小花

あぷちろ

 本日は晴天。卒業式という門出の日にふさわしい天気だ。

 からりと晴れていて、早くも散ってしまった桜の残り香すらも感じとれる。この日ばかりは廊下を賑やかす生徒もまばらで、どこか厳かな空気が漂っている。

 在校生側である私は卒業生側である彼女を送り出すべく、今日という日に学校へと訪れていた。

 一人、部室で待ち人の訪れを切望する。私と彼女は同じ文芸部の仲間であり、ふたりぽっちの最後の部員だ。

 3階建ての校舎の2階、角にある小さな教室。そこが私と彼女の宮殿。2年にも満たない時間だけしかこの部屋で過ごせなかったけれども、あるいはそれで充分だったのかもしれない。

 今日の卒業式には在校生は入ることができない。例年は在校生の一部が参列していたが、本年度はそれすらない。たとえ、その場に私が参列したとしても私の視力と身長では彼女の表情を捉えることはできなかったであろう。

 そう考えれば、卒業式の後に彼女を独り占めできるのは存外に悪くはない気分だ。彼女は良くも悪くも魅力にあふれていて、いつもは取り巻きの少女たちが守りを固めている。

 二人きりで会える場所など、この部室しかなかった。

 遠くの方からさざなみのような騒がしさが押し寄せる。講堂で行われている卒業式が終わったのであろう。騒々しくも憂いと感激を孕んだ声が春の空気と混ざり合う。

 しばらくしてひとしきりの別れが済んだからか、さざなみは落ち着き再びおだやかな空気が戻ってくる。

 それからまた、しばらく待つと、私の待ち人が現れた。

 私はこぼれる涙を隠して、彼女を笑顔で迎え入れる。これから、会うことも少なくなるだろう。今生の別れではないと理解していても、寂しさは消えやしない。

 指とゆびを絡めて、今日のこの時にしかできない話をした。日が落ちるまで、私が折り合いをつけられるまで。

 流石に、学校が閉まるからと、彼女は告げた。こんな事で私は聞き分けが悪いと思われたくなくて、うなずいた。

 

 つい、と最後に触れていた指先が離れる。

 はなさないで、と言葉にならなかった。

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小花 あぷちろ @aputiro

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