一緒に罰ゲームをしたら、同期のトップアイドルの心の声が聞こえるようになった件
藤之恵
きっかけ
第1話 端っこ組の日常
目の前の大きな鏡には少女たちが16人並んでいた。
スターライトクラウン。うちが所属するグループの名前だ。うちの立ち位置は3列目の一番端っこ。
ここに入れただけで奇跡とも言える。
いつ人気のある後輩に追い抜かれてもおかしくないポジションだ。
「瀬名! ワンテンポ遅れてる」
「すみません!」
一生懸命ステップを踏んでいるはずなのに、どうしても遅れる。
あれって思った時にはすでに遅くて、慌てて直そうと思うと振りを間違えたりする。
そうなると、もうダメ。
ひたすら頭を下げるしかない。
「スケジュールはタイト。それはみんな同じなんだから、各自必要な練習をするように」
「はい!」
間違って音楽を止められて、先生とみんなに謝って、苛立たしげな視線が飛んでくるのを感じるたびに、胃がキリキリした。
どうにか間違わずに踊り終えて、荷物の置いてある楽屋に戻る。
シャワーを浴びて、あとは帰るだけ。スケジュールは、レッスン以外真っ白だ。
だけど、どうにも足が動かない
「はぁ、やっと終わった」
「大目玉だったじゃん」
荷物のそばにたどり着いて、崩れ落ちるように隣に座り込む。
カバンにつけたゲームキャラの推しのストラップが輝いて見えた。
少しだけ精神の回復を待ってからシャワーに行こう。
そう思っていたら、今回、隣のポジションになった秋野ゆうなに声をかけられた。
「ゆうな、迷惑かけてごめん」
「いいって、それにしても先生も端のうちらまでよく見てるよね」
「ほんと」
ゆうなは、すらりとした身長で綺麗な黒髪を持っている。
歌は卒なくこなすのだがダンスは苦手なようで、一緒に残り練習になることも多かった。
渡されたスポーツドリンクを受け取り一口飲む。
16人もいれば見逃してくれてもいいと思うんだけれど、ダンスの先生は決してミスを見逃さない。
ゆうなが入り口の方に視線を向けた。
「逆に、あんな真ん中なのに一回も怒られない小田っちは半端ないわ」
「振りも多いっていうのに」
そこにはちょうどシャワーを素早く終えてきた今回の曲のセンターがいた。
小田切エリ。
一応、同期で同い年。だけれど入った当初から、エリちゃんは真ん中の方にいて、うちやゆうなは端担当。
仕事の量も、振り付けの量も歌の量も、うちらの倍はある。
すごいなとぼんやり見ていたら、その隣にちたいらぬ火種に火をつけたようだ。
「ちょっと、端二人組」
エリちゃんの隣にいた春田がこちらに向かってくる。
うちは思わず顔をしかめる。
エリちゃんが完璧超人だとしたら、春田れんは仕切りたがり。グループを成功させたいという意志が強いのだ。
足を引っ張ってばかりのうちは、よく怒られていた。
「うげ」
「なによ、それ。もうちょっと意識して練習してきなさいよね」
ゆうなの後に隠れる。
春田は呆れたように腰に手を当てると、うちとゆうなに交互に視線を飛ばした。
うちは肩を縮めて体を小さくする。
ゆうなが苦笑して、春田の相手をしてくれた。
「あー、ごめん。春っち」
「エリーが頑張ってるんだから、足引っ張らないでよね!」
「ウィッス」
目を見ずに小さく答える。
申し訳ないとは思っているのだ。春田は間違ったことを言わない。
エリちゃんの頑張りは側で見ているだけでわかる。
言いたいことだけ言うと春田はすぐにエリちゃんの側に戻った。
「エリー、お疲れ。次は撮影?」
「ううん、インタビュー」
さっきまでの春田とは正反対の笑顔。
エリちゃんは素早く荷物をまとめると、スマホの画面を確認した。
あれはスケジュールを確認しているのだ。
うちのようにレッスンしか入っていなければ間違うこともないだろう。
「そっか、頑張ってね」
笑顔の春田が手を振りながらエリちゃんを見送る。
それからそう時間を置かずに春田も次の現場に向かったようだ。
二人がいなくなって、ふぅーと息を吐く。
「あれで同い年とか」
「天は二物を与えるじゃんか」
ゆうなと顔を見合わせる。
春田は置いておいて、エリちゃんの姿はすでにトップアイドルのものだ。
「「はぁー」」
シャワーを浴びる前にうちらは、もう一度練習することにした。
※
アイドルの仕事は、歌って踊ってだけじゃない。
ありがたいことにスターライトクラウンには冠番組があるのだが、バラエティ番組としてはかなり過酷。
新曲ヒット祈願やら、同期の絆を高めるためとか言われるが、つまりはアイドルが頑張っている姿を見たいだけ。
アイドル好きのひとりの視聴者としては、その気持ちはよーくわかる。
『罰ゲームはスカイダイビング!』
「はぁ?!」
うちは画面に映し出された文字に、ぽかんと大口を開けた。
きっとアイドルとしてかなり間抜けな顔になっているだろう。
この企画、最下位になる人が大体、固定されている。
ズルとかそういう話ではない。人気がある人ほど身体能力も高いのか、うちは最下位争い常連だ。
罰ゲームもそれなりに体験してきたが。
「スカイダイビングって」
誰かが呟いた言葉がスタジオに響く。
スカイダイビングが罰ゲームになるのは、さすがに初めてだった。
やっと理解した体が慌てて、両手を顔の前で振らせる。
「マジ無理っ、怖いしっ……えっ? ほんと、飛ぶんですか?」
カメラマンを見て、マネージャーを見て、とにかくスタジオにいるスタッフさんを全部見た。
その誰もが顔を縦に振る。
後ろを振り返って、メンバーを確認する。ザワザワと隣のメンバーと話していたり、顔をしかめてたり。
誰も嘘と言ってくれない。
MCのメロンパンさんがニヤニヤしながら説明を始めた。
「まぁまぁ、オレも鬼じゃないから、相手を選ばせてやる」
「いやいやいやいや」
うちは全力で首を横に振った。
相手とかいう問題じゃない。スカイダイビングがアイドルの罰ゲームとしてありえないという話だ。
だが、無情にもメンバーの名前とハズレと書かれたボードが持って来られる。
「メンバー全員入れといたぞ。ハズレは一人な」
「いや、6割ハズレって書いてあるけどー!」
こっちは人気に忖度しまくりだった。人気のあるメンバーほど割合が少ない。
エリちゃんなんて、ほぼヒモだ。
「瀬名っちー、頑張れー。うちには当てないでね」
「ゆうな、人ごとだと思って……」
呑気な応援が飛んできて、うちは肩を落とす。
6割がハズレ。
大抵ひとりで飛ぶことになるだろう。
(誰も心配しちゃいないし)
自分が飛ばないなら関係ないのだろう。
メロンパンさんのようにニヤニヤしているメンバーが大半。心配そうなのが、ちらほら。
されるがままダーツを持たされる。
「投げる前に誰と飛びたいですか?」
「えー……せっかくだから、エリちゃんですかね」
聞かれた内容に腕を組んで頭をひねる。誰の名前を言っても面倒になりそうだった。
無難に同期で一番人気のエリちゃんの名前をあげておく。
と、本人以外の声が飛んできた。
「エリーはダメよ!」
「メンバーから反対が出てますが?」
「はははは……」
もはや笑うしかない。
うちはダーツを握り直し、定められたラインの前に立つ。
深呼吸。
どれに当たっても、誰に当たっても、うちが飛ぶのは確定。
なら。
「では、瀬名のスカイダイビング相手は誰か?! 運命の一投です!」
どうせ飛ぶなら、どうにでもなれ。
神様に全てを任せて上手くないダーツを放った。
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