ナノと青の絵画をめぐる旅
来宮ハル
プロローグ
「今年は涼しいな」
ユーリは途切れそうな声で言った。なにを言っているのだろうか、今年は猛暑だとみんな口を揃えているのに──ナノはいよいよ彼の最期を悟った。
ユーリの病気が見つかったのは、ナノが十七歳の誕生日を迎えたばかりの頃だった。
見つかったときにはもう手の施しようがなく、ただただそのときを待つしかないと医者から宣告を受けた。
奇跡が起こって、ユーリの身体から病魔が消え去って日常が帰ってくる。ナノはわずかな可能性に期待していたけれど、ユーリのひと言でその希望は崩れ去ってしまった。
ユーリは、両親のいないナノを育ててくれた、父親のような存在だった。
かつてナノに母親がいたことは覚えていたが、ナノの記憶の中では蜃気楼のような存在になりつつある。母親が亡くなって、一度施設に預けられたが、ユーリが迎えにきてくれた。それからずっとユーリと一緒だった。
窓の外ではせみがやかましく鳴いている。あんなに大きな音を出して、せみは暑くないのだろうか。ナノは窓越しに外の大きな木を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「……そうだね、今年は涼しい」
「だろ……女の子は、手足冷やすなよ、ナノ」
ユーリはナノの指先に触れた。ユーリの手のほうが冷たい、と言いそうになったけれどこらえた。言ってしまえば、いろんな感情があふれだして、ユーリを困らせてしまうと思った。
ナノは両手でユーリの手を包む。
「おー……あったけえ。さすが子ども体温だなあ……」
「子ども扱いするな」
──置いていこうとしているくせに。子どもだって思うなら、ひとりで置いていかないでよ。
ユーリの手を握った後、ゆっくりとさすった。満足そうな顔をしながらユーリは眠りについた。
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