話さないで
華川とうふ
あそび
「ねえ、はなさないで」
それは子供の頃に流行ったゲームだった。
給食の時間や授業中。そのゲームは何時でも始まる。
誰かの右耳にこうささやくのだ「はなさないで」。
言われた側の人間は、文字通りそこから話してはいけなくなる。
そう、たとえ授業中に先生にあてられても何も話してはいけない。
声を出すのも基本的に禁止。
すごく単純だけど、なかなか日常生活を脅かす、退屈な学校生活にはぴったりなゲームだった。
話せるようになるためには、誰かに左のてのひらに「放」という文字を書いてもらうことが必要だった。
仲の良い友達がいる子はいい。
すぐに友達が気づいて、てのひらに文字を書いてくれるから。
だけれど、友達が休みだったり、嫌われている子にとってはこのゲームは遊びでは済まなかった。
先生や親にどんなに怒られても話すことはできない。
それがルールだった。
子供の世界はとても小さくて厳格で狂っている。
ルールを破ったものにどんな制裁があるかは誰も分からないけれど、気持ちとしては「ルールを破ったら死刑になる」それくらいの気持ちだったと思う。
それくらい重い決まりを誰かに押し付けるのは楽しかった。
そう、「放」という文字を書いてもらう友達がいない子供までこのゲームに巻き込まれたのはそのせいだ。
子供には自由なんて一つもない。
学校に親に習い事。
毎日色んなことに雁字搦めで息苦しかった。
そんな中でこの遊びは自分がルールに縛られることもあるけれど、誰かをルールでしばりつけて行動を制限できる魅力的なものだった。
子供ながらに、誰かの運命を握るとか誰かを支配する、そんな喜びをみんな感じていたおかげかこの遊びはあっという間に広まっていった。
クラスの中心的なメンバーから教室の端っこにいる目立たない子。
誰もが、この遊びに巻き込まれていった。
でも、この遊びの流行はある日パタリとなくなった。
先生にばれたのだ。
この遊びが流行りすぎて隣のクラスにも伝わったことによって、隣のクラスの教師からうちのクラスの担任にばれた。
先生は大激怒。
誰かに「はなさないで」というのも、掌に文字を書いてあげるのも禁止って。
一時間じゃすまないお説教をくらってこの遊びの流行はあっけなく終わった。
なんで、高校生になった今こんなことを思い出したかって?
さっき、久しぶりに会っちゃったの。
ほら、昔仲が良かったけど何となく疎遠になった友達って。
でも、女の子同士だと大抵は無邪気にはしゃいで近況報告をすればなんとなく和やかな雰囲気が流れる。
いままでだってそうだった。
あのとき仲の良かったカナにさっき、久しぶりにあったけど変わっていた。
昔は明るくて活発でリーダーシップを取るタイプだったのに、暗くて一言も話さないの。
いやだなあと思いながら私は一方的に他の女子とやるような世間話で盛り上がるふりをして別れたよ。
でもね、思い出しちゃったの。
私、あの日、学級会の前にカナに「はなさないでね」って言っちゃったんだ。
話さないで 華川とうふ @hayakawa5
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