CHAPTER 2

「じゃあ、行ってくるよ」


履き慣れたスニーカーに足を通しながら、アモウは言葉少なめに呟いた。その奥から、エプロン姿の女性と、小さな女の子がやって来る。


妻と、娘だった。


「今日は遅くなるんだっけ?実験だとかなんとか言ってた気がするけど」


「夜通しやるわけじゃないし、定時に上がれると思うよ」


「そう…」


妻は自分よりも1歳年上だが、年齢を感じさせない若々しさを保っている。色白の肌に、和風美人線とした顔立ち。出逢った頃から殆ど変わっていない。せいぜい、ロングだった髪型がショートカットに変わったくらいだ。色々と口煩い女だが、育児疲れしているはずなのに労ってくれることは忘れない。いつも、こうしてわざわざ見送りしてくれる所にも、それは表れている。感謝しかない。


「おとうさん、早く帰ってきてね!」


「そうするよ」


娘も娘で、生まれつき容姿に恵まれている。大きいクリクリの瞳は、自分に似たのだろうか。親馬鹿と言われようが、愛娘の可愛さは、やはり譲れない。


つまるところ、アモウにとってはこのあたりまえの日常こそ幸せだと思えた。


「行ってきます」


部屋を出て、鍵を閉める。


いつも通りの、朝だ。


空は生憎の曇天模様らしい。


何処と無く、気が重たかった。







秋津理化学研究所・生物学研究部門。その研究施設は、秋津理化学研究所の中でも大多数を占めるセクションである。様々な生き物の生態や特性・能力。そして、遺伝子配列。扱う生き物は爬虫類から哺乳類、両生類と多岐に渡るが、言わずもがな現状のトレンドは昆虫である。


ゴンダが掲げるセル・プロジェクトを迎えた当日。同部門の職員達は通常の出勤時間よりも早めに現場に到着しており、その中には変わらず眠たげなゴンダの姿があった。


「準備は万端。あとは実験次第ってところか」


「結果に関しては問題ないでしょう。被験者の容態も安定しています」


ショートカットに、どこか中性的な顔立ちの若い女性が、ピアスを弄りながらゴンダへ被験者の現状を記した書類を手渡す。どこか気怠げで、リアルタイム更新からか、その内容は手書きだった。


「…移植したゼフィリティス・モルフォの細胞を、所定の数値まで安定させています。機能面・転写量には問題ありません。人間のDNAと、うまく調和しているようです。拒絶反応も一貫して見られませんでした」


「では、被験者は予定通り蛹になっている、と」


「一昨日の未明に、蛹の状態に入りました。ゼフィリティス・モルフォとしては蛹状態になるまでの期間が早いようですが、被験者の体質に合わせた変態だと考えて、間違いないでしょう。押さえたラボに待機してもらっています。実験の予定時刻…11時台には羽化…セルアウトを迎えると推測されます」


「ようし。これでサクマ所長もさぞや驚くだろーな。ゼフィリティス・モルフォは蝶としては高価だけど、上手く行けば経費に関してボヤかれることもないだろうし」


エナジードリンクの缶、その蓋を開けるゴンダを尻目に、女性‐アキノは、白けたように目を細めた。


「…ゴンダさん。セル・プロジェクトの話をトウコさんに漏らしたらしいですね」


「あん?そうだっけか?」


「…トウコさんは元々観葉植物研究部門の人間ですよね?それが、最近になって私達と同じ生物学研究部門にやってきた。アモウさんも言ってましたよ…何で急に、観植研を抜けて他のプロジェクトに参加するんだ、とね」


「何が言いたい?」


「何で、部外者に話したりしたんです?私達はプライドを持って研究を重ねていたんじゃないですか?」


アキノの目線は、明らかに怒りの感情を含んでいた。


「昔からの知り合いだかなんだか知りませんけど…勝手なことはしないでほしいんですよ。研究してきたデータを簡単に他人にひけらかすだなんて、一体何を考えているんです?」


「勝手なこと、ね。サクマさんにも同じことを言われたよ…」


「だったら…」


「うるせえな!やる気のない奴に任せるより、使える奴をとことん使う!その方が効率がいいだろうが!?」


突然の怒鳴り声。


アキノは、少々たじろいでしまう。


「あれを見てごらん!ああやってベッタベタするばかりで、禄に研究もしねえ奴がいやがる!それで、進捗が進むのか!?ああ!?」


ドリンクの缶を、奥で談笑している男女へ向けるゴンダ。


その二人‐カタクラと、シロンは気怠げに顔をこっちへ向けつつも、知らんぷりを決め込んだ。


「アキノ…お前はよくやってくれたよ。研究の成果も上々だと言っておいてやる。だが、あいつらは何もしていない…!」


「し、シロンは真面目に研究に…」


「確かにシロンは真面目だ。だが、それだけだ。熱意が微塵も感じられなかった!現代医学の飛躍に繋がるかもしれねえこの研究に携わるってぇことがどれだけ偉大なことなのか…その自覚があいつにはねぇんだよ!何がプライドだ!」


中身が入ったままの缶を、机に叩きつけた。


「カタクラに至っては唯のバイトだ…ハナから期待などしちゃいねえ…それよりもだ…」


「な、何を…」


「社内恋愛しようが、社内で如何わしい行為をしようがおれは何も言うつもりはねえ…だが、地味で機械的に業務をこなし、大人しいふりをしていながら、プライベートでは派手っ気のある振る舞いをして、他の女から男を寝取るような女は…おれはそもそも嫌いなんだよ…!信用なぞ出来ん!」


ゴンダが同性愛者なのはアキノも知っているが、彼は時たまこうやって女性を軽視した発言を取ることも、また知っていた。


だが、シロンのプライベートを引き合いに出して批難するのは、少々御門違いに思えた。


「分かるか?崇高な計画に研究…そんなものに、ふしだらな女が携わることが、どれだけの汚点となるか…」  


「しかし、だからといって…」


「トウコは使える。あいつは、おれが命じればなんだって熱心にしやがる…だからこそ、おれが引き抜いたのだよ。どうせ、あそこは暇だからな。お前の言う通り、奴とは社会人になった後から、長い付き合いだよ…ここに来る前から」


「……」


「歯切れの悪い顔をしているな?まあいい…どうせお前のことだ。トウコがいけ好かんだけだろうが?あ?おれと同じじゃないか?それでデカい口が叩けるのか?あぁ!?」


「トウコさんを好く人が、ここにいるかも怪しいですけどね!」


今度は、アキノが罵声を上げる。


蹴飛ばしたゴミ箱を尻目に、彼女は白衣の襟を正しながら部屋を去っていった。


「…話の分からん女の相手をするのは、いつだって苦手だよ」


「アキノさん、ご乱心でしたね」


入れ替わるように、そのトウコが入ってくる。


年はゴンダよりも二つ程年上で、茶髪のボブヘアー。言い方は悪いが、老婆を思わせる濁った声で、お世辞にも顔つきは然程の美人とも言えない。普通の、年相応の顔だ。


「…お前さんを研究チームに加えたことが、余程気に食わなかったらしくてさ。今、おれに当たってきたところさ」


「私が気に食わないと?」


「そ。いるんだよねえ…若い奴には特にさ」


白衣の襟を指で摘み、それをパタパタとさせる。ソファーに座っているせいか、肥えた腹が余計に際立っている。


「人間、所詮求められるのは能力なんだよ。特に仕事場においてはね。じゃなきゃ、前に進まん。シロンもそうだが、アキノもアキノで自覚がないってこった」


「偉大なプロジェクトですものね」


トウコは、まるでゴンダを神聖視するような口調で話す。


それに、彼はニヤリと笑った。


「あー…多分、そーゆーとこ。そーゆーとこなんだよな…お前が嫌われる理由」


「仰っている意味がよく分かりませんが…」


露骨に嫌われるというワードを出された為か、トウコが少々眉をピクつかせた。


「媚を売りたがる奴は嫌われる。特定の相手に対して、しかも露骨に表に出したがる奴は」


「私では役に立たなかったのですか」


「いんや。さっきも言ったろ?シロンやアキノよか、よっぽどよくやってくれたよ。ただ…」


「ただ?」


「個人的には…アモウさんにも手伝って欲しかったかな。もっと表面的に、さ」


一際小さい声で呟くと、ゴンダはソファーから立ち上がった。







「おはようございます」


「トモエさん」


指定の、大型研究ラボ。


セル・プロジェクトの実験に宛てがわれたこの場所には、既に多くの職員達が集まっていたのだが、トモエが姿を現したことにアモウは意外だと思った。


「強制参加は社員だけですよ?別にトモエさんが来ることも…」


「怖いもの見たさ、というんですかね。折角だし、来ちゃいました。私もサボテンの観察には飽きていたし」


トモエはそう言い切ると、大学の講義室ばりに広い部屋の、奥に置かれた大型の水槽を見やった。


球体状なのだろうが、暗幕が掛けられていて中は見えない。


「資料、見ました。あの中に被験者の人が入っているんですよね…」


「多分ね。今日になってやっと現実味が出てきたけど…」


物々しい。


そして、不安にさせられる。


あの大きな水槽に昆虫の遺伝子を移植された人間が入っていると思うと、アモウは悪寒を感じずにはいられなかった。


そもそも、その被験者とやらはどうなっているのか。


人間としての形を保っているのか。


ましてや、生きているのか。


トモエもそうだが、ここに来てアモウはゴンダの手掛けた計画の規模の大きさに、改めて戦慄する思いだった。


「チクショー!あのデブ!!ざけやがって…」


甲高い声を上げながらアモウとトモエの間に割って入ってきたのは、アキノに違いなかった。ゴミ箱を蹴飛ばした時についたのか、白衣の裾にはコーヒーらしき染みが付着している。

その大声には、周りの職員達も好奇の視線を向けていた。


「どうしたんだアキノ。随分と…」


「どうもこうもないですよ!ゴンダの野郎!!」


「揉めたの…?」


怪訝な表情をするアモウとトモエに対し、アキノは唾を吐き捨てるような口振りで返した。


「アモウちゃんに聞いた通りですよ…やっぱりあの野郎、トウコに話してやがったわ…」


「ということは、やっぱりトウコが抜けたのはゴンダさんの手引きだったんだな…」


トウコは元々、観葉植物研究部門でも問題の多い女だった。


まるで仕事らしい仕事はせず、全て周囲に投げっぱなし。やることと言えば、備品のノートパソコンから出会系アプリを覗くことくらいである。


ゴンダのコネで秋津理化学研究所に入社してきたとは聞いているが、まるで使い物にならない。


アモウにとってもトモエにとっても、傍迷惑な存在でしかなかった。  


観葉植物研究部門にはアルバイトの研究員も何名かいたのだが、皆辞めてしまった。言うまでもなく、原因はトウコだ。


そして、そのような悪評は直ぐ様に広がるというのが世の中というものだ。


アキノも、あの女が正直好きではなかった。


そんな女が、ずかずかと自分達の研究チームに入ってきて、ああだこうだと偉そうに意見を述べてくる。たまったものではない、とアキノは声高に主張した。


「ほっとけよ…どうせそっちでも直ぐにお払い箱になるんじゃないのか?」


「いやー…あのおっさんが随分入れ込んじゃっててさー」


アキノは元々ダウナーだが、今日はいつにも増して気怠さが出ている。それに、アモウには時折こうやって馴れ馴れしく話してくることもある。年齢は一回り以上も離れているが、特に気にしたこともない。


ともかく。よっぽど、嫌な思いをしたようだ。


「で、ここにいていいのか?実験の準備があるんじゃないのか?」


「もう大方終わってますよ。あとはあのおっさんがやってくれます」


「そうか。俺が気にすることじゃなかったな」


「ところでアキノさん。大丈夫なの…こんな実験をして」


「ああ、結果っすか?大丈夫ですよ、それに関しては。私もそこは真面目に取り組んで来たし、何度もシミュレートしてるし。トモエさんは心配しないで!ね?」


「なら、いいんだけど…」


「しかし、その研究チームの職員が、こんなところで油を売っているのはやはりどうかと思いますが?」


さらなる来訪者の言葉に、アキノは背筋を伸ばす。


「さ、サクマ所長!」


少々意地悪そうに、しかし爽やかに笑う中年男の姿が、そこにあった。


「言いたいことは分かりますが、それは後で私が聞いてあげましょう。今は実験の方に注力して頂かなくては。ゴンダさんに丸投げなどしないように」


「わ、分かってますよお!」


露骨に「あっかんべー」の仕草をしながら、アキノは部屋の奥の方へスタスタと足早に去っていった。


「サクマ所長。おはようございます」


「アモウさんにトモエさん。すみませんね。お二方とも巻き込んでしまって」


「いえ、わたしは自分からここに来ましたから…大丈夫です」


トモエが、控えめな口調で話した。


「…セル・プロジェクトですか。秋津理化学研究所設立以来の、一大プロジェクトだ。ゴンダさんの気の入りようは凄いものです」


「言い方が悪いかもしれませんが、サクマ所長は肯定派なのですか」


今度は、アモウが前に出る。


「肯定派だと言いたいところですが、私も人体実験が絡む以上、正直不安に思いますよ。そもそも、あの被験者も外部の人間です。何かあったら、我々はその責任を取らねばなりませんからね…」


サクマは神妙な面立ちだった。


責任者という立場上、稟議を下ろすのには苦渋の決断をしたのかもしれない。彼の横顔は、どこか落ち着かないように見える。


「…ですが、医学の発展に貢献出来る可能性があることも、また確かです。若い人間が研究に研究を重ねて辿り着いたプロジェクト。それを頭から否定する気にもなれなかった。そんな所ですよ」


「サクマ所長…」


「すみませんね。私がこのような気持ちでいては、いけないのですが…」


「お気持ちは…分かります。烏滸がましい言い方かもしれませんけど」


その時、不意に部屋のざわめきが収まった。


見れば、奥の壇上にはゴンダの姿がある。彼は、マイクを取って早速喋り始めた。


「皆様おはようございます。朝早くにお集まり頂きまして、恐縮です」


よく見ると、横にはトウコの姿もある。まるで、ゴンダの腰巾着だ。


「皆様に支えられて、ようやくこの日を迎えられました。…セル・プロジェクトを、只今より開始致します」


「遂に始まるんですね、アモウさん」

「ああ…」


どうにも、急に不安になってきた。


本当に、大丈夫なのか?ゴンダさん。


昆虫人間を作るなどという行いが、本当に医学の発展になるのか?


トモエも同じ思いだろうか。


横目で見ると、心なしか手が震えているようだ。


「開始するといっても、被験者は既に蛹状態になっています。そして、やがて羽化するでしょう」  


蛹?


羽化?


混乱していたのはアモウだけではないだろう。


彼らは、トウコが取り払った暗幕、その下に隠された水槽を見て驚いた。


硬い、しかし透明な外殻の中で、まるで胎児のように身体を丸めて浮かぶ裸体の女性の姿が、そこにあったからだ。


これが蛹…だと?


再びざわめき始めた彼らを、ゴンダが静めるよう手を上げる。


「驚くのも無理はないでしょう。我々は、この被験者に適合する昆虫…ゼフィリティス・モルフォの遺伝子を移植し、この状態にまで培養させました」


続いて、今度はトウコが話し始める。


「蝶という昆虫、特に我々は、その食性に注目してきました。彼らは口吻を用いて、ストローで啜るようにして食事を行います。噛む力が衰えた人間にとってみれば、この能力が開花すれば点滴や食道手術といった無粋な医療を用いることも無く、無理のない食生活を送れるでしょう」


「偉そうに…」  


壇の横に佇むアキノが、小さく毒づいた。


「食事に関する療法は、しれている。なので、我々は被験者第一号にかような措置を取ることとしました」


僅かに、水槽の中の蛹にヒビが入った。


明確に、硬いものが割れる音がする。


「セル・プロジェクトが我々にもたらすものは多いでしょう。人間はまた、新たな革新を経て進化を果たすのです」


またも、ヒビが入る。


それは忽(たちま)ちのうちに蛹全体に大きな亀裂を生んでゆく。培養液の中にも、心なしか泡が発生し始めた。


「さあ、まもなく羽化の時を迎えます。皆様、新たな時代への幕開けを、拍手を以てお迎えくださいー」


蛹が割れ、次いでー


「うわっ!?」


前に集まっていた職員達が、驚きの声を上げる。


水槽が粉々に破壊されたかと思うと、そこには「進化」を果たした被験者がすっと立っていたのだ。


青紫色に染まった身体に、背中から生えた優雅な翅。そして、額から伸びた触覚。そのあちこちからは、浸かっていた培養液がポタポタと滴っている。


どう見ても、これが奴らの言う「進化」だとは思えない。見るに耐えない、醜い姿だった。


「あ…ああ…」


被験者の女性が、目を見開く。


そこに、瞳孔は存在していなかった。


「ひっ!?」


「おっ、おい!これで成功なのか!?」


「どうなんだ!」


野次が飛び交う中で


「ゴンダさん…?」


ゴンダは不敵に笑った。鼻で笑うように。


言うならば、相手を小馬鹿にしたような態度。


その瞬間を、アモウは見逃さなかった。


「成功だよ?被験者は無事に羽化…セルアウトを経て、進化した。妖精(スプライト)という、新しい生物になぁぁ?」


「セルアウト…?スプライト…?」


次の瞬間、被験者‐ゼフィリティス・スプライトが大きく口を開けたかと思うと、けたたましい金切り声が部屋中に響き渡った。


鼓膜が破れそうになるくらいに、不快で、そして馬鹿にされたような、ふざけた声だ。


アモウもトモエも、そしてサクマも自身の耳を塞ぐしか術はない。何より、突然の連続で、思考が回らない。原始的な行動を取るに他ないのだ。


「な、何だ!?このうるせえ声はぁ…!!」


「くくくっ」


「…?ゴンダさん…!?」


手にした研究資料を放り投げるゴンダ。彼は金切り声に苦しむ職員達を見下ろしながら、今度はヘラヘラしだした。不思議と、彼はこの不快極まるノイズは気にならないらしい。


何故か、平然としている。


「成功だ。セル・プロジェクトは成功したんだ。へっへっへ…」


何を…言ってる…!?


これの何処が成功だと言うのだ…!?


「おい、馬鹿野郎共。よく聞きな。そして、足りねえ頭でおれの言うことをきちんと理解しろ。二度と同じことは言わねえからな」


ゴンダは、そのまま直立不動で金切り声を発しているままのゼフィリティス・スプライト、その横に降りていった。トウコも、同じようにニヤついた顔で職員達を見下ろしている。


「結論。人間を辞めりゃあ、もう医学に依存する必要なんかねえってことだ。分かったか?このアホ共が」


「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「あっ…ああぁああぁ…!!」


「ひっ!?ひぃぃ…!?」


金切り声が続く中で、今度はあちこちから苦悶の声が上がり始める。


見れば、アキノも頭を抱えながら蹲っていた。


「どっ、どうしたんだみんな!」


サクマが慌てて声を張り上げつつも、鋭い視線をゴンダへ移す。


「ゴンダさん!!どういうことか…説明して…もらおう…!実験は…失敗だ!これ以上は…」


「サクマさん。稟議を下ろしてくれて助かったよ。お陰でセル・プロジェクトは大成功だよ。そ、大成功…繰り返し、言いたくなるフレーズだなぁ?」


「何を言ってる!?これの何処が…」


「うううっ!?」


「…?アモウさん!?」


トモエは、横にいたアモウが苦しみながら膝を折っていることに気付いた。


「ぐっ…うっ」


強い、動悸が走る。


「アモウさん!どうしたの!?アモウさん!!」


トモエの声が、綺麗に聞こえない。


それに目眩がする。


視界がぼやけ、身体が変な熱を帯びていることに気付いた。


何なのだこれは。


僕の身体は…どうなって…


「シロン!!シロン!?おい!?」


「!?」


見れば、あのカタクラも同じように苦しみ悶えるシロンの身体を揺さぶっていた。


だが奇妙なのは、ぼやけていた視界がクリアになったかと思うと、アモウにはその光景が幾重にも重なって見えたという事実だ。


これではまるで、


「虫の複眼…?」


ま、まさか…


「ギ…ギィヤァアアアアアアアアアアァアアア!!!」


怒号の叫び声を上げ、立ち上がったシロン。


その体表は見る見るうちに破壊され、その内側から悍(おぞ)ましい姿をした化け物が「孵化」した。


「シロン…!?シロォォォン!!」


百足だ。


シロンの中から這い出てきたそいつは、あからさまに百足の姿をした化け物だった。


そして、また


「うううううっ!?」


耳鳴りと頭痛が、アモウを襲った。それと同時に


「キャァァァァァァァ!!!!」


トモエを皮切りに、悲鳴が部屋の中で木霊する。


「ふん。やっぱシロンは失敗かぁー」


ゴンダが百足の化け物を無視して、アモウの前に歩み寄っていく。


相も変わらず、いつものコミカルな歩き方だ。それが、今のアモウには酷く癇に障る振る舞いに思えた。


「ゴンダ…さん…あんた…まさか…!?」


「アモウさん。ごめんね。でも、君なら分かってくれると思ったんだ」


「な、何を…」


「身体が変調してきているだろう?ちょっとの辛抱だから、耐えてくれよ」


「せ、説明しろっ…!!どういう…!?」


不意に、左手首が熱くなった。


そして…


「うっ、うわぁぁぁぁぁ…!!??」


裂けた自分の左手首から、何かが生えてくるのを見て、アモウは絶叫した。


「被験者はあの女だけじゃない。だが、君達を覚醒させるためには必要な存在だった…増幅器(ブースター)としてね」


「あああっ…!!と、止まれ…止まれぇぇ!!止まってくれぇぇぇぇ!!!何なんだこりりゃぁあああ!!!??俺の身体に…何をしたんだぁああああああああ!!!!」


変異は続く。律儀にも、皮膚が裂ける痛みだけはきちんとあった。


「羽化(セルアウト)が終われば、君も進化する。まもなくな」


「あっあ…うう…こ、これはっ…!?」


「アモウさん……?」


彼の左手首から生え出たものは、誰もが見たことがあるであろう、蟷螂(かまきり)の前肢。それは、彼から「あたりまえの日常」を奪うには充分すぎる「進化」だった。





-Junction




Akitsu RIKEN Staff Profile File 2


Name:Tomoe Tokiwa

ID No:06208808

Age:30

Birthday:10/8

Height:168cm

Weight:53kg

Blood type:A

Affiliation:Foliage plant laboratory



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