正愛

海星

第1話 母を守りたい

1991年秋。


「可愛い…。」

「産まれたんだからもういいだろ。仕事戻るから。」

「うん…ごめんなさい。来させて。」

「別に産むくらい1人でできるだろ。医者もいるんだし。」



――――――――――――これが僕が生まれた時との両親の会話。


それから母は僕を目に入れても痛くないくらい可愛がってくれた。

夜泣きの対応も全て母一人だったらしい。

でも不思議と苦しさ、辛さ、悲しさはなくて、僕との2人の時間が愛おしかったと以前話してくれた。


僕も僕で小さい時は母が居ないと何も出来なかった。

母が見えなくなると不安でよく泣いていて、爆発して保育園では何度となくパニックに。


その度に母が呼ばれ僕をなだめる。

僕は母さんの腕の中で落ち着くと眠り始める。


それを見ると母も安心していたとのこと。

本当は片時も傍から離したくなかったが、園に通わせないと社会性も身につかなければ小学校にも上がれない。


でもそのうち年長になるにつれ、パニックが減り、母さんが呼ばれることも無くなっていった。

安心半分、寂しさ半分だった様。


家では帰宅してからは母にベッタリ。

片時も離れることは無かった。


なぜなら父が帰ってくるとほぼ毎晩母さんは怒鳴られる。そのまま手をあげられる事も。何度も何度も僕は止めに入ったが力が足りず跳ね返されていた。


悔しかった。殺したかった。

愛する母を苦しめるやつは例え父でも許せなかった。


だから僕は小さいくせによく母に言っていた。


「守れなくてごめん。弱くてごめん。大好きなのにごめん…。」と。


でも母は、

「いいの。いつもありがとう。ママを守ってくれる涼ちゃんが本当に大好き。愛してるよ。」といつも答えてくれていた。




―――――――――そんな日が続いたある日。

僕が小学校高学年になった頃、僕は家出した。


向かった先は電車で3時間の母の実家。


母の最大の味方である祖父母に日頃から色んな話を電話でしていた。


その中で、


「俺が母さん守りたい。結婚したい。でもできなんでしょ?なら2人でどっか行きたい。父さんから守れるところ行きたい。」と何度も何度も祖母に話していた。


すると、毎回祖母は、

「うちにおいで。迎えに行こうか?」と言ってくれていた。


でも、母が遠慮するのをわかっていてそれを断り続けていた。



でも、そんなある日決定的なことが起きた。

いつもの様に僕が父にはね飛ばされて引き出しに頭をぶつけて動かなくなって緊急搬送。


その数日後、その話を祖母にして、祖父にも僕が先ず祖父母の所へ行くので、母にすぐ連絡して僕ら2人を面倒見て欲しいと伝えた。


すると祖父母はすぐに快諾してくれて、


翌朝母に、『迷惑かけてごめんね』

と学校帰りに置き手紙を残して目を離してる隙に家を出た。


心配をかけたかったわけではない。

なので、手紙の左下に『長野県 飯田市』と記した。


その日の夜に僕が先に着いて、

終電で母も来た。


普通なら叱るところだが母は僕を叱ることは一切なかった。

むしろ駅のホームで僕を抱き寄せて、


『ありがとう。ママを助けてくれて』と言ってくれた。


『俺、こんなことしかできないから。ごめん。』と言うと、

『いいの。賢い子だね。あんたは。偉い子だね。』


祖父母に頼ったこと、行き先が明確な事、母が心を置ける場所であること、でも何より、母が子供で居れて、母が母らしくいれること。


そういう場所に連れていきたかった。

今できることはこれしかなかったから。



母は、実家に向かう車の中で祖母に怒られた。

「麗美、あんたおそすぎる。あんたも、涼ちゃんも殺されてからじゃ何も出来ないんだからね!涼ちゃんがちゃんと電話してくれてたから状況も知ってたし、すぐにあんたたち呼べたの。していい遠慮としちゃいけない遠慮があるの!わかった??」


僕はすかさず祖母に言った。


「ばぁば!ママを怒らないで。ママは悪くないよ。誰も悪くない。」と。


すると、横に座る母が僕を包み込んでくれた。


「ばぁばの言う通りだよ。ママも、ばぁばの子供だからね、怒られる時は怒られるの。涼太はママの宝物。だけど、ばぁばからしたら、ママも涼太も宝物なの。だから怒られるの。」


「そういうこと。私もだけど、このじぃじだってそうよ。言わないだけ。」

「パパはね…」


「乗り込んだところでだろ。涼太にもお前にも変な気遣いさせるだけだ。」

「ごめんね。」と母。


「ママ。」

「うん?」

「俺ね、ママの事大好きだよ。」

「ママも。」

「マザコンでもいいんだ。ほんとにママが好き。」

「誰かに言われるの?」

「隠してるから誰も知らない。でも、友達が友達のママの事悪く言うの聞くと悲しくなる。聞きたくないって思う。」

「あなたはそれでいいの。あなたがどう感じるかだから。」


「僕は…ずっとずっと母ちゃんといたい。大好きな母ちゃんと居たい。」

「私も同じ。」


気づいたら母の優しい香りの中で眠りについていた。



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