飲み会の帰り

郷野すみれ

第1話

「ただいまー」

「おかえり」


金曜の夜中、卓人が家に帰ってきた。二、三年一人暮らしをしていた私たちは、結婚を見据え、最近引っ越して同棲を始めた。


「うわ、お酒とタバコの匂い。スーツこっち持ってこないで、玄関にかけといて」


大人しく玄関のハンガーポールにスーツをかけた卓人は、まっすぐ私のところに向かってきた。何かあったのかな?


そのまま廊下で強く抱きしめられる。


「どうしたの?」


私は卓人に腕を回す。


「……はなさないで」


いつになく弱々しい声で言われ、私は黙る。


「俺のこと、手放さないで」


どうやら飲み会で何かがあったらしいことはほぼ確定だ。


「手放さないよ。そもそも、実家帰ったらすぐ近く……ぐえっ、苦しい」


「結婚したいのに、俺の貯金全然貯まらないし、俺の給料全然上がらない」


唐突にプロポーズ未満のことを言われ、一瞬思考が止まる。


「え、別にお金のことは気にしなくていいのに」


東京の私立を出て、いわゆる総合職に就職した私と、地元の国立を出て急遽営業職に就職した卓人は、どうしても給料の差が出てくる。体育会系だから、体力的にもノリ的にもなんとかやっているみたいだが、うまくいかないことも多いのかもしれない。


「飲み会の後、そういうお店に連れて行かれそうになった。俺には佐紀子がいるからいいって言って、半ば無理やり帰ってきた」


「断ってくれてありがとう」


私はよくわからないが、多分、運動部をずっとやってきて上下関係の染みついた卓人にとっては、先輩の誘いを断るのは精神的に負担だったのではないか。


しかも、酔っている。意外と卓人はお酒に弱くて、私の方はザルだ。


ぽんぽん、と背中を叩いて離れるように促す。


「また将来のことちゃんと話そう。ほら」


なかなか離してくれない。しばらくそのまま抱きしめられるがままだったが、途中で寝ていることに気がつき、なんとか寝室まで引きずっていった。


そのことをずっと私にネタにされるのは、また先の話である。

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飲み会の帰り 郷野すみれ @satono_sumire

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