イリア・ラディウスの受難。離さないで 見放さないで! 話さないで!? ~終焉の謳い手~
柚月 ひなた
離さないで 見放さないで! 話さないで!?
イリアは今、人生最大の——いや、二度目かもしれない——
数日前に想いを通じ合わせ、恋人となった青年によって。
どんな
——端的に言えば、押し倒されていた。
恋人同士なのだからそれ事態は問題ない。
自然とそういった事を経験する時も来るのだろうな、とイリアも思っていたし、好きな相手と触れ合う事に抵抗もない。
ならば何故、
それは押し倒されている場所——
どうしてこんな事になったのか、思い返して見る。
恋人の青年、ルーカスは若くして騎士団長の役職に
イリアは王国の騎士ではないが、歌で魔術を行使する魔術師で、世間では〝
二人は王国からの任務を受けて、ともに任地へ
書類仕事をこなす彼のため、紅茶を
船内でもそれは変わらず、いつもと同じように過ごしていたのだが——事件は唐突に起きた。
お茶菓子を
両手を拘束され、書類が散乱するのもお構いなしに机の上へ押し倒されていたのだから、わけがわからない。
「……イリアは、いつ見ても可愛いな。愛してる」
そう
先程まではしっかりと見開かれ、書類の文字を追っていたはずの瞳はとろんとしており、どこか眠たそうだ。
いつもは冷静沈着で、
彼が正常な状態にない事は
そしてこのような彼を見るのは二度目であった。
(……お酒、だよね……)
一度目、ルーカスが
彼はお酒に
あの時も色んな意味で、大変な目にあった。
しかし、ティータイムにイリアが用意したのはただの紅茶と、チョコレート菓子。
お酒の要素は
一体どこに問題があったというのか——。
思い返しても、何故このような状況になったのかわからない。
どう切り抜けようか、と考えを巡らせようとしたところで、イリアは唇に
次いで
「ん……っ!」
ルーカスに口付けされたと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
イリアにとっては初めての口付け。
〝ルーカスと〟というだけでなく、これまでに誰かとこのような事をしたことはないので、
チョコレートとお酒、双方の香りと苦みを帯びた甘ったるく熱い口付けに、息苦しさも加わって
けれど、息が上手く出来ず苦しいはずなのに、何故か心地良い。
好きな人と触れ合う
流されては危険だとわかっているのに、離れたくない。
離さないで、このまま——と、
ルーカスが正気を取り戻した時、酔った流れで事に
——
前回を例に挙げれば、酔っている間の記憶は飛んでしまう様なので、覚えていない事で尚更、自分を責めるだろう。
そして何より。
今は職務中。
しかも
任務に赴くのは二人だけではなく、他に大勢の騎士団員が乗っていた。
彼らも昼間はそれぞれ、船の中で出来る職務、ルーカスの様に書類仕事等をこなしていて、時折、団長であるルーカスの元——つまりここへやって来る。
人によってはノックもなしに入って来る。
自分達が恋人である事は知られているが、それとこれとは話が別。
(早く、何とかしないと……!)
しかし両手は押し倒された時のまま、頭の上で拘束されて動かない。
唇も
八方
その内、唇は解放してくれそうだけど、イリアは嫌な予感がしていた。
昔から感は良い方で、こういう予感は
(女神様、お願い。
打つ手がない状況に、イリアは
——すると、しばらくして。
祈りが通じたのか、唇が解放された。
すかさずイリアは睡眠作用のある魔術を、歌で
『い、
マナのゆりかごに
愛し子よ——』
歌声を聞いたルーカスは、程なくして夢に
腕の拘束も
(……良かった)
誰かが来る前に、暴走するルーカスを止められて。
と、イリアは
——そこで油断したのがいけなかった。
「だんちょー、今日の分の書類なんすけど……」
ノックもせず扉を開けて、金髪の青年騎士が部屋へ入って来た。
始めは手元の紙を見ていた彼の視線が、イリアの方を向いて——。
イリアと金髪の青年の視線がぶつかり、二人は同時に「あ」と声を発した。
ルーカスは眠っているが、
誤解しか
「ち、違うの! これは——」
「すんません、お楽しみのとこお邪魔しました! 大丈夫っす、オレ誰にも話さないんで!! どぞ、ごゆっくり!!」
慌ててイリアは
(あ、ああ……あああ!!)
イリアは心の中で悲鳴を上げた。
金髪の青年騎士は誰にも話さないと言ったが、お調子者で軽い印象を受ける彼が、本当に誰にも話さない保証はない。
ともかく、色んなものがごちゃ混ぜとなって、叫ぶしかなかった。
(いやあああ!!)
——心の中で。
金髪の青年騎士は意外にもイリアが「話さないで!」と口止めするまでもなく、言い触らすような事はしなかった。
その代わり、顔を合わせる度に
そして、恋人が暴走した原因は、チョコレート菓子。
ボンボン・オ・ショコラと呼ばれる、中に
それをイリアへ渡したのはルーカスの妹で、ルーカスが己の失態と、妹のやらかしに気付くのは船旅が終わりを迎える頃。
イリアには全身全霊、誠意の
妹の方はというと。
珍しくお
彼の体質は妹も
残念ながら彼女の落ち度は否めず、
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