ずーっと目を離さないでいるね

文月みつか

第1話 切り離さないで

 手。足。耳。鼻。どこから手をつけようか。

 この前と同じように耳からかぶりつこうかと思ったが、腹のほうもつやがあってうまそうだ。まるで疑うことを知らない瞳が、俺を見つめる。ごめんな。痛くないように、一瞬で食べてやるからな。


 ……よし、決めた。頭からいこう。俺は首根っこをつかんだ。


「胴と頭を切り離さないで!」


 卯月うづきが悲鳴を上げた。


「そんなこと言ったって、ちぎらないと食えないだろう。このパン、大きいし」

「自信作なのに……」


 俺がつかんでいるのはかわいいうさちゃんの形のパンだ。


「いやなら普通のパンにすればよかったじゃん」

「この前悔しかったんだもん。ふーくんが、生首が並んでるとか言うから」


 卯月は先週もうさぎ型のパンを作ってふるまっててくれたのだが、天板に整然と並べられた顔だけのうさぎを見て思わずそんなことを言ってしまったのだ。


「なんだ、俺のせいだったのか。でもさ、やっぱりこのサイズは、ちぎるしかないだろ」

「そうだけど……なんかふーくんのさっきの目つき、殺人鬼みたいで怖かったし。思わず止めなきゃって思ったの」

「んー、たしかに心の中はそういうノリだったかも」


 気にせずひょいっと耳をちぎって口に入れたら、卯月は自分の一部がもぎ取られたみたいに「あーーー!」と悲鳴を上げた。


 すかさず「うん、うまい!」と感想を言うと、さっきまでの険しい表情が嘘のように「本当?」と言って喜んだ。こういうところがかわいいんだよね。


 たまに意地を張ることもあるけど、よく笑うし、料理上手だし。


 少しマイペースで抜けてるところもあるかわいい彼女と、手作りのパンを食べてふざけあう休日の午後。平和だ。実に平和だ。こんなに幸せでいいのだろうか。


「ところでふーくん」


 卯月が何やら見覚えのあるものテーブルの上においた。


「これは、誰にもらったのかな?」


 にこにこと、たゆまぬ笑顔でタータンチェックのハンカチを指先ではじく。


「こ、これはですね……」


 たしか先月、バレンタインデーに職場の女子たちにもらったものだ。


 隠しても不利になるだけと判断し、俺は正直に話した。


「……だからさ、別にやましいことなんてないし、深い意味もないんだよ」

「ふうん。でもこれ、ブランドものだよ? そこそこいいお値段すると思うけど」

「え、そうなの?」


 そういえば女子たちが男性陣に配っていたのはクランチチョコだけで、ハンカチは林さんからもらったものだったっけ。てっきり全員に渡しているものと思っていたのだが、違ったのか。あー、これは少し雲行きが怪しくなってきた。


 ちなみに林さんというのは職場では男女問わず人気の気さくな美人さんだ。


「卯月がいやだって言うならもう使わないよ。今すぐ捨てるから!」


 本当はもったいないような気もするけど!!


「あ、そう?」


 卯月はうさぎパンを手に取り、ゆーっっっくりと首をちぎった。


「まあ、いいけど」


 どうやら、命拾いしたようだ。俺の代わりにうさちゃんの首がもがれたけど。ごめんな……


 ほっとしてコーヒーを口に流し込む。ミルクと砂糖を入れたはずなのに、やけに苦く感じた。

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