邸での食事
「おかえりなさいませ。お部屋はお決まりになりましたか?」
「ああ。東側の階段を上がったところで頼む」
「まあ!あちらですね。すぐにご用意いたします」
「た、他意はないぞ」
「承知しております。もう出かけられますか?お食事を済ませてからでも…」
「もうそんな時間か?」
「はい。我々に事情を説明して頂くのに時間を使われてしまいましたから」
「むぅ、ロウよ。午後からの案内でもいいか?」
「俺は別に構わないぜ。ひとりだと迷うだろうしな」
「なら、食事にしよう。準備にどれぐらいかかる?」
「30分ほどいただければ」
「それじゃあ、俺たちはここで休んどくか」
「そうだな。ああ、ケスラー。書類を頼む」
「お持ちしてよろしいのですか?」
「ああ。ロウはこういう書類仕事もしたことがないからな。うちなら別に見られて困るものもないし、いい経験になるだろう」
「えっ!?雑談の時間じゃないのか…」
「ふっ、お前にはまだまだ騎士として足りない部分が多いということだ」
それからケスラーが本当に書類を持って来たので、食事までの時間は書類仕事を眺めることになった。
「おい、そんなところで書類の文字が見えるか?」
「でも邪魔だろ?」
「お前のためにならないだろう?もっと寄れ」
「ちょ、ちょっと…」
リタが自分の右側に俺を寄せる。この前ドレス姿を見てからちょっと女って意識するのにふいにこういうのはやめろよな。
「では行くぞ。一枚目からだ。これは邸の使用量に関することだな。年間の土地代支払いか…」
「あっ、やっぱりそういうのあるのか?」
「持ち家だとな。宿でずっと止まる人間などは宿が施設の管理者として払うが、個人所有の物件はこうして年間で固定費がかかるんだ」
「ふ~ん、ちなみにいくらだ?」
「この邸だと10000クロムか」
「えっ!?固定費で?高くないかそれ」
「そういっても建物の規模も大きいし、貴族街にあるからな。次の書類は…これは月の食費だな。う~ん、もう少し使わせるべきだな」
「そっちはいくらなんだ?」
「600クロムだな。貴族街で暮らしているのにこの金額は少ないな…。もう少し多く使うように言わないといけないな」
「そんなに少ないのか?」
「平民の分に少しプラスした感じだな」
「リタがあまり近寄らないから余計に遠慮してるんじゃないか?」
「そういわれると痛いな。もう少し、休みの時は戻るか…」
「使用人とも仲がいいみたいだし、そうしてやれよ。主がいない家なんて悲しいだろ?」
「そうだな。ありがとう、ロウ」
「別に褒められることじゃね~よ。次の書類行こうぜ」
「ああ」
こうしてどんどん書類を決裁していくリタ。どうやら、もうすぐ年間の固定費や税金の支払い期限のようで、そういった書類が多めになっていた。
「税金とかも一定額なのか?」
「資産が変わっていなければな。そんなことは滅多にないが」
「色々買い足すからか?」
「それもあるが、例えば馬車が壊れるだろ?そうすると買い替える訳だが、以前のよりいいものにした場合は当然資産としての価値が変わってくる。他には家の増築などだな。後は私なら新しい武具の購入などだ」
「騎士なら武器は摩耗するから同じって訳にはいかないか。それじゃあ、次に行こう」
「ああ」
コンコン
「ん?入れ」
「ご歓談の途中ですが、お食事の用意が出来ました」
「そうか。ロウ、今日はここまでにしよう」
「ああ、行くか!」
俺たちはやや小さい食堂になっている部屋に移動する。
「今日の食事はとり肉とレモンのアヒージョに芋を使ったオムレツ、それとトマトスープになっております。アヒージョはパンに乗せるなどしてお召し上がりください」
「ありがとう。そうだ、先程月の食費を確認したがもう少し使ってくれ。みんなはこの邸を守ってくれているのだ。多少の贅沢はしてもらわなければ困る」
「リタ様…」
「そ、それと、ロウにも言われたのだが、みんなも遠慮している部分もあるのだろう。もう少し変えられないか殿下にもお願いする」
「まあ!リタ様、もっと帰ってきてくれるのですか?」
「リーディア、主にお願い事などいけませんよ」
「でも…」
「やはり気を使っていたのだな。気の利かない主で申し訳ない。そういうことだから、今より少しは帰るようにするから、3人ももう少し食事に金を使ってくれ」
「承知しました。ナターシャと話をして決めます」
「頼む。さあ、こうしていてもしょうがないな。食事にしよう」
「おう!腹が減ったぜ」
「ロウは全く」
というわけで、いざ食事だ。王宮の使用人とは違って、ここではみんなが一緒に食事を取る。気を使うこともなくてよかった。王宮と違って一緒に食事を取る理由としては、ひとりひとりに割り当てられる仕事が多くなる傾向があるというのと、王宮と違って雇用主が一人で話す機会も多いからだそうだ。
「確かに俺もネリアの雇用主じゃないしなぁ」
「どうした急に?」
「いや、使用人と一緒に食べられるっていいなって思ってな。王宮だとネリアとは別だからさ」
「ああ、そういえば向こうはそうだな」
「ネリア様?」
「ああ、俺の専属メイドだよ。仕事もできるし気の利くいいメイドさんなんだ」
「王宮のメイドですか。憧れます!」
「リーディアは王宮メイドになりたいのか?」
「もちろんです!あっ、ここが嫌とかじゃないです。やっぱり、花形というか憧れがあります。私の父は子爵ですけど、入れるのも自分の部署のみですし、仕事の中だけでも王宮を見て回りたいです!」
「リーディアは女の子らしい理由だな。ナターシャはどうなんだ?」
「私はこちらで雇っていただけるだけで満足です。ただ、リーディアと同じように見て見たいということはありますね。私の身分では近寄ることも難しいですから」
「なるほどな。おっ!このアヒージョ美味しいな。レモンの酸っぱさがどうかと思ったが、鶏肉と合うぜ」
「そういっていただけると作った甲斐があります」
「こっちのトマトスープはちょっとあっさり目かと思ったけど、ちょっとコンソメが入ってるんだな」
「はい。鶏の方は骨付きでしたので、そちらを使って下味をつけております」
「リタはよくこの邸に帰るのを我慢できるな。俺だったら毎日でも帰りたいぜ」
「む、私も帰りたくない訳ではない。ただ、移動も多く王宮の方が予定の調整をしやすかっただけなのだ」
「そうムキになるなって。これからはもう少し、ゆっくり行こうぜ」
「…そうだな」
「にしても、やっぱりリタは肉が好きなんだな。アヒージョだけすごい勢いで減ってるぞ」
「別にいいだろう。それこそ旨いのだから、冷めないうちに食べているのだ」
「よく言うぜ。油が多いからすぐに冷めないだろ?そうだ、ちょっと多いから俺のも食うか?」
ピクッ
あっ、反応した。本当に面白いやつだな。
「ま、まあ、お前がそういうのなら…」
「本当に食べるのかよ。まあ、言いだしたのは俺だしな。ほらよ」
俺は2切れほどリタの皿に肉を置いてやると、目を輝かせて食べ始めた。
「なんか、肉食の動物を飼うってこんな感じなのかな?」
「聞こえているぞ、失礼だな」
「わっ、聞こえてたのか。でも、思ったもんは仕方ないだろ」
そんな感じで食事を済ませると、いよいよ街に行く時間になった。
「それでは行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
「じゃあな!」
「ロウ様、行ってらっしゃい!」
「では…」
それぞれに見送られながら、俺たちは街へと繰り出したのだった。
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