第一章 北への長い列車旅
そしていよいよ迎えた出発当日。
この日は20時上野発の寝台列車――おおとり号に乗る予定である。
この列車名「おおとり」は、1964年頃登場して函館ー網走間を約10時間で結んだ気動車特急であった。それが何十年もの時を経て、今やこの列車の看板として返り咲いたというわけである。
彼ら三人は予定より少し早く上野駅の一階にある広いホームに入り、
その列車が来るのを今か今かと待ちわびていた。
やがてその列車は13番線に現れた。まず名鉄のパノラマカーDXかJR北海道のリゾート気動車の親戚筋と言えそうな前面の大きな窓が彼らの視界に入った。
「やけに大きな窓だねえ。しかも何というか……運転手さんが低いとこに
いるような……」と、エリは不思議そうにしている。
「お、何でかわかるか?」
「うーん、わかんない」
「それはな、この車両はスイートルームでよ。しかも運ちゃんの後ろが
展望室のようになっているからさ!」
「ああ!なるほど!」
「まあともかく乗ろうぜ」
車両の側面を見てみると、上下は銀色、窓の部分は583系の如く青が帯状についている。
ブルートレインの色を受け継いでいるかのようだ。出入り口の扉のわきには北海道を模ったイラストがついている。
彼らは荷物を持って車内へと入った。中に入るとすぐ左側にトイレがあり、右側は通路になっている。
しばらくすると、JR北海道の特急のものに似たチャイムが聞こえた。
タンタンタンタンタンタンタララン
『皆様こんばんは。本日はご乗車いただき誠にありがとうございます。この電車は、網走行き寝台列車おおとり号でございます』
そこで一旦言葉を切ると、再び話し出した。
『まもなく発車いたします。ご乗車の方は車内でお待たください』
それからほどなく発車ベルとアナウンスがホーム中に響き渡る。放送が終わるとドアが閉まり、ゆっくりと走り始めた。
アナウンスの通り、列車はゆっくり加速し,上野駅を離れる。
おおとり号は上野駅からどんどんスピードを上げていく。
「もうこんなところまで来たんだね~」
「早いもんだよなあ」
エリとアキラがそんな会話を交わしながら、流れる景色を見つめている。次第に町の風景が見えてきた。王子を過ぎた辺りだろうか。その時だった。
「あれ?何か来るぞ!?」
「えっ?」
次の瞬間、それは彼らの目の前を通り過ぎていった。一瞬しか見えなかったが、どうやら機関車のようである。
その後に続いて銀色の車両が視界に入る。
「おいおいまさか……これが噂に聞くカシオペアだよな?」
「うん、多分そうだと思うけど……」
などとテッペイとアキラが感嘆しているうちに、その列車はぐんぐん遠ざかって行った。
その後も、京浜東北線と湘南色など様々な列車が次々と通り過ぎていき、 やがておおとり号は
最初の停車駅、大宮に停まる。
ここで彼らはふとあることに気づいた。
「そうだ。エリ、お前電車で長距離旅初めてだろ?」
「うん」
「部屋に案内すんわ」
「ホント?ありがと、アキラ」
三人はまずエリが指定された個室へと向かった。
「切符にQRコードがあるだろ? それを読み取り機に当てな」
エリがアキラに言われたようにすると、ガチャリと扉のロックが解除された音が聞こえた。
「へぇ。ちょっと狭いじゃん!」
「ああ、ま、ソロってのはこんなもんだぜ」
そこは、一人用の客室である。ソロには上段と下段がある。彼女の部屋は上段である。階段を上がった先にベッドがあり、上がカーブした窓のすぐ下には小さなテーブルがついている。
「まあとりあえず荷物置いとけよ」
「落ち着いたらラインするから、よろしくね」
「はーい」
個室を出たテッペイとアキラは、指定されていた二人用個室、デュエットへと向かう。ちなみにデュエットもソロと同じく上段と下段があり、彼らの部屋は下段である。中に入るとT字型の空間になっており、左右両脇にベッドがある。
「俺らの部屋はここだな。ま、座ろうや」
「あ、うん」
二人は部屋の奥にあるソファに腰かけた。
「ふう……。あと十何時間くれえかあ、先は長えなあ……」
「こんな時は車内の探検!と行きたいとこだけど、この時間じゃほかの人に迷惑だしね。」
「だよなあ……」
こうして一休みすること十数分。アキラはエリにラインでメッセージを送る。
アキラ〈エリ、今大丈夫か?〉
エリ〈大丈夫だよ。どした?〉
アキラ〈今から展望室行かね?〉
エリ〈お、いいねえ。どんなとこか見てみたいし〉
アキラ〈おっけー。今からむかえ行くわ〉
ソロにいたエリを迎えると、テッペイはすかさず彼女に声をかける。
「もう寝る時間になるから静かにね」
「わかってるよ」
少年二人は、エリと一緒に先頭の車両へ向かう。そこには、展望室があった。
周囲には天井に届くほどの大きな窓があり、前方も運転席より先が広く見える格好で眺めがよい。その窓の向こうには真っ暗な闇が広がっている。
「うわぁ……!すごいね!」
「だろう。こんな暗い中でもさ、ゆっくり外を眺めるってのも乙なもんだよ」
「ああ。北海道はもっと広いから楽しみにしときな」
しばらくして、車内にお休み放送がかかる。
タンタンタンタンタンタンタララン
「皆様、ご乗車お疲れ様でございます。遅い時間になりましたので、緊急の場合を除き、翌朝函館到着の15分前、6時55分まで放送をお休みとさせていただきます。」
この後、周りへの配慮と貴重品お注意などのお願い事、翌朝以降の到着予定時刻の案内を最後に、この日最後の車内アナウンスは終了した。
「うん、でも今日はもう遅いし、そろそろ戻らないとね」
「そうだな。明日は朝食のことがあっから、ちゃんと寝とかねえとな。」
「そうそう」
そうして彼らは、自分たちの部屋へと戻った。
「そういえば、私一人で個室使うの初めてかも」
「そうなのか?」
「うん。いつもは高速バスに乗ることが多かったんだ」
カンカンカンカン・・・・・・
突然聞こえる音にハッとするエリ。
「えっ⁉ な、何、いまの音・・・・・・」
「ああ、もともと在来線を走ってるんだから踏切多いんだよね」
「あ、そうなんだ」
「ここら辺はそんなでもないけど、線路がカーブしてるとこだと結構あるよ」
「へぇ~」
「まぁ慣れちゃえばどうってことないんだけどさ」
「ふーん」
エリにとって電車での旅行は初めての経験であり、初めての光景だった。
「ねぇ、また乗れるかな?」
「そりゃ乗ろうと思えばいつでも乗れるんじゃない? だって僕らまだ学生だし」
「まして俺らみてえな電車好きなんか町中の電車はもちろん、こういうのにだって何時間乗っても苦にならねえしよ」
「う、うん! だよね!」
そう言う彼女の顔には笑みがあった。
「それじゃあおやすみなさい」
「おう、おやすみ」
こうして、三人はそれぞれのベッドに横になった。 だが、彼らは楽しみで興奮しているせいか、すぐには寝付かれなかった。ベッドで横になっているテッペイがアキラに声をかける。
「どうした、アキラ。眠れない?」
「ん?ああ……、ちょっとな」
「君ってさ、枕が変わると眠れない人だったっけ?」
「いや、そんなことねぇけど、なぜか、な……」
あ、そうだ、と言ってアキラは思い出したようにスマホを取り出した。
アキラ〈よう。今起きてっか?〉
「こんな時間だし、ラインが返ってくるわけないじゃん。明日にしなよ」
テッペイがそう突っ込んでいると、予想に反してエリからの返信がきた。
「あれ、エリも起きてたんだ……」
エリ〈うん。いやー、あたしも眠れなくってさ〉
そこでテッペイはこんなメッセージを彼女に送信する。
テッペイ〈じゃあ、今から窓の外をよく見てて〉
エリ〈何、なんかあるの?〉
程なく目の前に駅らしきものが見えた。
エリ〈え、何これ!?こんなところに駅あんの?〉
テッペイ〈そう。今じゃ滅多に止まらないけど、以前は駅の見学なんかできたんだって〉
アキラ〈ちなみに今通過したのは竜飛海底って駅。んで、この先もうひとつ駅があんのよ〉
そのまましばらくすると、そのもう一つの駅が目の前に現れた。
エリ〈ホントだ。ってこりゃあ、寝台列車乗ってるのにまるで地下鉄みたい!〉
テッペイ〈だね(笑)〉
アキラ〈たった今通過したのは吉岡海底駅ってんだわ〉
エリ〈なんか長距離旅なのに地下鉄のようなものがこんな海の下なんて、不思議だけど面白い〉
テッペイ〈こういうのはおそらくこの海底トンネルだけだろうね〉
エリ〈あ!今思い出したんだけど、この青函トンネルって世界一なんだって?〉
アキラ〈何年か前まではな。けど今じゃとある国のもんがトップになってんぜ〉
エリ〈へ、マジ? それってどこ?〉
テッペイ〈スイスのゴッタルドっていうトンネル。だよね、アキラ〉
アキラ〈そ。今じゃそっちが世界最長ってわけよ。それも全長57キロときてんだからすげぇよな〉
エリ〈へえー。上には上があるんだね〉
テッペイ〈だろうね〉
エリ〈あたしそろそろ睡くなつてきたかも〉
アキラ〈俺も〉
こうして、三人は眠りについた。
翌日、3人は起床した。寝ぼけまなこになっているそばで、おはよう放送が聞こえてくる。
「おはようさん」
「おはよ」
「おっはよう!!」
「朝っぱらから元気いいなお前は」
「いや~それほどでもあるかな?」
「はいはい。とりあえず準備しようか」
そして3人は身支度を整えた。こうしているうちに、列車は函館駅に到着。
ここでおおとり号はしばらくの間停車する。その時間を利用して、発車までの間、三人はホームに出た。
「おー、ついに来たぜ、函館まで」
「僕なんか今になって北海道に来たって実感がわいてきたよ」
感慨に浸っているテッペイとアキラのそばで、リエは表情を変える。
「ねえ、これ網走まで行くんだよね?」
「うん。でも僕たちこれに乗るのは遠軽までだけどね」
なにやらエリの中では、ふとある疑問がわいたようだ。
「なんかここ行き止まりになってるみたいなんだよね」
「ああ。それなら大丈夫。ここから方向転換するからよ」
「そうなの?それでもっとさきにいくんだ……」
疑問が解けたのか、エリの表情が緩んだ。すると今度は別の疑問が浮かぶ。
「あ、そういえばさ、この列車って特急なんだよね?」
「ああ、そうだがそれがどうかしたか?」
「普通、特急ってもっと速く走るもんじゃないの?」
「ああ、そういうことか。まぁ速さだけを求めるなら新幹線のほうが速いからな」
「えっ!? そうなんだ……。あれ?」
「どうしたのエリちゃん」
「いや、なんでもないよ」
(そうか、私は勘違いしてたんだ。新幹線があるからこそ、こうやって特急列車ができて、そして今も走ってる。
だから新幹線が通っていない場所では、まだこういう列車が走ってるってことだよね)
エリがそんなことを考えていると、
「まもなく発車時刻となります。ご乗車の方はお急ぎください」
アナウンスが流れ、3人は車内に戻った。
こうしておおとり号は逆方向に走り出して、函館駅を後にした。
おおとり号は八雲、森、長万部、東室蘭、登別と止まっていく。
彼らはラウンジでのんびりし、その後、食堂車へと向かった。苫小牧に差し掛かったところで朝食タイムとなった。
「おお! これだよこれ!! 北海道名物の石狩鍋!!!」
「アキラ、少し落ち着け」
「大丈夫、 落ち着いてるぜ!」
「いや、絶対嘘だろ」
「それにしても本当に美味しいね。この鮭といい、出しのきいた味噌といい、これも絶品ね」
「だろ! ちなみにこの食堂車で石狩鍋が出るのは期間限定なんだぜ!」
「確かに美味い。味噌もしっかり味出てて最高だよ」
三人はそれぞれ北海道ならではの鍋料理を堪能し、舌鼓を打つ。
「は~食った食った」
「本当だね。こんなに満足したのは久々かも」
「僕も同じ意見だね。でもやっぱりご飯が恋しくなってきたかも」
「わかるわそれ。俺はラーメン食いたくなってきちまったぞ」
「あたしは寿司食べたい気分だな」
「僕はカニ食べたいかも」
「みんなバラバラじゃねーかよ」
「でも北海道に来たら一度は海鮮丼を食べてみたいね」
「あ、それは賛成かも」
「よし! 次回北海道に来たときゃ小樽で決定!」
こうして彼らが喋っているうちに、おおとり号は苫小牧を離れた。
「ご乗車お疲れ様でございます。当列車はこの先追分、岩見沢、美唄、滝川、旭川の順に停車いたします」
ここでまたしてもエリの脳内にはてなマークが浮かぶ。
「あれ、これ札幌へは行かないの?」
「ん、ああ、もともとそっちは通らない電車なんだ」
「そうそう、苫小牧からも引き続き室蘭線走行すんだ。網走方面はそっちが最短ルートだからよ」
「へぇ~、そういう電車もあるんだね」
室蘭線の単線区間をおおとり号はひたすら走る。
車窓には一面の緑が広がっている。ときにはポツポツと建物が見えたり、田畑が姿を現したりと、都会とはまるで違うローカル線そのものといった風情である。
やがておおとり号は追分に停車。対向列車が来たのを見計らい、数分間停車の後、追分を離れた。
岩見沢から函館線に入り、東へ向かう。美唄、滝川、旭川を経て、サラニ東旭川から石北線に入ってまたしても単線をただ突っ走る。
上川、白滝に止まるほかは、東に向かっていくつもの駅を素通りしていく。それはもう、電車の良さを発揮して疾風のように駆け抜ける。
途中で電車が丸瀬布に止まったとき、テッペイはぽつりとつぶやいた。
「あー、SLに乗りたいなぁ……」
「まぁ気持ちはわかるけどよ、そっちは予定にねえし、あきらめろ」
アキラにそういわれると、テッペイはさも残念そうに駅が後ろに流れる様を眺めた。
やがておおとり号での10時間以上に及ぶ旅を終えるときが近づいてきた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ポロロン
「ご乗車お疲れ様でございました。まもなく遠軽でございます。遠軽に着きます。お降りのお客様はお手回り品をお確かめの上、お忘れ物のないようお支度ください。紋別方面は当駅で
お乗り換えとなります。寝台列車おおとり号をご利用いただき、ありがとうございました」
13時26分、彼らはようやく遠軽までたどりついたのだった。
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