迷子はもう、やだよ

 ボヌルの家から電車に乗って、五つ目の駅を降りた町に新しい友だちが住んでいました。今日はその友だちの家にはじめて呼ばれて半日遊んで過ごしたのでした。

 さあ、これから帰ろうという段になって、友だちが急に困ったことを言いました。


「帰り道はわかるよね?」


 ボヌルは友だちに案内されて遊びにきたものですから、来るときの道はなんとなくしか憶えていませんでしたし、だいたい、すでに日は沈んで辺りは真っ暗でした。だから無事に駅までたどり着くか心配だったものの、


「うん」


 と返事をして歩きだしてしまったのです。

 暗くなるとふだんなじみのない道というものは、余計に心細くなってくるものです。けれども、歩きだしてしまったために、もう、友だちの家もわからなくなって、意地でも駅を見つけなくっちゃ、との意気込みと、駅にさえたどり着ければそこから先は簡単に家まで帰れるんだ、というちょっと甘い考えを後押しのようにして、すでに夜道となった道路を歩いていきました。


 と、不安が襲ってきました。


 さっき来た道にふたたび舞い戻ってしまった気がするのです。

 同じ場所を大きく回るように歩いていた気もするのです。


「迷ってる?」


 いや、そんなはずはない、とボヌルは自分の背中を押すように、一歩一歩に小さくかけ声するかのごとく、息を弾ませながら闇に落ちた街路を歩きます。


 そのときボヌルの心境はいかばかりだったでしょう。終電がなくなったら家に帰れなくなる、そんな考えが頭をもたげたのは、腕時計を見たときでした。


「迷ってる。迷ってる! 大変だ。帰れなくなっちゃう」


 泣きたい気分になってきます。暗い夜道にはほかに人通りもなく、誰かに道を聞くこともできません。

 目の前に少し明るい場所が見えたのは、それから三十分ほどが経過してからでした。


「線路だ! あれは電車の線路だ!」


 明るかったのは街灯のためか、もしくは線路を照らす灯火らしいのですが、今のボヌルにとってはそんなこと、どうでもよかったのです。線路を見つけた喜びでいっぱいなのです。

 そして線路をたどった先に、ついに駅を見つけます。


「駅だ」


 線路に沿って歩いて十五分ほど、駅を見つけたときの嬉しいことといったら、これ以上はない幸福を得たような、ホッとした気分でいっぱいでした。

 この夜、ボヌルは無事に帰宅しました。

 帰り道を道案内してくれなかった友だちのことがちょっとだけ、恨めしくなりましたが、自分の方向音痴を棚に上げて文句を言うわけにもいかず、結局、疲れから、翌朝までぐっすり眠りました。


「迷子はもう、やだよ」


 と、寝言をつぶやくボヌルでした。


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