第2話『それは現実ですよ。殿下』

突然の大声に、私は思わず手で耳を覆いながら、目を閉じていた。


そして、落ち着いたのを確認してから目を開き、手を下ろす。


「……大変な騒ぎでしたね。では殿下。そろそろ例のお店へ向かいましょう。あまり長居しては皆さんのご迷惑になってしまいますから」


「……」


「あ、そうそう。受付の……あ、お姉さん。申し訳ございません。先ほどの件はまた後日お伺いさせていただきますね」


「え? いや、ミラ様!? まさか、本当に冒険者になるおつもりなのですか!?」


「はい。やはり自分の夢は自分で叶えてこそ。ですからね」


「そ、そんな……」


「では、参りましょう殿下」


私は呆然としている殿下の手を引き、静まり返った冒険者組合を後にした。


そして、殿下の護衛として付いてきた騎士さんにお願いして、殿下が行こうとしていた店まで向かう。


それから、お店がわざわざ用意してくれた席に座って、お茶をお願いするのだった。


「……殿下。そろそろ意識を戻していただけませんか?」


「はっ! す、すまない。あまりの事態に、意識が何処かへ旅立っていた様だ。いや、なんだ。酷い悪夢を見ていた様だ。すまないな。白昼夢という奴だろうな」


「左様でございますか。現実に帰ってきてくださってありがたく思います」


「あぁ、そうだな。いや、まさかミラが冒険者になるなどと、酷い悪夢を見たものだ」


「それは現実ですよ。殿下」


私は用意されたお茶を一口飲み、殿下に笑顔でそう告げた。


しかし、殿下は紅茶のカップを持ったまま固まり、強張った顔で私を見据える。


「何を言っているんだ! ミラ! 冒険者などと! 危険だ! 魔物に出会ったらどうするつもりだ!」


「大丈夫ですよ。殿下。私、これでも冒険者について色々と勉強をしているんです」


「ほぅ。聞こうか?」


私はふふんと笑いながら、殿下に冒険者としての常識をお伝えする事にした。


「冒険者というのは、チームなるものを組むそうです。そこで力を合わせ、魔物と戦うのだと。そして深い友情や信頼が築かれるのだと!」


「その程度の事は私でも知っている。その上で聞くが、君とチームを組める人間がどれだけ居ると思う?」


「私と組める……? いや、え、っと」


「やはり知らぬか。ミラ。君は頭が良いし勉強家だが、酷い世間知らずだ。まぁ、君の過保護な兄や姉がそうさせるのだろうがな。いや、過保護なのは君の友人たちもか。と、まぁ、それは良い。今は関係ない話だ。良いか? ミラ。冒険者というのは、組合に登録しただけでは、チームを組む事など出来ないのだ」


「えぇ!? そうなのですか!?」


「あぁ。無論組んだ方が良いですよ。とは案内されるだろうがな。それで組合がチームメンバーを斡旋したりはしない。何故か分かるか?」


「え、えと。何故でしょうか」


「チームというのは、冒険者として活動を共にする仲間だからだ。遠征の依頼があれば数日間を共にする事もあるし、先ほどミラが言った様に強大な魔物を相手に、力を合わせて戦う事もある。そんな時に、相性も性格も分からない相手と、そんな事が出来ると思うか?」


「……多分、出来ますが」


「ミラ! 自分を基準に考えるのは止めろ! 人類は君の様に懐が深くはない」


「っ! はひ! で、でも歴史書を見る限りでは聖女様……」


「言っておくが、歴史に名前を残している聖人や聖女を例に出しても意味が無いからな。彼女達は君と同類だ。一般的な人類とはかけ離れた特別な人間だ。分かるな?」


「あ、いえ。私はそんな特別な人間では」


「ミラ。謙虚な所も君の美徳だとは思うがな。君を平均にした時、苦しむ者も居るという事を理解しろ。君は慈悲深いのだ。五十年の長きに渡り不在であった聖女の名と地位を与える事に、国連議会がほぼ満場一致で可決したにも関わらず! 君を独占したいという欲望から! べべリア聖国が、己の国に属さない人間を聖女とは呼べない……等という意味不明な抵抗を続ける程度には、君は特別で! 選ばれた人間なのだ! 普通の人間の様な顔をするな。民を憐れむのであればな」


褒められているのか、怒られているのかよく分からない中、殿下の言葉に私は小さく頷いた。


「そこで、そんな君が、たった十四年しか生きていない君が、この国で、君の名を知らぬ者が居ない程度には、派手に動きまわっていたわけだが、そんな君とチームを組みたい者がどれだけ居ると思う? いや、本心では組みたいだろうが、君を護り切れる自信のある者がどれだけ居ると思う? 君に傷一つでも付けようものなら戦争の火種にすらなり得るこの世界で! 君とチームを組みたいと思えるか?」


「……ぁぅ」


「まぁ、君と組めるとすればそれこそ個人戦闘力がSランク、つまりは規格外のランクで登録されている冒険者くらいの物だ。東の果てに居る獣人戦争の英雄エドワルド・エルネストの様な存在だな」


「エルネスト様、ですか」


近代歴史書に名前が残されているその人の名前を呟きながら、私は殿下に認めて貰う為に、どうにかしてその人に接触する事は出来ないかと考える。


が、その様な考えは殿下に見抜かれている様だった。


「言っておくが、エドワルド・エルネストは既に冒険者としてほぼ引退しているぞ。それに、君の兄や姉が無防備な君をこの国から出すと思うか? 探すならこの国で探すのだな」


「この国で個人戦闘力がSランクの方ですと……お姉様が」


「そうだな。君の姉。フレヤ・ジェリン・メイラーだ。そして彼女以外にはSランクの戦闘力を持つ者は居ない」


「っ」


「まぁフレヤならば、君とチームを組んではくれるだろうな。そして君を家に閉じ込めた後、依頼は全て一人でこなし、手柄だけ君の物とするだろう。するとどうなると思う? 君の冒険者としてのランクは上がり、依頼を受ける最低料金も上がるが、君の戦闘力に変化はない。最低のFランクだろう。その内、君が受けられる依頼は何も無くなり、君は冒険者として詰む事になる。その時初めて解放されるだろうな。容易に想像がつくという物だ。本来この様な行為は違反となるが、全てはミラを守る為なのだと言われれば組合は何も言えんし。むしろ積極的に協力するだろう。何せ正式に名乗れないとは言え、聖女様。だからな」


「な、なら私が強くなれば!」


「それこそ、世界を甘く見ているとしか言いようがない。君は城壁に囲まれ、多くの騎士に守られた街で生まれ育ち、一歩も外に出た事がなく、常に優秀な兄や規格外の戦闘力を持った姉に護られて生きてきた。そんな箱入りの中の箱入りである君は、何年戦いの練習をしようとも、角ウサギにすら勝つ事は難しいだろう。戦いは君が頭で思い描いた物とは違う。向こうは君の、のんびりとした攻撃魔術など待ってはくれないし、当てる事すら出来ないだろう」


「そう、かもしれません。そうなのかもしれません。ですが、私は、諦めたくありません」


「ミラ!」


「殿下! 私は幼き頃よりずっと夢を見てきたのです! この手で未知に触れ、この足で世界をめぐる夢を。その為に惜しまず努力だってしてきました! これは自慢になりますが、私はこの世界の誰よりも、歴史について詳しい自信があります!」


「知識があるから何だというのだ。先ほども言ったが、君が傷つく可能性がある以上、君を外に出す事は出来ん。もう良い。既にフレヤへ連絡済みだ。君の頭が冷えるまでメイラー家で過ごすと良い」


「殿下! 私、ヘイムブル伯爵家の初代当主様が使ったとされる『神刀』が眠っていると思われる場所だって分かってるんです! 他にも、聖女セシル様が残された死者を蘇らせる為の魔術とか! 殿下! その遺跡に入るには私の知識が必要なんです! なら、私が行くべきでしょう!?」


私は我が家のメイドさん達に捕まりながら、必死に殿下に訴えるが、殿下は首を振るばかりであった。


「ミラ。その辺りはいずれ騎士団を率いて調査を行おう。どの道、君が冒険者にならずとも済む問題だ」


「いえ、それだけでは、国内だけならそうですが、国外にも様々な物が!」


「では連れて行ってくれ」


「殿下ー!」


結局私はメイドさん達と、遅れてやってきたお姉様に捕まって、領地へ、そして家に戻る事になった。


少々やり過ぎてしまった時の様に、部屋に閉じ込められて多くの騎士さんに部屋を囲まれる。


脱走しない様にという事だろう。


部屋から外に出る事は叶わず、お気に入りの本を抱きしめながら、私はベッドの上で眠る事しか出来ないのだった。


目尻から頬を伝う感触には……気づかないふりをして。

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