猫真の神話~聖夜の天使

濵 嘉秋

聖夜の天使

第1話 side:猫真巧 金髪で裸な天使

『昨夜20時半ごろ、サントラズ大学民俗学教授・矢崎栄三さんが構内の研究室にて遺体で発見されました。遺体には十数か所の刺し傷があり、治安維持局セーブは殺人事件として捜査を続けています。さて、続いてのニュースです。赤無島近海で発見された…』


 テレビが目当てのニュースを報じたのを確認して、女性は画面を消す。

 風呂上りなのだろうか、火照った身体をバスローブで隠したその女性はテーブルに置かれた数枚の写真を手に取る。


「さぁ、始まるわよ巧くん」


 手に取った写真の一番手前、そこに写った高校生を見て笑みを浮かべた女性は写真を元の場所に戻して部屋を後にする。





 その数分後、赤無島の一角にあったタワーマンションが全焼して無数の死者が出ることになるが…それ自体はこの物語に全く関係しない。








「絶対おかしいよなぁ…」


「タクミ!」


「事件性ありまくりだもんなぁ」


「ねぇってば⁉」


「この場合、正直に治安維持局セーブに連れて行っていいのだろうか?逆に疑われるんじゃないか?」


「うぅー…ターク―ミー‼」


「うわっ!馬鹿、大声出すな、見つかっちゃうでしょうが⁉」


 猫真巧ねこまたくみは困っていた。

 その原因は自分のブレザーを掴んで涙目で見上げてくる金髪の少女。10歳くらいだろうか?天使という言葉が一番似合うような美貌を持った日本人離れした顔立ちの女の子だ。そして何故か服を着ていない。全裸だ。

 もう一度言おう。全裸だ。天使のような美貌を持った美少女が、全裸だ。こんな空も暗くなった路地裏で。

 この状況で「暑いから涼もうとしたんだろうなー!」なんて素晴らしい楽観を見せてくれる奴がいたとして、そんな奴はもう何処かに幽閉されたほうがいいだろう。


(俺ってば、少しコンビニ寄ろうとしてただけだよな。それがどうしてこんな…)


 コンビニに行こうとして、不意に物陰が気になり、覗いてみると路地裏で怪しげな取引をしている不審者を覗いている裸の少女を見つけたのだ。

 不審者たちが少女とその奥にいる猫真を発見するのと、少女が猫真に抱き着いてきたのはほぼ同時だったのだ。


「なぁ、どうしてそんな恰好であんな場所にいたんだ?いや、思い出したくなかったり言いたくなかったらいいんだ」


「だって、タクミとはあそこで会うことが多かったから」


「いや、俺そんな高頻度で路地裏入ってるわけじゃないんだけど」


 むしろあまり近づかない。

 出来るだけ人の通る場所を通っている。というか一分一秒を争う緊急事態でもないと路地裏を使用する近道など使おうと思わない。なぜならあぁいう連中がいるから。

 なんとか不良たちから逃げ切って息を整えると、少女の恰好に意識が向いてしまう。


「とりあえず、治安維持局セーブに保護してもらうしかないか…」


 金髪の少女(猫真のブレザー装備)を連れて出来るだけ人と会わないコースを使って近くの治安維持局セーブの支部を目指す。

 

「わぁっ!クリスマス特価‼チキン全種半額セールだって!」


「おい。事件性MAXな格好でコンビニに引き寄せられるんじゃない、お兄さん店員さんに通報されちゃうから。あと最近の子は半額に魅力を感じちゃうの?世の中世知辛過ぎじゃない?」


 一応羽織っている物はあるとはいえ、それでもまだこの寒空の下で一枚しか身に纏ってない子どもだ。

 このままコンビニに向かわせて後の展開を丸投げしてもいいのかもしれないが、少女の羽織るブレザーの胸ポケットには学生証が入っているためどうあがいても猫真に行き着く。そしてそうなったとき、自分で治安維持局セーブに連れていくよりも心象は悪くなるはず。

 つまり猫真に遺された選択肢は一つ。あちこちに興味を惹かれる好奇心旺盛な金髪少女を抑えながら治安維持局セーブに持ち込むことのみだ。


「猫真くん?貴方その子……」


 この時間、この場所は人通りが少ない。

 完全にゼロというわけじゃないが少なくとも知り合いと鉢合わせるような場所ではない…はずだった。


「あ、秋葉先生」


「猫真くん、私は悲しいわ。誘拐なんてする子じゃないと思ってたのに…でも安心して?教え子の更生も教師の仕事。治安維持局セーブに友人がいるから貴方の教育係を私に変えてもらうようにお願いを」


「ちょっと、誤解ですってば!この子は偶然保護しただけで」


「そういえば最近、小さい子供を毒親から保護するっていう非公認集団が誘拐紛いのことをしているって聞いたわ。まさかこの島にもいたなんて」


「先生!教え子をそんなトンデモイカレ集団と一緒にしないで⁉」


 猫真の通う高校にて猫真の属するクラスの担任をしている兎尾月秋葉とおつきあきばは、スマホを芝居がかった仕草で涙を零しながら片手に持ったスマホで現場を激写する。

 猫真の担任として彼を約一年見てきた秋葉には、この状況において猫真が悪事を働いたわけではないと承知している。それでも猫真を困らせるようなことを言ったのは教員としてのストレスからだろうか。


「冗談よ。でもその子、どうするつもり?」


治安維持局セーブに連れていく予定ですけど」


「止めておいた方がいいわ。この先、クリスマスイベントで人が多いから。そんな場所に出ていったら貴方、晒されるわよ?」


 秋葉が先ほど撮った写真を見せる。

 焦った表情の猫真とそんな彼に抱き着くように寄り添う金髪の少女。なるほど拡散されたら猫真の生活難易度は大幅に上昇する。


「仕方ない。先生が力を貸してあげよう。ついてきなさい」


 猫真の返答を待たずに歩を進めた秋葉。猫真も断る理由がないため彼女の後に続き、金髪少女も付属する。

 そして辿り着いたのはThe・都会な雰囲気のこの地区では珍しい一昔前の様相をした木造アパートだった。どうやら秋葉はここに住んでいるらしい。


「さ、入って」


「お、お邪魔します?」


「お邪魔しまーす!」


 そうして案内された室内は外見とは全く印象が違った。

 外壁は茶色の木感が前面に出ていたが、中はフローリングや壁紙の色は白。それも質感は木造のそれではない。


「ここって、木造じゃないんですね。鉄筋?」


「いや、合成鉄筋ってやつ」


「マジ⁉最新じゃないですか!」


「何?合成鉄筋?」


 1LDKの部屋。秋葉が帰宅するなり一目散に閉めに行った扉の奥は寝室だろうか。

 リビングとしてレイアウトされた部屋の中心に置かれたテーブル。そこに腰かけた3人は事の顛末を共有する。


「ふむ、やっぱり猫真くんの話だけだと事態の1割程度しか見えないわね。ねぇ女の子、名前は?」


「私はエルだよ!」


「そう。じゃあエル?貴女はどうして裸で街に出ていたの?」


「最初は着てたんだよ?でも途中でなくなっちゃった」


 金髪少女改めエルの口から語られた中で気になるのはコレくらい。

 途中でなくなったということは何処かで汚したから脱ぎ捨てたということだろうか?そもそもエルの言う「最初」というのがどこからの話なのかも分からないが。

 そして一通りの共有が終わった時、秋葉が出した結論は『治安維持局セーブに保護してもらう』だ。やはりというか、猫真が最初から出していた結論だった。


「まぁコレが無難だよ。この子のご両親が今頃捜索願を出したかもしれない。どの道、この島の中を連れ歩くより治安維持局セーブに置いたほうが早く見つかるでしょう」


「ですよね。それに際しまして秋葉先生、子供用の服とかお持ちじゃないでしょうか?」


「あのね…実家を離れて、そのうえ独身な女の家に子供用の服なんて置いてると思う?ちょっと待ってなさい」


「まさか買いに行くんですか?今から?」


「そんなわけないでしょ。今の時代、場所によってはネットで頼んだものが1時間もしないで届くのよね。便利なもんだわ」


 そう言ってスマホを操作し始めた秋葉。

 「それって飯とかの話じゃ?」などと考えていた猫真の膝にドシリと軽い感触が乗ってきた。

 同時に香ってくる甘い匂いの正体は確認するまでもない。


「おいエル。もう無防備とかそういう問題じゃないぞ。幼いからこそ関係の薄い大人への警戒ってのが必要だと思うんだよ」


「大人?」


 秋葉の疑問符は無視して膝の上を陣取ったエルを退かそうとするが中々思うようにいかない。


「やーだー!」


「しがみつきやがった。むしろ俺への好感度の高さはどういうことなんだよ⁉そんなイベントこなした覚えはないぞ?」


「一目惚れってやつじゃない?」


 注文をし終えたのだろう。

 スマホをテーブルに置いた秋葉が冷蔵庫から缶ビールを取り出すと音を立てて封を開ける。


「近くの洋服店が持ってきてくれる。大体10分くらいかしら」


「マジであったんですか」


 現代社会の便利を再認識した猫真は、再び膝の上の金髪少女エルに視線を落とす。

 彼女は猫真のブレザーを羽織っただけでほぼ全裸。そんな状態で膝の上に乗られるとその感触がダイレクトに来るわけで。

 ただでさえ優れた容姿をしている上に甘い香り。小学生がストライクゾーンの外だと自覚のある猫真でも妹や娘のように考えるのは無理がある。

 反応してマズイことになるまえに何とか退かしたいのが本音だった。だったのだが、チラリと見えた白い脚を見て何か引っかかった。


(綺麗すぎやしないか?)


 足が綺麗だった。

 猫真と遭遇するまで素足で地面を踏んでいたはずの足には多少の汚れしかない。路地裏の色々散らかっている地面を踏んでここまで綺麗な状態を維持するのは不可能だ。

 自身の体を少しだけ浮かせる異能ギフトか、または治癒効果のある異能ギフトを使用していたのか?

 だが


「猫真くん?エルちゃんの素足に興味津々?」


「えっ⁉あぁ、いや…」


「……さて、そろそろ服が来るわ。着替えたら出発よ」





「なるほどね。路地裏でその子を見つけた…出ている届の中で特徴が合致する子はいないなぁ」


 治安維持局セーブ13-2支部。

 秋葉と共にエルを届けた猫真は担当の隊員から事情聴取を受けていた。とはいえ猫真を疑うような意はなく、ただの状況説明。しかし捜索届はまだ出されていないらしい。


「ねぇタクミ。お腹空いた!」


 エルはというと秋葉が用意した洋服を着て相変わらず猫真の膝の上にいた。

 そんな様子を微笑まし気に見た隊員は笑顔を見せながら時間を確認する。


「もう20時か。聴取も終わったことだし、近くのコンビニで何か買ってきてあげようか?」


「いや、悪いですよ。それなら俺が」


「いいからいいから!僕が帰ってくるまでその子と遊んでいなさい」


 そう言って部屋を出ていった隊員と入れ替わる形で入出してきた秋葉は、猫真とエルにジュースの入った紙コップを渡して椅子に座る。


「でも先生、この近くに住んでたんですね」


「学校近くの職員寮だと落ち着かなくてね。最近引っ越してきたの」


 秋葉が紙コップを机に置いたのと同時に、猫真の膝上のエルがピョンッと跳ねる。

そしてトテトテと猫真の背後に回ると今度はその背中に飛びついた。

 このくらいの歳の子どもにとってこの場所は落ち着かないのかと思ったが、背中越しに聞こえる「エヘヘェ」という楽しげな声によって、その考えは否定される。つまりエルはただ猫真に引っ付いていたいだけの様子。

特に変化のない室内に、変化が訪れたのは突然だった。


「凛音!…あ、」


 勢いよく開け放たれたドアの奥から現れた少女は、ここにはいない人物の名を呼んでから初めて、自分のミスに気づく。


「あ、間違えました」


 青と黒が入り混じった髪色の少女は、気まずそうに無理やり引き出したような乾いた笑いを持って何故か部屋に足を踏み入れた。

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猫真の神話~聖夜の天使 濵 嘉秋 @sawage014869

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