第10話 再会と誤解

 夜明け前の薄暗がりの中、ソニアは焦りの足音を響かせる。彼女がたどり着いたのは町を囲む壁に設けられた門だった。


 だがそこは、もはや彼女にとっての希望の出口ではなかった。

 門番は解体場長ガレスの指示を受け、頑なにソニアを門の外へ通すことを拒んだのだ。


「どうか、私を外に出してください!行かなければならないの!私の大事な人が助けを待っているの!」


 ソニアの声は朝露に濡れた大地のように震えていた。

 しかし、門番の表情には変化がない。彼らにとって命令は絶対であり、彼女の懇願は無力だった。

 夜から明け方にかけて門は閉ざされており、ソニアは門が開く時間に来たのだが、どうにもならなかった。


 ソニアの目には涙が浮かび、彼女は門前で力なく崩れ落ちた。心の中でロイへの思いが、荒波のように彼女を揺さぶり続けていた。


 その頃、町の外ではロイが別の戦いを終えて目覚めてから歩き始め、1時間ほど経過していた。


 ソニアが門前払いを受け泣き崩れていたが、見かねたギルドの職員がギルドに連れていった。

 これもガレスが予測しており、ギルドの職員を手配していたのだ。


 そしてソニアが門から連れ出された1時間後、ロイは町に入り領主の屋敷へと足を運んでいた。

 門番はロイの姿にぎょっとするも、ギルドの任務中と一目で分かり、そのまま通すと共にギルドマスターに報告に行かせた。


 そしてロイは真っ直ぐ領主の館に向かった。その目的はただの報告ではなかった。警備に阻まれながらも、己の身分を証明するステータスカードを提示し、紛失した書状の内容を口伝で伝えるという難題に立ち向かっていた。


「おいお前、何しに来た?ここが領主様の屋敷と知って来たのか?それにその格好は何だ?」


 ロイはステータスカードを出し、門番に見せる。


「私はライラック領主様より、アルディス領主様への手紙を預かりましたが、残念ながらゴブリンの襲撃にあい失くしてしまいました。しかし、口伝を預かっております」


 門番は服の状態、特有の目の状態からメッセンジャー任務の遂行中と判断した。


「確認した。ついてこい」


 そうして門番に案内され屋敷の重厚な扉を抜け、ロイは領主の執務室にたどり着く。


 そこでロイは人目を避け、口伝でのみとなるが重要な情報を落ち着いた声で伝えた。ロイの記憶は魔道具の副作用により断片的にしかなく、自らの状況に疑念を抱きつつも、使命感だけが彼を突き動かしていた。


 その後、ロイは領主からの答えを血塗られた手紙で受け取る。その文字は読み解くことができないほどに損なわれていたが、実際は手紙の内容はさほど重要ではない。いくつかのブラフが入っており、口伝てにより伝えられる符号により意味をなす。

 つまり例えば敵対勢力に捕まったり、今回のような形で手紙を奪われ、中身を見られてもダメージは少ない。


 だが、手書きだという事実が大事なのだ。


 領主から任務完了の書状を渡され、ギルドマスターに渡して全完了となる。


 ロイは夢遊病のようにギルドへと足を運んだ。そして、ギルドマスターに顔を出すと、魔道具により任務完了に伴い呪縛解除をされ、やっと意識がはっきりする。


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 何があったのか、ゴブリンクインを倒したことの概要と、魔石を見せたところで遮られた。


「ご苦労だったな。それにしても酷い格好だぞ。取り敢えず部屋に戻って着替えろ。その後報告に来い。それと後に代わりの服はこれで買ってこい。」


 投げられた小袋の中には金貨20枚が入っており、ロイは中身を見て絶句した。


「ちょ、ギルドマスター、中身おかしくないですか?」


「早く戻れ。お前さんの同居人が涙を流して待っているぞ。それで心配をかけた詫びとでも言って、服でも買ってやれ」


 そうして言葉には出さないが、臭いからギルドマスターに追い出されたロイだが、魔道具による呪縛から脱却してハッとなった。

 どうしてソニアに会いたいと思わなかったのか不思議だったが、予め思考に制限がかかるから、一番大事なことの優先順位が下がるはずたと言われていたのを思いだした。


「ソニア!今行くからな!」


 そうして慌てて部屋に向かって走るが、慌てていたため何度も躓いていたのはご愛嬌。


 ソニアは、ロイが任務から帰還するのを切ないまでの想いを胸に部屋で待っていた。必ず生きて戻ってくる!死体を見たとは言われなかったから、生きていると信じていた。そうしてロイが無事でありますようにと祈りを捧げていた。


 ガチャリ!そんなソニアの願いが通じたのか突然開いたドアの先には、ロイの姿があった。


 その姿が目に入るや否や、ソニアは思わず駆け寄り強く抱きしめた。


 ロイは、彼女の意外なほど大きな胸の感触に『結構大きいのな』と思うも、抱きつかれたことにほんの一瞬だけ驚きを隠せなかった。


 そしてソニアの頬を涙が伝い、心からの安堵の感情に包まれていった。


「ただいま」


 ロイが囁くと、部屋にはふたりの心の交流が満ちていた。戦いの疲れと痛みを超えた彼の声には、無事に帰還したことの喜びが込められていた。そしてソニアの涙は、ロイの帰還を語る最上の証となったのだった。

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