運命の歯車は誰が回すのか
こう仮定してみてはどうでしょう。Aさんは街を歩いていました。Bさんはその街にある駅で電車を降りました。Cさんはその街のハンバーガーショップで働いています。ではこのAさん、Bさん、Cさんが街で出会うのに最も効率的な方法は? 答えはやはりそのハンバーガーショップを出会いの場とする方法でしょう。今、まさにそれが実現しようとしているのです。つまりすでに仮定ではなくなっているわけで、つい今し方、Cさんがハンバーガーショップの1番レジについたところであります。
「いらっしゃいませ」
街を歩いていたAさんが店内に侵入。Aさんは何番レジに並ぼうかと迷っています。それを見た1番レジのCさんが「お客さま。こちらへどうぞ」と誘っています。
そのころBさんは「腹が減った」と考えはじめました。「あのハンバーガーショップへ行こうかな」とも。Bさんは一歩一歩、確実にその街にたった一軒のハンバーガーショップへ近づきつつあるのです。ここで運命の歯車が回りはじめます。歩道を歩いていたBさんが転びかけたのです。思わず前を歩いていた女の肩をつかんでしまいます。驚く女。
「何するの。あ、Bさん」
その女は先月別れたばかりのBさんの元彼女だったという仕組みです。運命の歯車は回転数を増していきます。
「Bさん、まだあたしの周りをうろついていたのね。ストーカー行為で訴えるわよ」
「違うんだ。偶然なんだよ」
「何がどう偶然なのか、あたしにわかるように説明してほしいわね」
「そうだ。これから一緒にあのハンバーガーショップへ行こうよ。ぼくはただ一人で行くつもりだったんだけれど……、これも何かの縁だよ」
「あのハンバーガーショップねえ。一年前、あたしたちが二人そろってクビにされた店じゃないの。Bさん、よく平気で行く気がするわね」
「とにかく立ち話もなんだから」
Bさんは元彼女とともにハンバーガーショップへ向けて歩きはじめました。そのころ、ハンバーガーショップではAさんが何を注文しようかと思案中でした。あまりに長いこと決まらない様子にレジ係のCさんは、
「お決まりでしょうか」
と言うと、Aさんが激しい口調で怒鳴ります。
「今、それを考えているところですよ」
この時点で1番レジに険悪なムードが漂いはじめます。運命の歯車はすでにギアチェンジしている模様です。店内にBさんと元彼女が入ってきました。Bさんが、
「何注文する」
「あたしはコッテリバーガーのセット。ドリンクはホットココア」
「じゃあぼくもそれでいいや」
「やあね」
「何が」
「Bさんにはいつも自分の意見っていうものがないじゃないの。いつでも何でもあたしと一緒。それが原因で別れたんじゃない」
「じゃあぼくはサッパリバーガーのセットにするよ」
「いやあね。その妥協的な感じ」
「そんなに文句ばかり言うなよ。もう別れているんだから」
「そうね。どうでもいいことね」
Bさんは最も列の短い1番レジに並びました。Aさんから数えて二人目であります。ここで運命の歯車にターボエンジンがかかります。レジ係のCさんが怒鳴ったのです。
「いい加減に早く決めろよ。あとがつかえているんだからさあ」
するとAさん、にらみ返して、
「おれは客だぞ。客に向かってその態度は何だ」
「何だもへったくれもねえ。早く決めろッつってんだよ、このおっさん」
「おっさんだと。おれはまだ二十代だ。おっさん呼ばわりされる憶えはねえ」
「ずいぶん老けてるなあ。二十代でそれじゃあ、四十代で死んじまうんじゃねえのか。ざまあみろ」
「なんだと」
レジを挟んでAさんとCさんが組み合いました。それを見た平和主義者のBさんが止めに入ります。
「喧嘩はいけませんよ。喧嘩は」
Aさん、Cさんが怒鳴ります。
「うるせえ。関係ねえやつはすっこんでろ」
どかッ。Aさんの足蹴りを受けて、もんどりを打つBさん。
「痛い。弁慶の泣き所をやられた」
もう運命の歯車はターボ全開です。Bさんの元彼女が叫びます。
「店長、店長。一年前にやめたエリザです。早く出てきてください」
AさんとCさんはすでに取っ組み合ってレジ前を転がり回っています。他の客は逃げるばかりです。Bさんの元彼女・エリザがAさん、Cさんのあいだに入ります。
「やめてください。お店がめちゃくちゃになってしまいます」
「何だなんだ何だ。おッ、なかなかいい女じゃねえか。おれたちと格闘する気か。いいだろう。やってやる」
AさんとCさん、二人がかりでエリザの服を引きはがしにかかります。それを黙って見ているBさんではありませんでした。
「やめろー。エリザに手を出すな」
Bさんはかたくエリザを抱きしめると、必死になってAさん、Cさんの暴力行為から彼女を守ったのでありました。
*
「ふー、こんなところかな」
天界から地上の様子を眺めていた恋の天使は、運命の歯車の動きを止めました。
「Bさんとエリザは結婚する運命にあるっていうのに、別れたりするから一苦労だったよ。おかげでAさんとCさんがとばっちりだ。まあ、たいした罪にはならないだろうから、よしとするか。エリザもこれでBさんのことを本気で愛してくれるだろう。あッ、また今度はあんなところで運命の赤い糸が切れそうになってるよ。恋の天使っていう仕事は本当、大忙しだな」
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