の話題になったときだ。

 話は前後するが、店に入ったとき当然のように喫煙席へと移動した。それに文句を言うやつはいない。そこにいたメンバー全員が学生の頃から吸っているのはお互い知っていた。

 いや、全員〝吸っていた〟ことを知っていると言ったほうが真実だ。

 しばらく会わないうちに喫煙者は俺ともう一人の友人だけになっていた。

 吸わなくなっていた理由は基本的に金と場所だった。

 時代の流れかもしれない。

 だけど、悲しいかな。

 基本家に引きこもって仕事をしているから、職場から喫煙所が撤去されたとか、出張先のホテルでは吸えないところが多いとかそんなサラリーマンあるあるに付いていけなかったし、喫煙者を駆逐せんとする世間の意識に気づけていない自分がいた。

 作家の生活なんて家でPCに齧りついているか外で散歩がてら飯食ってるかのどちらかだ。少なくとも俺の生活はこれだ。

 煙草の吸えない世の中になっている。

 喫煙者だった友人たちが非喫煙者になっていたことに、自分との接点が一つ消えてしまったような気がして、その日は家に帰ってすぐにベッドに入った。

 起きてからもその事実は肺の中で靄を残していた。煙を吐いたら一緒に出ていくかと思えば、そんなこともなくしばらく残り続けた。

 靄を吐き出せないまま一週間経ったときぐらいだろうか。よく仕事をくれる吉沢さんから電話がかかってきた。

「煙草を題材に書きませんか」

 いつもならこのとき少し考えさせてくださいと電話を切るのだが、そうはせず「いいですよ」二つ返事を返していた。ネタなんて何も思いついていないのに。常に崖の端を歩くフリーランスが仕事を請け負ってしまったのだ。やっぱり無理ですとは言えない。

 下心ももちろんある。吉沢さんとの繋がりを離さないでいるために。思いを明らかにするのは、僕がもう少しまともになってから。それまでは話さないでいよう。

 ネタ探しから俺の仕事は始まった。

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タバコ 白夏緑自 @kinpatu-osi

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