第5話 共に歩む底辺

 ロイはアルディスの街の片隅で日々苦労を重ねていた。


 ギルドではもちろん花形の受付嬢から相手にされることはない。それどころか、仕事内容に文句を言われるのはまだましで、日々陰口を囁かれている。

 そして冒険者からは軽蔑される日々。

 一番の理由は薄給なのと、解体に伴いかなり臭いことからだ。


 受付嬢からの当たりもかなり強い。

 例えば解体結果の書類を持って行った時のことだ。


「またあんたね?何やってるのよ!また間違っているじゃないの!あんたの所為で冒険者から文句を言われるこっちの身にもなりなさいよ!まったくトロいわね」


 等々ガミガミ言われる。


 書類を置く場所が違ったりしたり、間際らしい場合がある。

 人によっては解釈が違うから次からはこうしなさいよね!ちゃんとやりなさいよ!等と、冒険者登録をしようとした時に断わられたが、その時に応対していた受け付け嬢から、きつい口調で毎日のように小言を言われる。


 その受付嬢がロイに文句を言うと、他の職員から「またなの?」と聞かれ、「顔は良いのに、こうもトロイってもったいないわよね」


 などとぼやかれるのが日常だった。


 その受付嬢は、燃えるような赤い髪を持ち、肩で切りそろえられている。吸い込まれそうな碧眼の持ち主。

 面長な端正な顔立ちの美少女で、ロイよりほんの少し上だと思う雰囲気がある。有能で相手をちゃんと見て助言などを行うのもあり、人気がある。

 平均的な女性の背丈で、均整の取れたスタイルで胸はそれなりに主張している感じだ。

 ただ、他の受付嬢同様、体目当ての冒険者に言い寄られ男に辟易としている。


 しかし、解体場のスタッフは他のギルド職員とは異なり、絆を感じていた。

 彼らは同じ底辺で生きる仲間だった。


 そんな中でも、時折素材を持ってくるソニアという名の女の子は、ロイにとって特別な存在だった。彼女は空間の加護持ちで、付随する異空間収納のギフトで200kgもの荷物を持ち運ぶことができた。

 見た目は小汚なく、どことなく放っておけない雰囲気を持っていた。

 しかし、彼女の真の美しさは小汚さで隠されていた。

 服装はやつれており、若い女性が着るような状態ではない。擦り切れており苦労が垣間見える。

 背中までの茶色みかかった金髪は手入れができず荒れ放題でボサボサ。また肌もガサガサで小柄で胸の大きさが目立つ。外観に自信がないからか俯き気味で、オドオドしている。

 目や顔立ちは悪くないとロイは思うが、全体的な印象は、彼女を恋人にしたいかというと、そう思わせない貧相な姿だ。

 周りの男から女の子扱いされていないのを知っている。しかし、礼儀正しく人として悪い印象はない。


「これ、お願いします」


「10分ほど待ってくださいね」


「はい。お願いします。いつもありがとうございます」


 いつものようにソニアは魔物の死体を異空間収納から取り出し、査定と換金手続きをして行く。何度見ても不思議な光景だ。


 ロイは彼女の働きぶりにいつも感心していた。獲物を出す位置もちゃんと考え、注意を促す。そして礼儀正しい。


 彼らはお互いの顔を覚えてはいたが、会話を交わすことはほとんどなく、このような事務的な話しかすることがなかった。


 名前は書類からお互い知っていた。

 査定申し込み票にお互いサインし、それが解体場を行き来し、査定額を書いて渡す。それを受付嬢に渡すとお金が貰えるのだ。


 ソニアは冒険者パーティーに入ってはいないようで、行動を共にしているパーティーからぞんざいに扱われているのをロイは見たことがあり、気になっていた。


 ロイはある日、ソニアが解体場に来るのを見計らい、純粋な動機から声をかけた。


「あのう、ソニアさん、突然ですが夕食、一緒にどうですか?もちろん声をかけた僕が奢ります」


 ソニアは少し驚いた表情を見せたが、ロイの提案に応じることにした。奢ると聞いて、涎が出そうになるのを我慢するほどろくなものを食べていなかったのだ。

 このままだと身売りをしないと死んでしまうと、危機感をつのらせていたのもあり、ロイが救世主に見えさえした。


「いいんですか?私で良ければご一緒しますね。私もこの書類を渡してくれば終わるので、そちらのお仕事が終わるのを待ちますね。それで待ち合わせはどこにしますか?・・・」


 二人は解体場の一角で待ち合わせをし、解体場の仕事が一段落つくのを見計らって仕事を上がり、夕食に向かった。

 ロイは快くオッケーをくれたことに喜び、逆にそこからはグイグイ来ていることに違和感を感じなかった。


「改めて、僕はロイ・ファン・クラベル。解体場の新人スタッフで、魔石抜き取りのギフト持ちです。ロイって言ってね」


「あっはい、ロイさん。ご丁寧に。私はポーターをしているソニアって言います。あのう、ロイさんはお貴族様なのですか?」


「ファンだから騎士爵、つまり準男爵だよ。僕は三男で平民と殆ど違わないんだ。それにこのギフトを得たから家を追い出されたんだけどね」


「えっ?追い出されたのですか?」


「父は騎士だったから、非戦闘系の加護をもらったのがショックだったらしいんだ。だから一人でなんとかしなきゃなんだ」


「私の村は貧しく、生産系をもらえなかったので村を出て冒険者になるしかなかったのですが、知っての通り収納のギフトだと、私の体格だと戦闘は無理で、ポーターの仕事しかないんです・・・」


 食事を共にする中で、ロイはソニアがポーターとして働いていることを知った。非戦闘系の加護を持つ彼女もまた、社会の底辺で生計を立てていた。


 食事の途中ソニアは不意に尋ねた。


「なんでロイさんのような方が、私なんかに声をかけてくれたんですか?私、見た目はこんなだし・・・」


 ロイは優しく微笑んだ。


「見た目で声をかけたんじゃないんだ。見た目と言えば、こんなだしと言うけどソニアさんはちゃんとお手入れとかしたら化けると思うよ。えっと、この町に来たばかりで友達がいないんです。だから歳が近い人と話がしたかっただけなんです。それにここでは皆、同じですから。それに歳は近いよね?」


 ソニアの目には感謝の光が宿った。


「ありがとうございます、ロイさん」


 食事を通じて、二人の間には新たな絆が生まれた。互いに底辺で生きる者同士、これからも支え合っていくことを誓い合った。


 奇しくも同じ月の生まれだと知る。

 なんとなく痩せているよなと、食べるのも苦労しているのかな?と思う。だが、今の自分はこうやって、たまに食事を誘う程度しか出来ないことが悔やまれる。


 金銭的に苦労しているが、性格はかなり良い少女なんだと思う。


 ソニアの存在はロイにとって新たな希望となり、彼女もまたロイの力強い意志に心を打たれた。二人はそれぞれの苦労を抱えながらも、これからの日々を共に歩む決意を固めたのだった。

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