第83話

 ユーリの白い肌が赤くなって、よく熟れたりんごみたいになる。その顔をしばらく見ていたくて、もう少しからかってやろうと思ったけれどやめておいた。

 レオが言うべきことはひとつだけだ。


「おめでと。ねえ、今度彼女さんも一緒にご飯行こうよ!」

「うん。言ってみる。それでさ、レオに見てほしいもんがあるんだ」


 ユーリに連れられ、レオはシオン家の敷地に足を踏み入れる。庭の端にユーリ専用の作業部屋がある。部屋の中は絵の具の匂いで満ちていて、レオにとって心地がよかった。


 学生時代はよくお邪魔して、ここで絵や将来についてを夜通し語り合ったものだった。


「まだ途中なんだけど、次に発表しようと思ってるんだ」


 奥の部屋に案内されると、一メートル四方くらいのキャンバスが置いてあった。キャンバスは青で塗りつぶされている。よく見ると、薄い青や濃い青、さまざまな青が使われている。


 部屋の中にも関わらず、光を浴びてきらきらと輝いているようだった。なにか特別な塗料を使っているのだろう。


「……すごい」

「この前海を見てきたんだ。あの青が忘れられない。俺は色を知ってるつもりで、全然知らなかった。死ぬほど悔しくて、虚しくて、でもまだ絵を描けるって思った。これは売り物にする予定はないけど、仕事の合間に青い絵を描き続けることになりそうだ」

「うん。すごい……すごいよ、ユーリ。すごい……」


 レオは絵の前で涙を止められなかった。ユーリがこの絵と向き合い、没頭していくことを考えると泣く以外のことができなかった。


 目に痛いほどの青。そっと背中を押す波のような群青。抽象的な絵画だけれど、レオには風と波の音が聞こえた。包まれるような心地でレオは涙を拭うこともせずにただ泣いた。


 ユーリの温かい手がレオの背中に触れて、この先もずっとこの温もりがユーリの手にありますようにと願う。その願いは嗚咽に乗った。


「……ねえユーリ」

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