パートタイマー降格から始まるハーレムライフ〜でも現実世界も異世界も非正規雇用って厳しくないですか〜【パリィと超必が俺の生活費と『おねショタ』を救う!】

けーくら

第一話 俺がビルから飛び降りるまで その1

「早くお茶持って来てよ!」

「はい、分かりました〜」


 振り向きもせずに和かな声を出す。表情は苦虫を噛み潰すとはこのこと、という顔だ。


(まだ十四時四十分だぞ。ホットタイム休憩は五十分からって何度言っても……)


四条しじょうちゃん、は・や・く!」

「はい、お待たせしておりまーす」


 生成AI全盛の昨今では珍しい程に昭和を感じる古臭い事務所。その隅の古臭い給湯室からお茶の準備をしている。


「休憩終わっちゃうわよ〜」


(だから、本当ならまだ始まってないんだよ!)


 口に出さずに無言で和かな笑顔だけを向ける。

 周りを見ると古臭いパソコンが十台ほど学校の教室のように整然と並んでいる。今はモニターの電源も落とされ部屋に響くのはかしましい笑い声だけだ。


「はいはい、お待たせしました……」


 お盆にお茶を六杯用意すると、少しだけ慌てたフリをしながらソファーに座る五人のが立った女性……要するにオバさんの所へ運ぶ。


「昨日、裏の家で葬式があってさぁ。そこの家が偏屈だから、未だに近所の奥様方を集めて接待させるのよ」

「あれ? ユキちゃんの家、凄い田舎だっけ」

「高速で四十分よ!」

「十分過ぎるほど田舎じゃない……あはは」

「高速道路を四十分なんて小旅行よねぇ。んふふ」


 淡々とお茶を五人の女性陣の前に置いていく。


「アンタら失礼ね……ほら、四条くんも座って。銀蝶堂の酒饅頭は美味しいわよ。昨日の労働の成果を心して味わいなさい」

「あら、嬉しい。ユキちゃんグッドよ」

「由紀子さん、頂きますね」


 ソファーに腰掛けながら自分のお茶をそっと置く。早速に目の前の饅頭を口に放り込む。


(はぁ……甘味は人生の潤いだな)


 我ながら爺むさいと思いつつも日頃のハードワークに疲れた脳に糖分が染み渡る。思わず涙でも出て来そうな勢いだ。


「今時やんなっちゃうわ。葬式に近所の人も合わせて二百人くらい来てたわよ」

「昭和ね〜。お寿司代だけでも大変じゃない」

「サッちゃん、寿司なんて出すわけないでしょ。ご飯と味噌汁だけよ」

「……」


 一瞬の静寂の後、笑い声がけたたましく鳴り響いた。


「あはははっ! ケチねー」

「んふふ、凄いわねぇ。香典で大儲けじゃないの?」

「ということは……ユキちゃん、ご近所の奥様方にはお返し凄かったんじゃない?」

「金一封くらい包んで貰ったの? どうなのよ」


 由紀子はニヤリとすると、少しだけ溜めてからボソッと呟いた。


「さっきアンタ達が食べた饅頭一箱が報酬よ」

「……」


 またけたたましい笑い声が部屋にこだました。


「あはははっ! そりゃ悪かったねー。四条くんなんて一口だよ」

「……んっ、あっ、お美味しいですよ……」


 急に話を振られて面白く対応できず。


(オバさんでも突然話しかけられるとオドオドしてしまう……自己嫌悪だ)


 こんなんだから彼女いない歴三十一年の三十一歳が出来上がる。ひっそりと暗い顔になってお茶を啜るしかない。


「ははは、そこの家は大儲けね。ウチもやろうかな」

淑子としこんとこの亭主はまだまだ死なないでしょ」

「あら、不整脈が出ちゃったから毎日薬漬けよ。七十になったら悪い症状が出始めるって――」

「――七十なら、もう死んでんじゃないの?」

「……」


 またも一瞬の静寂。


(耳押さえたい……)


「あはははっ!」

「お薬の無駄よねぇー! んふふっ」

「はははっ、うちの亭主よりマシよ。あのアル中め」

 

 今日一番の笑い声が響く。


(あぁ、また隣の事務所からクレームが俺にくる……)


 この世の中にはオバさんの群れに文句を言う勇気のある者など存在しない。全て近くの気弱そうな男に向かってくる。


「ちょっと! ボリュームが大き過ぎませんか!」


 扉が勢い良く開くのと同時に大声のクレーム。隣に事務所がある経理部の青山まりんが部屋には入らず仁王立ちしている。


(ほら来た……)


 で、やはりこちらを向いている。


「四条! 五月蝿いと思わないの?」

「あっ……す、すまん。少しうるさかったかな……」


 こちらが言い訳をし始めたところで味方勢力が迅速に反撃を開始する。


「あーら、キラキラネームの……」

「経理部のマリンちゃんよね。ホントに可愛い名前ね〜」

「名前だけじゃないわよ。若くて可愛いわ」

「私達は全員オバチャンじゃない。名前もトシコとかサチコだから羨ましいわ〜」

「ホントね〜。肌もキラキラしてるわ〜」

「そうよ。マリンちゃんと会うと、海○語で勝てそうよね〜」

「んふふ、私ね、マリンちゃんと会うと勝率七割なのよ。今日早速行かないと!」


 押し寄せる言葉の波を止めることができずに『あぅあぅ』言ってるだけのまりん。クレームは完全に逆効果で余計に騒がしくなる始末だ。

 パンツスーツ姿に肩まで掛かる髪の毛を雑に後ろで纏めている眼鏡の似合うキツめの美人。俺は一浪して入学した大学を一年留年している。だから同期は皆二歳ほど年下だ。その同期の海の顔が徐々に怒りで赤くなっていく。


(あー、面倒だよー)


「な、名前をバカにするのも年齢や見た目で判断するのもハラスメントですよ! 倫理相談窓口にクレーム出しますよ!」

「呼んだ? あっ、饅頭だ」


 監査部の赤城つむぎが海を押し除け入って来ると、慣れた感じで俺の隣に座った。ちなみにコイツも俺の同期。

 黒髪ロングにスリムなジーンズと白シャツ姿が似合っている。喋りはラフな感じで、まぁ美人だが性格がキツい……というより男っぽい。


「皆さんお元気そうで何よりです。四条くん、お茶お願い」


 早速饅頭を一つ掴むと遠慮なく食べ始めた。


「それ、ユキちゃんからよ」

「美味しい。由紀子さん、ありがとうございます。ほら、こんなに美味しい饅頭をお茶無しで食べさす気?」


 睨み付けてくるつむぎの圧に負けて席を立つ。


「自分でヤレよな……」


 心の声を漏らしながら給湯室に向かうと忘れていた海と目が合う。既に顔は真っ赤だ。


「五月蝿いと言って――」

「――ねぇ、莉子りこちゃん。今日はお菓子あるかな?」

「知らねーよ。あっ、海じゃん。一緒にお茶しよーぜ」

「ちょ……ちょっと、あぁ……」


 ここで製造部の緑川莉子りこと調達部の黄金こがねあおいが海の両脇を抱えてソファーに連行していく。これもいつもの光景。

 作業着姿の莉子りこは金髪も相まって見た目はほぼヤンキー。性格も見た目通りにキツい。葵は明るい髪色でワンピースの似合う系なのだが俺だけにやたらキツい。

 給湯室まで来ると急須の出涸らしを捨ててお茶っ葉を新しくする。給湯器からお湯を入れてソファーの方を振り向くと、俺の座っていた場所に莉子が、隣の紬を挟んで海と葵が座ってワイワイ賑やかにやっている。


「共犯にするとは恐ろしい……」


 既に海の口にも饅頭が放り込まれていた。

 というわけで、四人のキツめ美人がソファーでパートのおばさん達と和気藹々と饅頭を食べている。同期四人組にお茶を出す為、湯呑みをお盆に四つ載せる。ふと、何となくもう一つ追加して五つ用意することにする。


「同期の皆様……お、お茶の配給ですよ」


 この部屋の主人と言って良い筈だが、明らかに最も立場が弱い。ソファーの隅に葵と三十センチほど間を空けて腰を掛けるとお盆ごとお茶セットをテーブルに置いた。しかし……オバさん五名と同期の女の子四人vs野郎一人とは特殊な地獄の合コンみたいだ。


(まぁ、本物の合コンには一度も参加したことはないけどね!)


 自分へのツッコミで無駄に悄気しょげる。


「セルフサービスなの?」


 で、女性陣のツッコミに異常に怯える。


「ひっ……あ、ありがたく頂けよ。今週からは優子さんが買ってくれた焙じ茶……なんですから」

「んふふ、安物だから遠慮なく召し上がれ」

「わーい、ありがとうございまーす。だからって四条、お前が偉ぶるなよ!」

「ぐっ……」


 葵、本当に当たりがキツい……やっぱり俺のこと嫌いなのかな。ただの同期とはいえ嫌われてるのを再認識すると凹むぜ。


「まぁまぁ、コイツが同期だからココで素敵なお茶会に参加できる。そこは評価しないとね」


 紬がニヤニヤしながら追い撃ちをかける。


「だ、大体からして私達のことを名前で呼んで生意気よ! なるべく『まりん』の名は隠したかったのに四条のせいでバレバレよ!」


 顔を真っ赤にして海はいつもの反論だ。因みに名前の話題は俺も嫌いだ。


「あらあら、こんなに可愛い名前。似合ってるし勿体無いわ。そこは四条くんに感謝しなさいよ。あはは」

「んふふ、四条くんの名前は雷斗らいとなんてホストみたいだから完全に名前負けしてるけどね」


 そういうこと。思いっきり名前負けしているので、同期どもが入社を機に苗字呼びしてくれたのが嬉しい。そこで俺も合わせて苗字の赤城さん、青山さん、と呼べば良かったが、大学四年間の呼び方を変えられなかった。


「わ、わ悪いな。今更にこ……こ、こ黄金こがねさん、なんて――」

「――その名前で呼ぶな! 葵様と呼べ!」


(やはりキツいよー)


 冷や汗を垂らしながら愛想笑いする。


「あ、あぁ。だから、お前らだけ紬、莉子、海、葵、心春こはるって呼んじまう。ど、どうしても嫌なら個別に変えるから言ってくれ……」


 少しの沈黙……四人が困ったような顔で沈黙している。五人のオバさんはこちらの痴話喧嘩をニヤニヤと観察中。


「もう名前呼びで良いわよ。私達は入社と共に一度関係性を社会人としてキッチリしたかっただけだから」


(一番キツいのキター!)


 そこには営業部の若きエース、白藤しらふじ心春こはるが立っていた。高そうなスーツ姿の似合うゴージャスな巻き髪。片手を腰に凛と立つ、その姿はこの会社のマドンナと言っても差し支えない。


「心春じゃん、結局五人揃うのか……」


 呟く海を見もせずに紬がお茶を淹れている。


「同期五人は何事も抜け駆け禁止だもんねー。はい、心春。お茶飲んできなさい」

「そのつもりよ」


 スタスタと高いヒールでスムーズに歩きながら、何故か俺の隣に座る。そしていつもの通りだが、割と近めに座ってくる。


(隙間をもっと開けて! 五センチでは体温を感じるの。意識しちゃうの。アンタらは俺なんか虫みたいに思ってるのかもしれないけど、コチラは意識しちゃうのよ。顔を赤くするだけで『やれ反応した』とか『意識し過ぎ』とか、『エロい』とか、揶揄うのはヤメテー!)


 と、口に出さずに心の中で長文の文句を言ってから、顔色一つ変えずに横の葵と心春の距離を均等に十七センチほどへ調整する。


「心春、由紀子さんからの饅頭もありがたく頂けよ」

「ダイエット中なのよ。昨日接待でお肉食べすぎちゃったから」


 やはりエースは住む世界が違う。テレビの会社紹介番組に出てたのも何回か見たことがある。


「由紀子さん、お心遣いだけありがたく頂きますね」

「あら、ご丁寧に。良いわよ。タダで貰っただけだから」

「そうよ。私達もコハルちゃんを見れると良いことありそうだから」


(観音様かよ!)


「そうよ、コハルちゃんと会うと勝率が上がるのよね」


(パワースポットかよ!)


「光栄ですわ」


 大袈裟な褒め言葉を受け取りクールにお茶を飲んでいる。どんな精神構造してるのか不思議になって、思わず横顔をマジマジと見つめてしまう。


「四条エロい! 心春の顔にデレデレ見惚れるな!」

「葵……べ、べべ別にそんなんじゃねーよ。すげーなって今更ながらに感心してただけだ」


 すると自慢げに『ふふん』と鼻高々な心春。何故か『ぐぬぬ』となる葵。ソワソワ見つめる海に二つ目の饅頭に手を伸ばす紬、『うへぇ』と呆れた表情の莉子。それをニヤニヤと見守るオバさん五人組。

 少しの沈黙を破ったのは、また女の声だった。


「また皆さん集まってる!」


 そこには部下……昨年度迄の部下で今年度から上司の胡桃沢くるみざわ陽葵ひまりが立っていた。


(新人の時は素直で可愛かったのになぁ……)


「四条、あと五分で休憩終わりです。業務再開の準備してください」


 背は百五十センチほど。ただし五センチそこそこのヒールを履いて百五十なのでミニモニ加入もオッケーだ。心春のスーツに似た感じの装いなので、バリキャリにも見える。要する、この部屋に現れた六人目のキツめ美人だ。


「パートの皆さんも休憩を終えて業務の準備をお願いします」


(おおぅ……オバさん達にもビシッと注意できるのは素晴らしいと思う。そこは尊敬に値する。偉いぜ後輩ちゃん!)


 少し感心して眺めてしまう。

 すると、一瞬の間を空けて一斉に苛烈な反撃が始まった。それに対抗するは単騎の若き戦乙女。


「ヒマリちゃんもお茶飲みなさいよー」

「優子さん、結構です」


 キルマークが一つ。


「饅頭どう?」

「由紀子さん、結構です」


 二つ目。


「陽葵、一緒にお茶くらい付き合えよ」

「莉子さん、業務中ですから」


 三つ目。


「堅いわねー。一番若いんだから歳上は敬いなさい」

「淑子さん。役職や年齢じゃなくて役割で皆さんに接しているんです」


 四つ目。あと一つでエース。


「休憩は労働者の権利よ。休憩時間に仕事の準備を強制するのは倫理行動違反で懲戒に値するわ」

「ホットタイムが十四時四十分から始まってました。それこそが懲罰の対象ですし、既に五十五分を回ってるので、本来は業務をしていなければいけません」


(おぉ、紬をやり込めたぞ。愉快愉快)


 これで五つ撃破でエース獲得となる。しかし攻撃はまだ続く。


「同級生の年上に『くん』付けは何かムカつく」

「え……えーっ? えっと、それは……」


 葵……俺に対する時より当たりが厳しいぞ。

 すると、心春がスッと立ち上がり軽く伸びをした。


「んー。私達とお茶するのも……ってことでしょ。寂しいから得意先にでも寄って直帰しようかなぁ」

「白藤様ぁ……ゲフンッ! 皆さん、白藤さ……さんを見習って仕事仕事、さぁっ!」


 一瞬クネクネしたと思ったら、今は手を叩きながら追い出しに掛かっている。


(ん……何だ?)


 一瞬の違和感に脳は付いて来なかった。

 ほんの少しだけ挙動不審な胡桃沢を見詰めるうちに皆がお茶会の解散に納得してくれた。ここでパート管理者の俺が業務の開始を宣言するのがいつものパターン。


「では、く、胡桃沢リーダーの言う通り――」

「青山リーダー! ここでし……たか……」


 若そうなスーツ姿の男性社員が慌てて入ってきた。確か経理部で海の部下の子。しかし女性十一人にジロリと睨まれて狼狽えている。


「坂本どうしたの?」

「あ、青山リーダー、いっつも注意に行くと全然帰って来ないのやめて下さい……じゃなかった!」


 真っ赤になってプルプル震える海を無視して焦る男はとうとう核心を告げた。



「せ、先月の収支が二億ほど合いません!」

「えーっ! もう締日しめび過ぎてるわよ、何でー?」



 そう。この時は海の叫びが聞こえてきても『大変そうだな』としか思わなかった。

 そう。この瞬間までは。


――――――――――――


【エース】

五機以上撃墜したもの。エースパイロットのこと。


【キルマーク】

撃墜した数を示すマーキング。自分の機体のマークの数で自らの技量を誇示する。

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