第85話 ロイの進化

 悲痛な叫び声が最後尾となった馬車から上がり、馬車隊の中央部も魔物に襲われ、混乱が広がった。


「ソニア、エリナ、魔法で援護だ!」


 ロイが叫ぶと、ソニアとエリナは呪文を唱え、火球や氷の矢を魔物たちに放つ。


「ミランダ、ベリーズは弓で支援を!」


 ロイの指示に応じ、ミランダは矢を連射し、魔物たちを一掃する。


「陣形を整えろ!馬車を護れ!」


 隊長の命令が飛び交い、奥方が乗る馬車を守るため、兵士たちは急いで隊列を整え武器を構えた。


「射て!!」


 弓を持つ兵士たちは次々と矢を番え、狙いを定める。


「奥方様を守るんだ!俺たちも援護する!」


 ロイの声が力強く響き、兵士たちは新たな勇気を得る。


「ああっ!」 という悲鳴が上がり、騎馬の一人に巨人型の魔物が投げた石が直撃し、不運な兵士は落馬してあっという間に魔物にバラバラにされていく。


 我々が殿を務めます等と言って馬車の速度を落としたり、停止してもあっという間に魔物に飲み込まれて無駄死にするだけで、何ら解決しない。


 奥方様の馬車は先頭から3台目、ロイの乗る馬車はその後ろ、更に3台の馬車が続く。


 ロイたちもソニアとエリナの魔法で後方の魔物を弾く。

 また、ミランダも新たな矢を取り出し、後ろに向けて放ち続ける。

 見えている訳ではないので、当たるかどうか分からないが、倒れれば何体かを巻き込んで転倒し、僅かながらも時間稼ぎにはなる可能性がある。


 そして横から魔物が現れ、それぞれの馬車が対処する。

 また、最後尾、更にその次と、2台の馬車が次々と魔物に捕まり、転倒させられあっという間に中にいた兵士は蹂躙され、食われていった。


 無情だが助けに行くことはない。

 死ぬのも彼らの仕事だ。

 その働き、つまり身を挺して主を守らんと散った忠義の者として、領主から残された家族に、今後の生活に支障のない給金が支払われる。

 それ故兵士たちは躊躇わない。


 どの道止まれば確実に死んでしまうのは、誰の目にも明らかで、馬も理解しているから全力で走る。


 彼らは絶対に諦めることなく、町への到着を目指して全力で逃走を続けた。


 魔物に襲われ始めると騎馬の1人が隊長に命ぜられ、町に急を知らせに駆けて行く。

 町の外にいる者を速やかに町の中に入れ、奥方様が町に入ると同時に門を閉めるように伝えるためだ。


 その為、伝令を担う兵士は特別に足の早い馬に乗っている。


 猶予は大体5分。

 つまり5分先行するだけなのだが、しかしそれで十分だ。


 その騎馬は伝令旗を掲げ、町に到着すると門番に向かって叫ぶ。


「魔物の群れだ。アルティスの町より我が主が向かっており、魔物に追われている。外の民を急ぎ中に入れ、門を閉める用意をせよ!」


 それを聞いた入町の為に並んでいる者、町を出たばかりの者たちはパニックになり、我先にと町の中に駆けて行く。


 何故なら伝令が来た方向から尋常ならざる土煙が見え、魔物かどうかはともかく、『やばい』と思うに十分な遠吠えなども聞こえてきたからだ。


「先に行き奥様を守るんだ!我々が最後尾を引き受ける!」


 ロイは最後尾を走る馬車を先に行かせ、殿を努めることにした。兵士の馬車が魔物に飲み込まれるのは時間の問題なので、先に行かせたのだ。先に行かせ奥方様の馬車を守って貰う方が、全体の生存率が上がると判断したからだ。


 ロイも弓を取り放って行く。


「門が見え・・・」


 御者が安堵の声を上げかけたが、最後まで言葉を発せられなかった。町を目前としていたのに巨人の投げた石が不運にも御者に直撃し、彼は馬車から落ちていった。


「くそっ、御者さん!」


 ロイは悔しさと怒りをにじませながら、馬車を自ら操り、最後の力を振り絞って門へと向かった。


 御者が馬車から落ちていったが、それでも馬は恐怖から門を目指して駆けて行く。


 振り向いたロイの眼には、落下した御者に魔物が群がり、食らっているのが見える。

 昨日、今日と話をしたり、一緒に飯も食ったり話をした者だが、助けることはできなかった。

 どう見ても首の骨を折っており、即死だったのもあるが、助けに入れば確実に死ぬ。


 巨人が投げた石が運悪く上から落ちてくる形で当たったのだが、やみくもに投げても、数が多ければ当たるし、2台の馬車はそうした攻撃に馬が殺られ、魔物の群れにのみこまれたのだ。


『やばいな』


 ロイは生命の危機を感じ呟いたその瞬間、一瞬影に入った。

 その途端、馬車が横転してロイたちは地面に投げ出された。

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