職人の意地

「わたしの愛犬の姿をこの流木にとどめてほしいのですが」


 彫刻師のもとを訪れたタミナは、その彫刻の素晴らしさをテレビで目の当たりにして、わざわざ海辺で大きな流木を拾ってきたのでした。愛犬というのは老犬と呼べるもので、老い先短いことがその息づかいからもうかがえます。


「あなたの彫刻の美しさはもとより、そのスピードに驚きました」


「あっしはどんな彫刻も一日以上、かけたためしがねえ」


 彫刻師はタミナが連れている愛犬を見ました。老犬です。今日一日すら、もたない、ということが職人独特の勘でわかりました。


「さっそく取りかかりやしょう」


 彫刻師の腕前は本物でした。ただの小汚い流木は、みるみるうちに老犬の姿をあらわしていきます。かッ、かッ、かッ、という木を彫る音が小気味よく刻まれます。


「できやした」


「え、もう?」


 タミナは驚きました。そのスピードもさることながら、見事なできばえ。言うことがありません。


「う、うーん。しかし……」


「しかし?」


「目。そうです、眼です。もっとこの老犬にふさわしい目つきがほしい」


 ふたたび木を彫る音が響きます。


「できやした」


「え、もう?」


 タミナは二度までも驚かされました。自分のリクエストした点を、ものの見事にクリアしているからです。


「う、うーん。しかし……」


「しかしって、まだ何かあるのかい」


「この犬も歳です。いつ他界するかもわかりません。やはり若き日の面影こそを永遠に残してやりたいと思うのです。できますか」


 彫刻師は無言で彫りはじめました。今度はいささか時間がかかりました。もう一刻の猶予もないことがわかっていましたが、見たことのない若かりし姿をあらわすことは難儀な仕事でした。それでも信じられないスピードで仕上げることができました。


「できやした」


 直後、ほんの数秒でしたが、静寂が流れました。――


「こ、これです。これですよ」


 タミナは言うことがないといった顔をしています。うっすらと涙すら浮かべて……


「ありがとう、ありがとう。やっぱり来てよかった。なあ、よかったなあ」


 愛犬はもはや答えることはありませんでした。静かに瞳を閉じていました。タミナは息絶えた愛犬を抱きかかえながらも、まだ子犬だったころの姿をおさめた彫刻を、優しいまなざしで見つめるのでした。


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