第2話 異世界令嬢

「ここは、日本だよ」


 今、自分がどこにいるのかを分かっていない様子の少女にここが日本であるということを教えた。

 だが、それを聞いた後も彼女は困惑した表情のままだ。


 やはり、この世界とは違う異世界から来たのだろうか。


「ニホン……? 国の名前ですか?」

「そうだよ。もしかして、知らない?」

「はい、初めて聞く国名です……」


 やっぱりそうだ。

 日本は世界的に見ても結構有名な国だと思う。それなのに、日本を知らないという。


 今、気が付いたが、なぜか言葉はお互いに通じている。というか、同じ言語だ。


 とりあえず、色々と情報が欲しいな。


「君はどこから来たの?」

「私は……イヴアセスト帝国から来ました」

「イヴアセスト……? 聞いたことがないな」

「ここは私がいた世界とは違う世界なのでしょうか?」


 どうやら彼女も自分が違う世界――異世界から来たのではないかと感じているようだった。

 多分、確定だろうな。


 イヴアセスト帝国という国名を俺は今まで一切聞いたことがないし。


 とりあえず、続けて色々と聞いていくことにする。

 彼女のいた世界のことはもちろん気になるが、それ以上に彼女の情報も知る必要がある気がする。


「多分だけど、この世界と君が元いた世界は違う世界なんだと思う」

「そうですよね。ニホンという国を始めて耳にしましたし」

「ああ、俺もイヴアセスト帝国という国は今日初めて聞いた」

「そうですよね」


 相手のことを細かく聞くよりもまず先に自分のことを話しておくべきか。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。俺は、藤川璃空だ。15歳だ。よろしく」

「あっ、私は、ティナ・アーネットと言います。私も同じく15歳です。よろしくお願いします」

「うん、よろしく。それじゃあ、ティナって呼べばいいのかな?」

「はい、それでお願いします。藤川と璃空のどちらがファミリーネームなのですか?」

「ああ、そうか。聞きなじみのない名前だもんな。藤川がファミリーネームだよ。俺のことは気軽に璃空って呼んでくれて構わないよ」

「はい、わかりました璃空……。えへへ、少し照れますね」


 何この子、可愛すぎるんだけど!

 俺の名前を呼ぶだけで顔を赤くさせて照れてるその姿にキュンとしてしまった。というか、これでキュンとしない男子は世界中のどこを探しても絶対にいない。


 ティナ・アーネットか。

 素敵な名前だ。


 その美しい姿によく合った名前をしている。

 それに、俺の予想通り同じ年齢だったか。


「あ、そうだ。ティナはどうしてここに来たのか理由は知っていたりする?」


 何の理由もなしに、異世界からこの世界へと来るはずはない。

 ティナの意志でこの世界に来たというわけではなさそうだが、何かしら理由はあるはずだ。


「はい、一応知っています。私はある人物によってここに転移させられた……いえ、のだと思います」

「ある人物?」


 何か引っかかる。

 ティナは転移させられたのではなく、転移させてもらえたと口にした。つまり、彼女にとって元の世界に居続けることは、彼女自身にとって良くない何かしらの理由があったということだろうか。


「その人物は、アーネット家のメイドです」


 ティナの身に纏う美しいドレスからも少し感じていたが、ティナは異世界では貴族令嬢だったのだろうか。

 メイドを雇えるほどの資金を持つ家柄。

 となると、貴族の家系である可能性はある。


 メイドを雇っている家なんて、この世界じゃほとんど聞かないぞ。


「メイドってことは、ティナの家は貴族とかなのか?」

「えっと、一応貴族ではあります。ですけど、アーネット家の先祖様の功績によって今も貴族としての地位を維持することができているだけの下級貴族なんです。だから、本当は我が家にはメイドを雇うような資金的余裕はあまりないのです」

「そうなのか。そっちの世界では、上級貴族と下級貴族で周りからの扱いも違ったりするのか?」

「はい、全く違います。そのせいで、私は周りからあまり良い扱いをされてきませんでした。だから、うちのメイドは私をこの世界へと転移させてくれたんだと思います。私を安全な場所で生活させるために」


 貴族だということは当たっていたが、下級貴族で、メイドを雇うことは簡単ではない家のようだ。


 ティナは時折、辛そうな表情をしながらも俺に多くのことを教えてくれた。

 聞く限りだと、相当酷い環境で生活してきたのではないだろうか。


 俺は、貴族のことについて詳しくはないが、それでもティナがこれまで生きてきた環境が酷いものだったということは、彼女の言葉とその表情から伝わってきた。


 そして、ティナをこの世界に転移させたメイドはとても良い人だったのだろう。ティナが安全な環境で生きられるようにするために転移させたのだから。


「ティナ、これまでよく頑張ったな。これからは、この世界で安全に生きよう。ティナが望むならこの家に住んでも良い」


 俺は自分で発言した直後にやってしまったと思った。

 この家に住んでもらうということは、一緒に暮らすということ。俺は出しゃばったことをしてしまったと焦ったが、ティナの反応を見て安心した。


 ティナは静かに涙を流しながら、安心したように笑顔を見せて、「ありがとうございます」と、感謝の言葉を口にしていた。


 彼女が幸せに暮らしていけるように守ろうと心の中で誓った。

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