第4話
ブラインドの開け放たれた、人のいない会議室に通される。
どうやら面談のようである。机とパイプ椅子が置いてあった。
笹川と笹島は心呂の正面に座った。二人は「笹」が同じだけで、顔も背格好も髪型もそっくりである。長年一緒に仕事をしているとこうなるのだろうか。
「楽にして、座って」
「カシ コ マリ マシタ」
体の折れる部分はすべて直角に曲がる。これもコントロールが効かない。
「木下には注意をしないでもらっていた。我々が直接訊こうと思ってね。で、君のそれは、なんなの」
笹島が言う。
「ソレ トハ ナンノ コト デ ゴザイ マ ショウ」
「とぼけて。その喋りかた。何日か前からおかしいよ。どうしたの」
「ネムレズ スゴシタラ コ ナッテ オリ マ シタ」
笹島と笹川が顔を見合わせる。
「それ治して」
「シツレイ デスガ ナゼ デ ゴザイマスカ」
「やりづらいじゃない。ここ三日ほどのあなたとお客様とのやりとりを録
音して全部聞かせてもらったけど、お客様も困惑しているご様子だよ」
心呂は直角に頭をさげる。
「ハ モシワケ ゴザイマセン ナオ ラ ナイ ノ デ ゴザイマス」
「治らない? ドシテ」
笹島が、しまった、という顔をした。
「ワカ ラ ナイ ノ デ ゴザイ マス」
「わからないってことはないでしょう。きっかけはなに」
「シイテ イエバ キノシタ サン カラ ロボット デ アレ ト」
笹島は頭を抱えた。
「それを、真に受けることもナイ デ ショ」
笹川は笹島の肩をおさえる。
「チョット部長、移ってシマ テ オリ マス」
笹川もしまった、という顔をして、頭を掻いた。
「今日は早退シテ。それで、シンサツしてキテもらおうかなと。あ、明日は休んで」
「シン サツ オヤ スミ」
「ゆっくり一日をかけて、その口調を治してもらえればト思ってイルデス」
笹川が言った。
「オコトバ デス ガ コノ ホウガ イイノデ ハ ト」
「どうして ソ オモ ウ ノ」
笹島は自分の口から出る言葉に、苦虫を潰したような顔をする。
「コウリツ アガル キガ シマス セイサン セイ モ アガリマスジュデン ノ カズ バイ ナリマシタ モクザイ ノ ゴトク ツカッテ イタダケマス」
笹島と笹川は再び頭を抱えた。敬語で喋らないほうが笹島だ。
「とはいえ、ニンゲン ナ……ああ、もう。人間なのだからね。人間らしさをもってオキャクサマに接するということはジュウヨ ダヨ」
「ハ……」
会議室には妙な空気が流れている。
「ホントに治らない? ココでちょっとナオしてミテもらエ ま センカ。まず、立って。リラックス」
笹川は笑顔のまま、真偽を見定めるような目で言った。
心呂は言われたとおり立ち上がり、数日前までの自分に戻ろうとなんとかリラックスを心がけて治そうとした。
しかし一度切り替わってしまった頭のスイッチを、元に戻す方法がわからない。リラックスとはなんであったか、どういうものでどういうことをすればいいのか、忘れてしまった。
「シンコキュ……」
笹島が咳払いをして、言い直す。
「深呼吸をしてみて。いい? リラックスだよ」
深く呼吸をしてみる。横隔膜のあたりがカクカクと痙攣をおこし、それが全身に伝わって激しくなっていく。体が上下に小刻みに揺れる。
「アアアアアレエ コココココレガア リリリリラックス デデデデゴゴゴゴザイマ ショウカカカカアアアアア」
笹川が噴き出していた。
「マルデ バグを起こした機械のヨ ウ デス」
「キョハ……今日はとにかく帰りナサイ。明日も休んで、シンダンショ貰ってホウコクを。木下には伝えておくしチュウコク もしてオク」
「カカカカシコマリママママシタア」
一度発した頭の一音を、連続して言ってしまうのも戻らない。
もとのフロアに帰ると、また注目を浴びた。荷物を持ち、真島に頭をさげ、木下に報告をする。課長部長から連絡はいっているようだった。
「キョキョキョキョキョハ ソソソソソソソタイ イイイイイタシマス」
睨まれた。
「あなた一体、なにをしているの」
「ナナナナナニ ト ハア」
頭の一音が続けて出ないように息をとめる。すると体の全身が震えだす。
「だからそれ、なに。ふざけているの。真島さんもおかしくなっている」
苦しくなって息を吐きだすと、止めていた反動で声が裏返り語尾も伸びて余計に酷くなった。
「ホホホホントニイイ ロロロロロボット ノオオ ゴトク ナリマシタアッハア イイイイマ ココココレ ババババグッテ オリマスッス」
「確かにロボットであれとずっと言ってきたけどね」
「オオオオカゲデ ジジジジジジンソク ニッ テキカク ニッ デキルヨ ニッ ナリマシタアアアアアアッハア」
木下は溜息をつき、もう帰っていいというように右手を上下に揺らした。
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