⑥『貴重な経験』さかやかける著(ブランコ)

「過去へ行ってみないか?」

 社会人四年目、バカバカしいとは思ったが、仕事に疲れきると変な誘いにも乗れるものなのか。布団と職場の往復で、何もかもどうでもよくなった心に刺さった。

「とにかく今日の仕事終わりについて来いよ」

 古びた遊具が今にも朽ち果ててしまいそうな、当たり障りもない公園。毎日仕事の往復で通る道だが、存在に気がついていなかった。広い土地に対して遊具が少ない。きっと朽ち果てたものは撤去されたのだ。このまま同じ生活を続けていたら、いずれ俺もこの公園のような人間になってしまう、そんな危機感を覚える。

 今更ながら恥ずかしい。大の大人が二人で過去へ行くために公園に来ているのだ。

「なあ、もう帰らないか?」

「今更何言ってんだ。いいから来い」

「過去に行くっていってもな、炎をあげながら車でも現れるのかよ」

「いいから黙って見てろ」

 しばらく立ち尽くしていると、スピーカーが五時のメロディーを虚しさとともに流し始めた。

「そろそろだ」

 虚しさが地面に吸収され終えたとき、顔面にお湯をかけられたような熱さが伝わった。

「うそだろ……」

 目の前に炎が現れ、その中に古びたブランコが見える。

「な?」

「な? じゃねえよ。なんだこれ、バカにしてんのか」

 ブランコの登場の仕方は現実離れしているが、過去へ行くものがブランコだなんてありえるのか。

 実際タイムマシンなど見たことはないが、車や引き出しの中にあるものじゃないのか。

「いいから乗ってみろよ。忘れられない体験になるぞ」

 疲れ切っている脳みそは、非現実的なものに惹かれるように設計されているのか、無意識に乗っていた。さすがに大人が子供用のブランコに乗るのは苦労した。

「いってらっしゃい。行きたい過去を思い出しながら数回漕いでみろ。十分くらいしたら勝手に元の時代に戻るから」

 身一つで戦闘機に括りつけられたようだ。数回漕いだだけで加速感が増していく。数秒すると落ち着いて周りの景色にピントが合うようになった。

「十年前……俺が高校生だったころ……今の会社に入らないように……」

 変な違和感があり、思考が止まった。ブランコから抜け出せない。元の時代では朽ちていた公園も、十年前は子供たちで賑わっている。

「おじさん、何してるの?」

 このままでは変質者だ。何をしても抜け出せない。十分後には元の世界に戻るというが。恥ずかしい。

「なるほど、これが忘れられない体験か」


《了》



さかやかける

https://kakuyomu.jp/users/Sakayakakeru


身内の小説家に背中を押され、最近小説を書き始めた者です。いろいろ粗が目立ちますが、甘やかしてください。

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