第2話 公爵家の長女

ようやく馬車に乗り王宮を後にする。王族二人との立て続けの面会でもう倒れこみたい程なのに、この後には間違いなく父、ディケンズ公爵が待ち構えているだろう。婚約解消を申し付けられたことを慰めてくれるような人ではない、私にとっては。情けないと叱責を受け、なんとしても婚約者の座を死守するのだと責められるだろう。殿下とエミリー様の睦まじさが噂になる度、これまで何度も繰り返してきたことだ。でも今回は噂ではなく、婚約解消の申し入れ。「申し訳ありません」「頑張ります」では許されないだろう。恐ろしい。


背もたれに体を預け、目を閉じる。石畳を蹴る馬の蹄の音が遠のいて、意識が吸い込まれていく。もう、このまま目覚めなくても…。


私は国内でも有数の貴族、ディケンズ公爵家の長女として生まれた。こげ茶の髪にこげ茶の瞳。顔立ちはそう悪くはない、と思う。高位貴族にしては地味過ぎる色合いは、父方の祖母に似ているといわれる。5歳上の兄と2歳下の妹は母方の血が濃いようで、美女と名高い母とよく似た面差しに輝く金の髪。空を溶かしたような青い瞳をしている。兄は容貌だけではなく、文武にも才を見せる大変優秀な後継ぎだ。親の期待を背負い、見事その期待に応える。一を聞いて十を知り、なんでも卒なくこなす。だから、努力をしても結果が伴わないこともあるなんて思いもよらないのだろう。


そんな、何でもよくできる兄の次に生まれた私にも、両親は最初は「期待」してくれていた。私も兄のようになれると思い頑張った。でも、何かにつけて「その頃の兄」よりも出来が悪かった私から、両親の関心は離れていった。女児だから武はだめでも、せめて文はと、兄に追いつきたくて幼いながら私は勉強に励んだ。しかし、タイミング悪く、その頃には妹はかわいい盛りを迎えていた。母によく似た美しい面立ちで愛らしい笑顔を振りまく。両親はまるで「初めて女の子を授かった」かのように、かわいらしいドレスやおもちゃを妹のために集め始めた。私は長女だけれど、兄の次に生まれたことで「初めての子供」にもなれず、兄のスペアとして認識されたことで「初めての女の子」にもなれなかった。そして兄ほどには成果をだせず、結果「後継ぎのスペア」にもなり損なった。秀でた才もなく、美しさもない。地味な色合いで、特筆すべきところのない存在感のない娘。両親にとって付加価値のない子供。それが私だった。


そこで諦めてしまえばよかったのかもしれない。努力などやめて、空気のように存在感のない透明な長女でいればよかったのかもしれない。でも、まだ諦められなかった。

使用人が用意した「公爵家の長女らしい」衣装を身につけ、兄のお古の本で勉強を続ける毎日。顔かたち、髪や目の色は変えられない。であれば、せめて勉強だけは。兄には及ばないとしても、年下の妹に劣るといわれたら、私には何もなくなってしまう。せめて姉として、妹よりは高い学力を維持しなければ。幼い私が考え得る限りでそれだけが、「公爵家の長女」としての矜持を守る最後の砦だった。

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