話さない秘密。(KAC20245)

歩致

おばあちゃん

私には話せない秘密があった。たぶん誰にでも人には言いたくない秘密の一つや二つあるのだろうが、こと私の場合は少しだけ他の人とは意味合いが違う。


この秘密は言いたくないのではなく話せないのだ。これは私の秘密についてのお話。



この話をするときは必ず私のおばあちゃんの話をしなければならない。私のおばあちゃんの家は新潟の田舎にあって大晦日には親戚みんなで集まってご飯を食べていた。おばあちゃんは少し不思議な人で何かしら儀式めいたことを色々なタイミングでしていた。儀式とは少し言い過ぎかもしれないが例えば家から出る時は必ず玄関に一礼して手を合わせたり、逆に家に帰ってくるときは手刀で上から下にすっと何かを切るような動きをする、といった具合だ。こんなおばあちゃんだが人に同じことをするように言うことはほとんどなかった。ほとんど、というより一回しかなかった。


私が小学校4年生の頃だったが、いつものように大晦日におばあちゃんの家に集まることになったので私は一日前におばあちゃんの家に泊まることにした。近所には小さな滑り台しかないような寂れた公園と、今にも壊れそうな神社しかなくスーパーやコンビニなんてものは自転車にやっと乗れるようになった幼い私にはとても遠くにあった。(仮に乗りこなせていたとしても小4の私を行かせるとは思えないが。)まぁ暇をつぶすために私は最初公園に行くことにした。初めは滑り台を一人占めできることに喜び、大はしゃぎで何度も滑り台を上っては降りてを繰り返していたが4回目でさすがに飽きた。そこで私は神社の方に行ってみることにした。神社は階段を少し上った小高い丘のような場所にあり、少々狭い土地ではあったが幼い私にとっては初めて見る物ばかりで探検家になったような気分だった。大きくなってから聞いた話だがあの神社にはご神体として鏡が祀られていて、どこか別のところにあった神社のご神体がそのまま移ってきたらしい。


私が神社で探検していると気づけば夕方くらいになっていたことに気づき、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃急に背筋がぞわぞわっとする嫌な感じに襲われた。嫌な感じは丘の下にある階段の入り口の方からしていた。私の人間としての本能がこのまま何もしなければ恐ろしいことが起こると訴えかけていた。急な恐怖に泣きそうになりながらも必死に私はどこか隠れることができる場所を探した。まず最初に本殿に上がるまでの階段の下を見たのだが明らかに横から丸見えで隠れるには不安が大きすぎた。次に本殿の扉を開けて中に入れないか試したがしっかりと施錠されていて一瞬で入ることを諦めた。そして本殿の後ろを見に行くとそこには小さな祠があり、祠には扉がついていた。


幼い私は何を思ったのかその祠を横に動かし、そこから本殿の下にもぐりこんでまた祠を元の位置に戻すことで隠れようとしたのだ。今考えてもどうして自分より小さいとはいえ石でできた祠を動かせると思ったのか不思議だが、私の試みは無事成功してなんとか隠れることに成功した。その場所の構造上後ろは全て木の板で本殿の下が見えないようにしてあり、祠のあった場所が唯一の穴になっていた。


隠れた瞬間階段を上る足音が聞こえた。コツ、コツ、と一歩ずつ階段を上る音が嫌に近くに感じた。やがて階段を上る足音が止まり、今度は周りを探し回るような足音が境内に響き渡った。どうやら私の嫌な感じはあの足音からしているようで、隠れながらも見つかったら死んでしまうような気がしてガタガタ震えて祠の後ろに隠れていた。すると足音が数秒聞こえなくなったかと思うとさっきまでとは違って早歩きくらいの速さで私のいる場所を目指して足音が迫ってきた。私は息を殺し目の前の気配と足音が無くなるのを待った。10秒か20秒か、幼い私にとってはとてもとても長く、もう息が持たないと諦めかけたとき突然目の前にあったはずの気配と今まで感じていた嫌な雰囲気が無くなった。私は止めていた息の分酸素を得るためにむせるように息をした後もう一度祠をどかして外に出た。


外に出るともう辺りは暗くなり、おばあちゃんに帰りが遅くなったことを怒られるとさっきまでとは別の理由で泣きそうになったが帰れることに安心もしていた。


そのとき、私は気づいてしまった。背後から私を見つめる視線があることに、私に何か訴えかけていることに。私がさっきまでのことを思い出し、弾かれるように逃げようと一歩目を踏み出そうとしたその時だった。


『あいつから隠れ切れてよかったね。』


私はさっきのことを思い出し、この声の主はあの祠なのかと安心と感謝で一杯になった。振り返ってお礼を言おうとする私だったが、


「ダメだよ。はなさないで。そのまま帰るよ。」


いつの間にかおばあちゃんが隣に立っていた。おばあちゃんはいつも通りの優しい声で、しかし私に有無を言わせない圧を持った声でそう言った。私はおばあちゃんの言う通り大人しく神社を後にした。

家に着いた後、私はおばあちゃんに会えた安心感が遅れてやってきたのかひとしきり泣いた後そのまま寝てしまった。


次の日、起きた私におばあちゃんが教えてくれたことがある。

「いいかい?たとえいい存在であろうと悪い存在であろうと、そいつらと話すということは離す、つまりは自分自身をこの世から遠ざけてしまうようなことなんだ。だからお前が昨日恩を感じていたとしてもその問いかけに返してはいけないんだ。お礼をするならお賽銭を投げて心の中で伝えればいい。わかったかい?

それと、あれはお前を守ってくれたからあれについては人には話さない方がいい。これも話すと自分から離れていってしまうからね。」

正直当時の私にはよく分からなかったが、今では何となく理解できる話だった。


え?結局私の話せない秘密は何かって?話せないのだから察してもらうしかない。私がそれについて話せばそれは私から離れてしまう。

だからわたしはこの秘密を離さないし、話すことができない。


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