この手を離すと君は死ぬ

くらんく

第1話

「やっぱり考え直すわ」


 彼女はそう言って俺の手を強く握る。

一生に一度の大切な日だからと、いつもより洒落た服を着ている俺の手は緊張からか汗ばんでいるが、彼女がそれについて言及することはなかった。


 彼女もまた、今日という日の事を考えていつもとは少し違う服装だ。

丈の長いスカートに5センチヒールのパンプスを好んで着用している彼女。

それが今日はカジュアルジャケットにパンツスタイル。

足元は底が薄めのショートブーツになっていた。


 彼女からの想定外の言葉に、俺は少し考えてから応える。


「どうしてなんだ?」


 俺の問いかけに彼女は少しだけ不快そうな顔をした後、口を開いた。


「今になってこの選択は間違いなんじゃないかって思ったの」


 俺たちはこれまで沢山話し合ってきた。

それなのに今更……。


「俺たちは永遠に一緒にいるって約束したじゃないか!」


 感情が抑えられず、大きな声が出てしまう。

眼下に広がる夜景が空しく輝いている。

彼女の瞳もこの夜景の様に輝いて見えていたはずなのに、裏切られたような気持ちの今の俺にはどす黒い闇が映って見える。


「そうよ。だけど、別の選択肢もあるはずなの」


 彼女は声を荒らげる俺とは対照的に、感情を押し殺すように冷静に言葉を紡ぐ。

それは駄々をこねる子供をなだめる母親のように思えて、俺はやっと冷静になれた


「じゃあもう一度約束していくれ。永遠の愛を誓ってくれ」


 俺の目から涙がこぼれる。

その雫は重力に導かれて俺の頬を伝っていく。


「分かったわ。私はあなたを永遠に愛する。だからあなたも約束して」


 俺は溢れ続ける涙を堪えようと顔をくしゃくしゃにしながら彼女の目を見つめる。


「約束して……、絶対にこの手を離さないって……」


 俺の頬を伝った涙の一滴が、少し離れた彼女の頬へと落ちていった。


「ああ、約束するよ」


 そう言って俺は彼女の手を強く握ったまま、ビルの屋上から飛び降りた。

先に足を滑らせて宙吊りになっていた彼女の表情が絶望に変わる。


「死んでもずっと一緒だよ」

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