また、あなたと恋するために

たか式

あなたとの、恋人つなぎ、末永く。


『私、あなたの恋人になれて、本当に幸せ!』

『俺もだ。この先もずっと、今みたいに手を繋いで、二人で歩いていたい』

『私も同じ。約束だからね!』


「……ふぅ」


画面の前で流れるスタッフロールを見終えると、「二人のその後を見る」「ゲーム終了」の選択肢が表示された。

「……飽きたな」


俺はそう呟きながら、「ゲーム終了」を選択した。

三年前。それは俺が「ギャルゲー」を引退した年だった。



 ~また、あなたと恋するために~



「おはよう、一緒に学校に行こう」

「……はい?」


高校二年の夏、恨めしい限りの日光が照りつける今日この頃。

時刻は七時半。重い体を無理やり起こし、学校に行く支度をし、家を出る。

 

―それは突然やってきた―


「何ボサっとしてるのかな? 学校に行くんじゃないのかい?」

「お前は誰だ」

自宅を出ると、自分を待っていたかのように、見覚えのない女性が門の前で待ち構えていた。


「この物語の主人公と言えば信じてもらえるかな?」

「どこの誰だか知らないが、一度病院に行くことをオススメする」

 

俺は学校に行かなくてはならないので、目の前にある何かから目を背け、逃げるようにして歩き出すことにした。


「あれ? 選択肢を間違えたかなー……」


その娘は何かをつぶやいてはいたが、追ってくることはなかった。




「おはよう! また会ったね!」

「……」

 

あろうことか、彼女はここの学校の学生のようだ。


「おはよう」

俺はそれだけ言うと、彼女を通過して先を歩こうとする。


「ちょっと待って!」


俺は、それに従い立ち止まる。

「どうして私を避けるんだい? 嫌われるようなことしたかな?」

「いきなり初対面の人に向かって、『私はこの物語の主人公』とか言う人を避けない理由が無いんですが」

「そう、この物語の攻略者」

「攻略者?」

彼女はここの世界を何かのゲームと勘違いしているのだろうか。

だとしたらやはり危ない人じゃないか、関わらない方が良かったか。


「そう」

「ここで何を攻略するというんだ?」

「君だよ」

「……は?」


俺を攻略? どう言う意味だ?


「何を言ってるか分からないです」

「私は君を攻略するために来た」

「やっぱり分からないです」


『人間を攻略って……どこのギャルゲーのつもりだよ……』

俺は心の中でそう思っていた。

「そう、ギャルゲーだよ。まぁ君のルートだけだけどね……」


ん?今この娘何て言った……?


「俺は一言も「ギャルゲー」なんて言葉は発して無いんだが」


「そうだね、別に言わなくても枠の中にテキストで出てくるからね」

「……」


俺は息を失った。

それはつまり……俺の思っていることが全て彼女には丸見えということか?


「まぁ全てが出るわけじゃないけどね……彼が何を思ってるか全部分かっちゃったら攻略も簡単だからね、彼の気持ちも自分で考えつつ正しい選択肢を選ばないといけないから」

「そうか……」


彼女の言ってることが冗談に聞こえなくなってきた。

信じたくはないが、彼女が本当に「ギャルゲー」としてここの世界があるのならば、今俺がいるここは一体何なのだろうか……。


「お前は、一体……」

その時、授業開始の予鈴のチャイムが鳴り響いた。

「じゃあ、授業始まるから今はお別れだね」

「お、おい!」


俺が話をする前に、彼女は自分の教室へ向かって行ってしまった。


それから、休憩の時間が訪れる度に彼女を探したが、何故か見つけることはできなかった。




「やあ」

「……」


放課後になり、自分が帰宅支度をして学校を出る頃、彼女は待っていた。


まるで、このタイミングで自分がここに現れることがわかっていたように……。


「一緒に、帰ろう」

「……そうだな」




「ここの選択肢は当たってたみたいだね……たぶん」

「はぁ」


帰り道、俺を攻略しようとしている人が、今、隣で歩いていた。


「下手したら一緒に帰れて無かったかもしれないんだよ?」

「そうですか……」


その後も彼女からの一方的な会話が続き、それを適当に受け流し続けた。

そして、自分の聞きたかったことに話題の方向を変えた


「あのさぁ……」

「何だい?」

「その……ギャルゲーの攻略対象が……俺だとするならば……俺がその攻略対象であることを言わない方が良かったんじゃないか?」


「ギャルゲー」の世界ならば、攻略される側が、その事実を知っているのはまずい気がする。


「それはね、大丈夫。君は私に会ったことがあるからね」

「……?」

「まぁ、詳しくは言えないんだけどね……君が気づいてくれることを、私は祈っています」


……自分がその意味に気づくのは、大分後の話だった。




その日はなんだか長い夢を見ていた気分だった。


「もう、こんな時間か……」


時刻は朝の七時半、恨めしい限りの日光が照りつける今日この頃。

抵抗する体を無理やり起こし、学校に行く支度をし、家を出る。


「おはよう! 今日も熱いねー」

「おう、おはよう」

言葉では熱いと言っておきながらやたらと元気がいい彼女は俺の昔からの幼馴染である。

そんな彼女が、朝に自分を自宅の門の前で待っている光景は、いつも通りのことである。


「じゃあ、行こうか」

「お、おう……」

真夏の暑さなど吹き飛ぶくらいの満面の笑みでこちらを見てくる彼女の姿は、自分にとっては眩しすぎる限りだった。




授業の合間の休憩時間、教室の机でぐったりしていると、聞きすぎて耳に馴染んだ声が、自分の頭に響いた。


「大丈夫?」

「無理」

「いやいや……」


彼女がこの時間に自分のところにやってくる理由は、想像がついていた。


「今日は昼ごはんどうする?」

「持ってきてないから……どっかで買ってくるしか……」

「私の弁当……作りすぎちゃったからさ、一緒に食べよう?」


「お、助かる」


彼女はいつもなんだかんだ言って、俺と一緒に昼飯を食べようとする。

俺以外とは食べないのだろうか……。


「これは……本当に作りすぎたのか?」

「え!?」

「いつも弁当それくらいじゃなかったか?」

「うるさい! 今日は食欲が無いの!」


何故かむきになったような態度で、俺に言ってくる。


「いや、別にいいんだが……」

「そうそう!」


彼女はいつも嬉しそうだった。




放課後。

学校を出ると、そこにはいつも通り、彼女が待っていた。


「おつかれー!」

「おう、おつかれ」


俺は当たり前のように、ふたり揃って家路に向かい歩き出す。


「今日は疲れたなー!」

「俺からしたらお前はいつも元気そうだけどな」

「そんなことないよー」


他愛もない、何もおかしくない、いつも通りの光景。

俺はそんな日々を、幸せに感じていた。

彼女のそばにいれることに、幸せを感じていた……。




とある放課後の夜。

俺はいつも通り、「彼女」と帰宅をしていた。


そして、覚悟を決めていた。


「あのさ……」

「うん?」

俺の幼馴染は、答えを待つかのようにこちらに顔を向ける。


「真面目に聞いてほしい」

「え?」


その言葉に反応するように、彼女はいつもの笑顔から真面目な顔に変え、こちらを見る。


「お前のことが、好きだ」

「え……?」


それは、彼女―幼馴染への、愛の告白だった。


「それは、つまり……」

「……そういう意味だ」

「ふぅぅぅ……」


何故か長い溜息を付く彼女。


「やっと、終わったんだね……」


「……え?」



「攻略が……」



その意味を思い出した時、突然意識が遠のいていく。


『三年前の約束、思い出してくれたかな?』


そんな彼女の声を微かに耳にしながら、俺は意識を失った。




真夏の暑さに照らされながら、俺は目を覚ました。

時刻は朝の七時半、学校の支度をしなければ。


「あれ、俺パソコンつけたまま寝ちゃってたかな……ん?」


パソコンをつけた覚えはないのだが、電源が入ってる時点で自分が覚えていないだけなのだろう。

だが、そんなことよりも自分が気になったのは、もっと違うことだった。


「これは……?」


パソコンに開かれていた画面は、たしか……三年くらい前だろうか。

もう引退したはずのいわゆる「ギャルゲー」が起動していた。

不思議なことに、そこに写っていたヒロインが、とても最近のうちに見たような気がするのだ。


さらに、パソコンの隣に置いてあったのは、そのギャルゲーのソフトと、一枚の何かが書かれた紙だった。


 ―もう一度、最後まで愛してくれるのを、待ってます―

紙には、そう書いてあった。


「帰ったら……三年ぶりに、再開するか……」

彼女の手を離さないで、ずっと繋いでやるんだ。

なんて思いながら、俺は静かに、そう呟いた。

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また、あなたと恋するために たか式 @kyousenshi

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