八重代やえかはDID探偵
あはの のちまき
序章
一頁
ただ熱に魘され、生死を彷徨っただけだった。
否。他人から見れば一触即発の危機だろう。実際そうだった。意識をなくした状態で運ばれ、緊急治療室に横たわる"オレ"の姿は、誰もが見ても今後の運命を決めるものだ。
けれど結果オレは生き残った。熱は下がり、呼吸器や沢山の管は外され、病院から退院した。
オレは無事だった。
そう、身体、みてくれだけなら。
ーー
学校生活にも慣れた、初夏の出来事だった。
この街の高等学校に転校生がやってくる。それも、ふたり。
やって来たのはふたりの男女。黒色の長い髪の毛の痩せぎすの少女と、三白眼で強面の男。
「
「
覇気のない声、無気力な声が教室に鳴る。それぞれふたりは淡白に挨拶を済ませ、このクラスのホームルームも終わりを告げる。
季節外れの転校生に、クラスは騒がしくなった。
「何処から転校してきたの?」
「二人同時って偶然?」
「この季節になんて珍しいねー」
質問責めをしてきた三人組は、福田、松井、静川だった。三人共アホ面……平和ボケしたような顔をしている為、"アホ面三人組"なんて呼ばれ方をしている。そう説明を受けた八重代は、何処か遠くを眺めながら「へー」と適当な相槌を打った。
ぱちくりと様子を見ている三人組に、困り顔で溜め息をついた解良が代わりにとばかりに応える。
「八重代は風邪で入院していたんですよ」
強面の表情とは裏腹に、優しい口調で話した。八重代の事を呆れた表情で見つめて圧をかけるが、八重代は眠そうに欠伸をしている。
「という事は解良氏は八重代氏と知り合い?」
福田が大きな瞳で興味津々に訊ねる。解良は「嗚呼」と気が良さそうに返答する。
「俺は八重代と腐れ縁と言うか……身体が弱い此奴の世話を任されているんです」
「そうなのかー。仲良い?」
松井が訊ねる。
「まあ……そうですね。悪くはないと思います」
「八重代ちゃんはどんな子?」
静川が訊ねる。
「……変わり者、ですね…」
そこで苦笑して、解良はちらりと八重代を見た。八重代はぼんやりとしていたが、視線に気付いたようでこてん、と首を傾げた後、手を振った。
覇気のない表情、だが澄んだ瞳を持つ可憐な少女。彼女を見たアホ面三人組は、ぽっと頬を染めて照れたような反応を見せる。
今度はそれに、解良が首を傾げたようだった。
「……どうしたんですか?」
「どうもしてないと思うよー」
「あのですねえ……"シトリ"……」
そこで彼も口を噤み、ひとつ溜め息をつくのであった。
ーー
日々学校生活は続く。
解良はその気の良さでクラスに馴染み、八重代はマイペースさと軽すぎない性格から浮く事もなく過ごしていた。
異変が起きたのは数日後だった。
八重代が不可思議な行動を起こすのだ。
「八重代……」
教師が頭痛を訴えるような表情をする。八重代はぽかんと呆けている。
「どうして窓ガラスを割ったんだ」
「……判りません」
「八重代……どうして暴言を吐いたんだ」
「判んない」
「八重代、クラスメイトを殴ったと聞いたが」
「判りませーん」
増える問題行動。動揺するクラスの人々。八重代は日々人が変わったかのように暴力的になっていった。
時には怒鳴り、大泣きし、何事もなかったかのようにぼんやりして、再び怒り狂う。その繰り返しだった。
当の本人、八重代は"何が起きたか分かりません"という顔でぽかんとしている。もう教師にもお手上のようだ。
そこで名乗りを上げたのが解良だった。
彼は職員室に向かい説明した。そしてクラスの人々も知る事になる。
彼女の、八重代やえかの"症状"の事を。
「八重代は解離性同一性障害患者なんです」
八重代やえかはDID疾患者……つまりは解離性同一性障害、多重人格者だと言う。
彼女は日々彼女の中にいる別人格と入れ替わり、言動を変えては記憶を失う、解離性健忘を起こしているらしい。
「それでも彼女のやった事は"彼女達"の責任です。ちゃんと謝らせます」
そういう解良は、横に立つ八重代の頭を無理矢理下げ、「すみませんでした」自分も頭を下げた。
クラスメイトは八重代や解良を除け者にはしなかった。
寧ろ教えてくれてありがとうとより一層親しみを込めて接するようになる。八重代はいつも通り呆けた表情で周りに目を配り、そして目を細めると微笑んだ。
「ありがとう……"わたし"を受け入れてくれて」
ーー
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