何も話さないでください

遠山悠里

 


「こんにちは、人事の高橋です。第一次、第二次の選考に残られました皆様、お疲れ様でした。これから最終選考会場で行われる第三次選考をもちまして、当社の来年度新卒者採用選考会は終了となります。これから、名前を呼びますので、一人ずつ、入室してください。会場には、中央に椅子が一脚ありますので、そこに座ってください。そこで、当社役員からいくつか質問があります。そして、『これで、質問はすべてです』とお伝えしたあと、役員からそれぞれの方への簡単な所見を述べさせていただきます。この時、これは大事なことですが、質問終了後は、退室されるまで『何も話さないでください』。これは、今回の第三次選考の大事な注意事項ですので」


 会場がざわついた。


 最終選考が役員による面接になることは、想定の範囲内だ。いや、そうであろうことは、これまでの多くの採用試験から既定のことと思っていた。そうでなかった方が驚きだ。


 しかし、『何も話さないでください』とは、どういうことだ?


 それでは、試験にならないだろう。


 いや、試験自体は質問コーナーですべて終わり、あとは、本当に所見を聞くだけなのか?


 そもそも、それを聞くということが、選考に何の意味があるというのだ。


 俺は、少し不安になった。


 もしかしたら、この時点でもう採用者は決まっているのではなかろうか。


 所見を述べると言いながら、結果発表。採用不採用の結果をその場で告げることにより、不採用の封書を送る費用と手間を省き、かつ、少なからずあるであろう確認や抗議の電話、メールを回避するという一石二鳥の策。そのために、『何も話さないでください』という予防線が張られているのでは。


 俺と同じようなことを他の受験者も考えているのであろうか……皆、表情が固い。ただ、黙って、自分の順番を待っている。


 やがて、俺の名前が呼ばれた。


 俺は、いつもの面接よりもおそらくかなり硬い表情で面接会場へと入った。


 パイプ椅子が置いてあり、その向かいに長机。採用担当の役員が4人並んでいる。



 質問事項は至極真っ当なものだった。就活マニュアルに載っているような内容が並ぶ。


『当社を志望した動機』

『入社したら何をやりたいか』

『学生時代がんばったこと』等々


 面接対策は十分に行ってきている。

 俺はだんだん落ち着きを取り戻してきた。うまくやれてる。これなら、採用、いけるかも。


 一通り、質問が終わった後、『これで質問はすべてです』という言葉があり、俺はハッと我に返った。


 そうだ、ここから『何も話してはいけない』というコーナーが始まるのだ。

 ひょっとすると、ここで採用か不採用かが通達される。待ち構えているのは、天国か、それとも地獄か。


 自分の名前が改めて呼ばれ、一次試験、二次試験に関しての所見が述べられる。高評価だ。また、今の面接に関しても好感触だったようだ。


 どうやら、不採用通達というわけではないのか。


 そして、所見を述べていた中央に座る人事担当の役員が、手に持っていた用紙をめくり、自分の履歴に関しての所見を述べ始める。


 大学時代のボランティア活動や、サークル活動での部長としての取り組み、実績などに関して、当社ではそれらをとても評価しているということを。


 あれ? これは俺の履歴じゃないぞ。

 

 そうだ……確か、履歴書と別に、文章で自己アピールとして自分のこれまでの活動を書く用紙があったが、あれには名前を書く欄がなかったはずだ。ということは、誰か他の応募者のと入れ違ってしまったということか。


 俺は迷った。


 どうする?


 誰の自己アピールかわからないが、会社は、これを俺の書いたものだと思っている。向こうのミスだ。

 一度入社してしまえば、後々、『採用試験の時にうっかり別な方のと間違えてしまったようですね。おかげで助かりました』と言えば、笑い話ですむかもしれない。そう、入ったもの勝ちだ。俺が入って、目一杯頑張れば、全てはご破産となる。何より、今は、『何も話してはいけない』時間だ。俺が、黙っていたのも正当化されるはずだ。そう……そうなのだが……


 だが、自己アピールに関しての、役員の方々の絶賛のコメントを聞いているうちに、俺はだんだん気持ちが暗くなっていった。

 本来、他の人がもらうはずであった手柄をかすめ取るような気分。



 そして、俺は意を決した。

 これで、不採用になろうとも、仕方がない。ズルをして入社してなんになる。


「あの……すみません」


 役員たちの会話が、ピタッと止まる。


「……何か?」


「今、読まれているその自己アピール、私のものではありません。誰か他の方のだと思います」


 すると、自己アピールを読んでいた真ん中の席の役員の人がニコリと笑い、そして言った。


「よく教えてくれましたね。その通りです。これは、あなたの自己アピールではありません。他の方のものでもありません。当社で作った架空のものです」


 俺はあっけに取られた。


「会社では、基本、決められた物事は守られねばなりません。それが、社会の規則です。しかし、時にはその決められたことを破る必要がある時もあります。それが、できるかどうかが、今回の最終選考となります。もし、あなたが『何も話してはいけない』という決まりを守り、ずっと黙っていたら……」


 俺は、その時、ハッと気づく。


「『おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ』ですか? 『杜子春』ですね」


 すると、役員皆が、拍手をした。


「おめでとう。採用です。当出版社にようこそ」

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何も話さないでください 遠山悠里 @toyamayuri

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