第10話『これはリヴィアナ様の最後が記された書。言うなればリヴィアナ様自身です』

(オーロ視点)


夜を越えて、新しい朝を迎えてから、俺はミラを抱きかかえ、森の奥に向かって突き進んでいた。


昨日聞いた胸糞悪い話を思い返すと、すぐにでもミラの服に手を突っ込んでペンダントを引きちぎりたくなるが、それをした所で悲しむのはミラだろう。


そう。おそらくはその行動が切っ掛けとなり、ヴェルクモント王国とその他の国で戦争となってしまうからだ。


だから今は何も出来ない。


という訳で、俺はミラの案内を聞きながら森を進み、古ぼけた石造りの建物にたどり着いた。


明らかに古いソレは、ミラ曰く千年前ヴェルクモント王国に居た、リヴィアナという王女の造った物らしい。


いつも通りミラは楽し気に歴史を語りつつ、入り口の煉瓦に触れ、魔術で封じられた入り口を、容易く開いてしまうのだった。


「ふむふむ。予想通り、暗号は初期の物でしたね。リヴィアナ様が構築した以降は更新されていなかった様です。しかしこれではおそらくリヴィアナ様が理想とした管理にはなっていないのではないでしょうか。本来、こうして暗号化をするのは適度なタイミングに更新をして、暗号を変える事により侵入者が侵入しにくい環境を構築する事であり……」


ペラペラと語り始めたミラを抱き上げて、俺はそのまま施設の中へと入る事にした。


語り始めたら止まらないし。楽しそうに話しているのを止める気も無いからだ。


「……広い場所に出るな」


「っ! ひ、光の精霊さん! 部屋を照らしてください!」


焦った様な……? いや、違う。嬉しさが抑えきれないという様な感情が溢れた様子のミラが、光の精霊を通して魔術を使い、部屋を明るく照らした。


そしてミラは俺の腕から飛び出して、部屋の中に駆け込もうとして……入り口近くで足を止めた。


「わ、罠です!」


「何!?」


俺はミラの声に急いでミラを護るべく前に出ようとしたが、ミラ自身が床に手を当てながらその魔術で出来た罠に触れていた。


危ないんじゃないのか? 大丈夫なのか?


「む? むむむ。なるほど。とりゃ!」


「ミラ!」


「んー。やっぱり大丈夫ですね。どうやら光の魔術で部屋を照らしている間は発動しない罠の様です。って、どうしました?」


「……いや。何でもないよ」


俺はミラを抱きかかえようとした体勢のまま固まっていたが、ミラの言葉に首を振って、一応ミラを抱えたまま罠の内側……封印書庫とやらに足を踏み入れた。


ここに、人を蘇らせる方法があるのか。


「では探索しましょう! オーロさん! シュンさん!」


「あぁ」


俺はミラの言葉を合図にして、部屋の中にある書籍を一冊一冊確認する事にした。




何日ここに居るのだろうか。


もはや時間感覚もなくなってきたが、貯蔵されている書籍があまりにも多いため、俺たちは中を確認するのに想定より時間が掛かっていた。


「しかし、どれだけあるんだ?」


「おそらく二千冊から五千冊だと思います。ただ、調べるのはリヴィアナ様が直接記された書籍ですから、百冊程度ですね」


「百冊もあるのか……」


「はい。テオドール博士がその当時、あまりにも書く事が多いという事で自動書記の魔導具を造りまして、それを従妹のリヴィアナ様にもプレゼントしたとか。晩年は毎日の様に本を書いていた様ですね」


「なるほどな」


俺は今開いている日記の様な本を読みながら、頷く。


これが晩年に書いた物だろうか。と推察するのは、ひたすらに死への恐怖が綴られているからだ。


一部の突き抜けた人間以外、誰だって終わりは怖い物だ。


であるなら、このリヴィアナという人物も、ごく普通のどこにでもいるありふれた人間だったという事だろう。


どれだけ後世に名を残していたとしてもだ。


俺はチラっと、ミラを盗み見てこれからどうするべきかを考える。


少なくとも俺が見る限り、ミラは歴史に名を残した勇者たちの様な突き抜けた人間ではない。普通の子供だ。


かつて俺が家族となった子供たちと同じ、どこにでもいる普通の子供だ。


それが世界の為に使い潰される事が正しい事かと問われれば、間違っていると即座に返すだろう。


しかし、少なくとも本人はその未来を望んでいる。自分の夢を押し殺して。


「んあー。駄目です! これじゃあ!」


「どうした?」


「あー。いえ。見つけたんですよ。リヴィアナ様が遺したと思われる蘇生術を」


「っ! 本当か!?」


「はい」


俺は急いでミラの元へ駆け寄って、その書籍を受け取る。


一行ずつ確かめる様に指をなぞりながら、内容を確かめていった。


「人体蘇生術。魔力の使い過ぎや、過剰魔力の使用などにより胸の鼓動が止まった際の蘇生術……? 停止が確認されてからすぐに胸の圧迫を……ミラ。これは」


「はい。恐らくは命を落とした直後のみ有効な方法ですね。しかも欠損等がないという前提もありますし。状況は分かりませんが、オーロさんには」


「あぁ。俺の探している物じゃない」


「……そうですよね」


正直なところを言えば、初めから多くを期待していない俺は、こんな結果になろうとも、やはりかという気持ちしかない。


しかし、どうやらミラは違うようだ。


申し訳なさそうに俯いて、涙を滲ませている。


「ミラ」


「っ! っく、ご、ごめん、なさい。無理に、付いて来て、貰ったのに」


「泣くな。俺は気にしてない。夢みたいな話だったんだ。こうなる方がむしろ当然さ」


「でも、オーロさん」


「どの道、未来では会えるんだ。そう焦る事もない。そういう事なんだと俺は思うぜ。人間にはいつか終わりが来る。そうなればあの子たちにもまた会える。なら、今を生きる方が大事。そういう事かもな」


「っ」


慰めの様な事を言ったが、ミラはより涙を溢れさせて泣くばかりであった。


俺は鎧を解除しミラを抱きかかえると、泣き止むまでその背中を撫で続けるのだった。


どこか懐かしさを覚えながら。




リヴィアナの封印書庫での用事も終わり、ミラも泣き止んだ事で俺たちは、次なる目的地を目指すべく旅立とうとした。


のだが、ミラはもう少しだけと言いながら、俺がさっき読んでいた本を集中して読んでいる。


「そんなに気になるのなら、持っていけば良いんじゃないか? 二千とか五千とかあるんだろう? 一冊くらい問題ないだろう?」


「駄目ですよ。これはリヴィアナ様の最後が記された書。言うなればリヴィアナ様自身です。ここから連れて行くなんて可哀想です」


「そういうモンかね」


まぁ俺には分からない感情だ。


一応とばかりにシュンを見るが、当然と言うべきか。シュンも同じ様に分からんという様なポーズをしていた。


「やはり、子供は苦手だな」


「そうだな」


「むむ! そこ! 別にこれは子供じみた感傷とかでは無いですからね!」


「ほー。そうなのか」


「はい! この本はここにあるべきなんです。むしろここに無くてはいけない本です」


俺は妙に強気なミラの態度に首を傾げるが、当然ながらシュンも理解していない。


「リヴィアナ様が何故ここを作ったのか。それを考えれば分かります。オーロさん。この本には何が書かれていましたか?」


「あー。っと、確か、昔やった茶会が楽しかったとか、友達が出来て嬉しかったとか、死にたくないとか、そういう話だった様な?」


「そう。この書はリヴィアナ様の想いが詰まった書なんです。リヴィアナ様は生まれた時から非常に頭がよく、孤独であったと記録には残されています。その為、友人も出来ず、ただ国の為に生きてきたと。しかし、聖女セシル様に出会ってから、リヴィアナ様の人生は大きく変わるのです。自分の夢を見つけられました。そしてエリカ様やアリス様と共に、いつまでも続く未来を夢に見ていたのです。しかし、人間にはいずれ限界がきます。アリス様、エリカ様と順番に命を落としてゆき、セシル様を一人残されてしまう事に対する苦悩が、この本には記されていました。お優しい方だったのだと思います。だから、この本には、セシル様と過ごした日々、楽しかった時間、例え終わりを迎えたとしても、この時間は失われないのだと、そうセシル様へ伝えている本なんです。どうか悲しまないでと。そう訴えているんです。だからきっと、この本は入り口に最も近い場所にあるのだと思います。この封印書庫全てがセシル様へ残した物だから……」


『オーロさんは無神経なのですから、発言には気を付けなくては駄目ですよ』


懐かしい顔を思い出しながら、グズグズと泣くミラに俺は謝った。


何年経っても成長せんな。


そしてミラは大事そうにその本を元あった場所に置くと、両手を握り、祈るのだった。


まるで千年も昔に命を落としたリヴィアナの安らぎを求める様に。

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